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アレクサンドラVS料理3

「……そんなわけで、それがしが羽をむしって内臓を抜いたフップリ鳥を、調理担当に丸ごと鍋で煮込んであくを取ってもらい、ルシェルカンドに近いブイヨンを作りました。それで雑穀を汁気がなくなるまで煮て、ルシェルカンドのハーブと香辛料と合わせたリゾットもどきがそちらです。レシピに書いてあったように一昼夜野菜と共に煮こむ手間などはかけられませんでしたが、少なくともロスのブイヨンよりは貴女様の郷里の味に近いでしょう」


「えぇ……本当懐かしい味がしたわ」


「……ルシェルカンドのリゾットは、削ったチーズを振りかけるのが一般的なようですが、さすがにそこまでは再現出来ませんでした。何せ、モルドラの一般的なチーズはロスの乳を使っております故、ルシェルカンドのそれより匂いが強い。首都カラム周辺の人間ですら苦手なものが多いそれが、アレクサンドラ様の舌に合うとはとても思えませんでしたので敢えて割愛致しました」


(そこまで考えてくれていたのね……)


 エルセトの配慮に胸の奥がじんわりと暖かくなるのを感じた。

 確かに言われてみれば、差し出されたリゾットは洗練されているにはほど遠く、少しではあるが固い部分が残ってたりもする。

 だけど故郷を離れて1年以上が経過しているアレクサンドラにとっては、それでも十二分に故郷の味だった。


「ありがとう。エルセト。本当に、これ、美味しい」


 真っ直ぐに向けられる感謝の言葉に、エルセトはわずかに頬を赤くしながら、仏頂面で視線を逸らした。


「……全く。つわりで食欲がないなら、自分で何とかしようとは思わず、もっと早くそれがしにおっしゃって下さい。臣下は上手く使ってこそ、ですぞ。アレクサンドラ様が一人で出来ることなぞ、たかが知れてるのだから」


「………え」


「それがしが気付いてないとでも? ……最近いつもロスの匂いを嗅ぐたび、吐き気をこらえてらっしゃったでしょう。普段は好物なものでも、つわりの時は苦手になることも多い。ましてや、貴女様は元々モルドラの料理が得意でないのだから、尚更でしょう。……全く、もう少し周りを頼ることをいい加減覚えて下さい。ルシェルカンドでは使用人にやらせて当然だったはずなのに、ここでは全部一人でやろうとなさって……貴女様は極端なんですよ」 


 ばれて、いた。

 いや、ばれていても、エルセトはどうやらアレクサンドラを王宮に帰らせるつもりはないようだから、結果オーライだ。つわりを乗り越える目処もついた。

 問題は……。


「……っアレクサンドラ、つわりが辛いのか!?」


 隣で、普段は無表情な顔に、はっきり分かる動揺と悲壮を滲ませている、アレクサンドラの夫だ。


「最近少し食欲が落ちているのは懸念していたが……そこまで考えが至っていなかった。すまない。アレクサンドラ。大丈夫なのか? 代用リゾットくらいで、食欲が出るのか? ……ああ、やっぱり、今の内から王宮で出産準備をしていた方が……否、いっそ一度ルシェルカンドに戻るか? ルシェルカンドの義父上殿のもとならアレクサンドラも安心して出産に臨める……」


「……オシュクル様、落ち着いて下さい。たかがつわり如きで大げさです」


「……たかが、じゃないだろう……! 食は、生活の基本だぞ……やっぱり身重の身に遊動の旅は厳しい。このままじゃ腹の子にも……」


 アレクサンドラに子どもが出来たと判明してから、オシュクルは過剰なくらい過保護になった。アレクサンドラにささいな不具合がある度、目に見えて狼狽えだすのだ。そして決まって、王宮に戻った方が良いとアレクサンドラを説得しだす。

 それは、快適なルシェルカンドに戻る道を捨てて、自分と共に遊動の旅を続ける道を選んでくれたアレクサンドラに対する負い目から来ているのだろう。だが、アレクサンドラは全部自分で選んだ道だし、腹が膨らんで動くのも難しくならない限りは、今もまたオシュクルの傍にいたいと思っている。

 いい加減変な心配をするより、アレクサンドラの意志を尊重して欲しい。


「……だから、オシュクル。お腹の子には母親のストレスが一番よくないのよ」


「ああ。だからこそ、王宮かルシェルカンドに……」


「私には、ここにいないことの方がストレスになるのっ!」


 アレクサンドラはさらに言い募ろうとするオシュクルを、下からきっとにらみつけた。


「あんまり美味しくない食事よりも、快適とは言い難い環境よりも、私にとってはオシュクルがいないことの方がよっぽどストレスだわ! この子だって、父親の傍にいたいはずよ」


 まだ微かに膨らんだだけの腹を(今は寧ろリゾットの容積の方が大きいかもしれない)撫でてみせると、オシュクルはばつが悪そうに黙りこんだ。

 アレクサンドラのオシュクルへの愛を舐めてはいけない。今から、出産して子どもが旅に連れ出されるようになるまで何年かかるというのだ。そんなに長い間オシュクルから離れていたらオシュクル不足で死んでしまう。

 もちろん出産が近くなったら、王宮に戻らなければならないとはおもうが、だからこそ今は少しでも長くオシュクルの傍にいたい。


「そんなことより、ほら。オシュクルも、エルセトが作ってくれたこれ、食べてみてよ。びっくりするくらい美味しいわよ」

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