アレクサンドラVS料理5
「ああ。それは『ハレ』の日の食べ物だからな。『ハレ』の日の肉は、柔らかい高価なものと決まっている。だが、『ケ』の食べ物なら、やはり固い肉の方がいい。慣れ親しんでいるからな」
「は、『ハレ』? 『ケ』?」
「うん? ルシェルカンド語の翻訳を間違えたか? それともルシェルカンドではあまり使われない用語なのか? ……祭りや、式典のような特別な日を、モルドラでは『ハレ』の日といい、特別なことがない日を『ケ』と言っている。『ハレ』の日には特別な食材を用いたご馳走が提供される。同じロス肉でも、『ハレ』の日用に育てられたロスの肉は柔らかく臭みも少ない。だからこそ、一般市民は一年に一度くらいしか口にする機会はない。だが、私はこれでも王だ。私の訪問は、彼らにとっては年に一度の行事より、よほど特別なものだから、我々は定期的に『ハレ』の日用のロスを口にしているだけだ」
「ああ。そういうことなら、何となく分かるわ。……でも、特別で高級な料理こそ、美味しいのじゃないの?」
ルシェルカンドでも、特別な祭事の日や、誕生日などはご馳走がでるが、思い出す料理の数々は、全てアレクサンドラの好物ばかりだ。
なかなか入手が難しいと言っていたから、特別な日だけで我慢していたが、もし出来ることなら毎日だって食べたいと思っていた。
それなのに、オシュクルはどうして、『ハレ』の日の御馳走を尊ばないのだろう。
「ご馳走など、たまに食べるから良いんだ。毎日食べていれば、飽きるし、体にも悪い。やはり、慣れ親しんだものこそが、私にとっては好物なんだ」
「??? よくわからないけれど、私は、ルシェルカンドでは、毎日のようにモルドラで言う『ハレ』の日の御馳走を食べていたけれど、ちっとも飽きなかったし、体だって壊してないわ」
「まあ、その辺は育った環境の違いだろう。……それにお前は体を壊してないというが、私からすれば出会った時のお前はずいぶんと不健康に見えたぞ。異常なまでに軽いし、筋肉量はほとんどなく、脂肪ばかりだった。今は随分と改善されたが」
「し、脂肪!? 私、太ってたの⁉ 太ってるとオシュクルに思われていたの⁉」
「……いや、だから軽かったと言っているだろう」
「っじゃあ、今が太っているということ!?」
「違う。お前は、今も昔も、細くて、軽い。落ち着け、アレクサンドラ」
慌てて必死にオシュクルが宥めてくるが、ショックに打ちひしがれるアレクサンドラの耳には入らない。ただ「脂肪」という言葉だけが、脳内をリフレインしている。
(そういえば、妊娠すると体質が変わって、太りやすくなるって聞いたこともあるわ……)
先ほど触れた自身のお腹が、さっきとは違う意味をもってアレクサンドラには感じられる。
ここで存在感を主張しているのは、まだ小さい赤ちゃんではなく、すなわち先程食べたリゾットであり、それを包んでいるのは脂肪である。
そして、手元にはおかわりをしてしまったリゾットが、まだ残っている。
(どうしよう……やっぱりこれ、残すべきかしら……でも、せっかくエルセトが用意してくれたのに……それに、せっかく食欲が出たのに)
染みついた美容に関する意識と、用意してくれたエルセトに報いる為にも、お腹の赤ちゃんの為にも食べた方が良いのではないかという意識がぶつかり合う。
「……女性の前で体重や脂肪の話は禁句だったな。悪かった。私が配慮にかけていた。だから変なことを気にせず、食べてくれ」
「むぐっ」
リゾットを見つめ、固まるアレクサンドラの口の中に、今度はオシュクルがスプーンを押し込んだ。
一瞬吐き出すべくか迷ったが、口の中の広がる懐かしい味に抗えず、そのまま嚥下した。
そんなアレクサンドラを眺めながら、オシュクルは優しい目をして笑った。
「アレクサンドラ。……私はお前が美味そうに食べている姿が好きだ」
「……」
「だから、太るとか太らないとか気にせず、美味しいと思った物はどんどん食べて欲しい。……そもそも、この地でお前が気にいる料理に出会う機会も少ないしな。私の為にも、お腹の私とお前の子の為にも、もっと食べてくれ。食事量と運動量からしてまずありえないが、万が一お前が太ってしまったとしても、お前が私にとって愛しい妻であることには変わりがないのだから」
……そう言われたら、食べないわけにもいくまい。
アレクサンドラは、口元を緩ませながら、再びリゾットを口にした。
先ほどより、さらに美味しく感じるのは、やはりオシュクルの愛のおかげだろうか。いや、そうに決まっている。
「そうですぞ。アレクサンドラ様。……それにフップリ鳥を丸々一匹を使ったせいで、まだリゾットが残っています故、貴女様に食べて頂けなければ困ります。先程から言っていますように、これはそれがし達の口には合わないのですから」
「……大丈、夫……余ったら、私、たべる、から……」
「……クイナ? なんで、ここで貴女が出て来るのです?」
「……大丈夫……エルセトの手作り……舌に合わなくても、残さない……」
「否、話を聞いてましたかな? これはそれがしが考案しただけで、調理は他の人に任せたと、確かに言いましたぞ? それに何で、それがしの手作りなら、貴女が食べる流れになるのです?」
「大丈夫……考えて、羽根むしっただけで……エルセトの愛、こもっている」
「否、こめてませんぞ⁉ 少なくともクイナ、貴女に向けては、全く‼」




