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アレクサンドラVS料理8

「それより、アレクサンドラ……もう少しで、町につくぞ」


「え、そうなの?」


「ああ。だから数日間は普段より豪華な料理を食べさせられるし、市場でお前向けの食材を買うこともできる。……だから、不満はちゃんと口にして、伝えてくれ。私は、人の心の機微に疎くて、お前が抱えこんでいることに気づけないから」


 節目がちに告げられた言葉が、ちくりと胸にささる。心配を掛けたくなくて、つわりのことを口にしなかったせいで、逆に気にさせてしまったらしい。


「ごめんなさい、オシュクル……心配を掛けさせたくなかったの。でも、そうね。今度はちゃんと言うようにするわ……」




(ーーうっ、どれもこれも味が濃くて、脂っこい………それに、ひどく甘いわ……!)


「どうした? アレクサンドラ」


『お口に合いませんでしたか?』


『いえ……その、おいしい、わ』


 数時間後、早速アレクサンドラは自身の不満を口に出せなくなっていた。

 出されたごちそうの数々は、どれも一口以上口につけるのは困難なくらい、まずい。だが、王と異国の王妃が喜んでくれると信じてごちそうを用意してくれた村人達の手前、それを口にすることはできない。


「……アレクサンドラ。ルシェルカンド語なら、通じない。だから、素直な感想を言ってくれてよいぞ」


 しかしさすがのオシュクルも、今回ばかりはアレクサンドラの変化に気がついたようだ。

 自分は積極的に料理を口に運びながらも、小声で問いかけてくれた。

 こうなったら嘘を言うわけにも行くまい。


「……こないだまでは、美味しいと思っていた特別なロス肉が、何だかとても脂っぽく感じるの……それに味つけが濃くて、甘いわ」


「ふむ……この辺りは砂糖が貴重だから、味つけが甘ければ甘いほど高級な料理な傾向があるのだが、それが舌にあわなかったか……ロスの方はつわりのせいで味覚が変わったのだろう」


 つまり異文化の嗜好と、つわりの影響のWパンチと言うことか。これはきつい。

 スープやサラダですら甘い料理の前に吐き気をこらえていたら、オシュクルが町長に向かって声を掛けてくれた。


『すまない……大変素晴らしいご馳走を出してもらっておいて恐縮だが、いま妻は身重で味覚が変わっている。簡単で良いから、何か砂糖ではなく、塩を使った薄めの味つけの料理を出してもらえないだろうか』


『ああ、そうでしたか! あまり食が進んでらっしゃらないようでしたから心配だったのです。……ああ、でも申し訳ありません。ハレの日用のロスは全部使ってしまって……』


『構わない。今は、ハレの日用のロスの脂もきついらしい。……だが、普段のロスも臭いがきつくて、辛いらしい。難題を突き付けるようで申し訳ないが、何か良いものはないだろうか』


 町長は腕組みをしてうなった後、周りの村人達に相談をしていた。

 それに応えるように、一人の老婆が方言がきつくて聞き取れないモルドラ語で何か料理名らしきものを口にした途端、村人達はざわめいた。


『……そんな粗末なものを王妃様に食べさせるなんて』


『だが、ダッガスのかみさんがつわりの時は、王妃様と同じような症状だったが、好んで口にしてたぞ』


『ターマさんが子どもの頃から、妊婦に良いって言われてんだ。とりあえず出してみよう』


(……まさか、虫を使った料理とかじゃないでしょうね)


 朝にノーティが食べていた虫を思い出して、アレクサンドラはぶるりと体を震わせる。

 虫を薬に使うのなら、食用に使ったとしてもおかしくない。

 しかしモルドラ文化に慣れつつあるアレクサンドラとて、丸のままの虫が食事として出されたら失神する自信がある。

 アレクサンドラが一人顔を青くしているうちに、話はまとまったらしい。アフカと同じくらいに見える女性が、立ち上がってどこかに行くと、10分も経たないうちに手に器を持って戻ってきた。


『大変粗末な料理で恐縮ですが……』


 おそるおそる器を除きこんだアレクサンドラは、拍子抜けした。


「あれ、これっていつものスープ?」


 出されたのは、いつも旅の道中に口にしている、干したロス肉のスープと、ほとんど同じものだった。


『これは……ロス肉、ですよね』


『ええ、そうです。これは……』


 アレクサンドラがモルドラ語で問いかけると、器を持って来てくれた女性は、恥じ入るように頬を赤らめて、目を伏せた。


『……これは、生後三カ月のロスを使っております』 


(なるほど、それなら癖がなくて、食べやすそうだわ)


 アレクサンドラは女性の言葉に顔を輝かせた。

 ルシェルカンドでは、食用の四つ足の動物の肉は、年若いほど珍重されている。柔らかくて、臭みが少ないからだ。

 実際この器からは、あの苦手だった臭いがほとんどしない。これなら、大丈夫そうだ。

 しかし、一気に機嫌が良くなったアレクサンドラに、女性は深々と頭を下げた。


『……王妃様。こんな粗末なものしか、思いつかなかった私たちを、どうかお許し下さい』


『……え?』


『ああ、恥ずかしい………こんな、「ろくに育ててもいない」「旨味も少ない」肉しか、王妃様にお出し出来ないなんて……』

 

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