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アレクサンドラVS料理2

「どうやら、気に入って頂けたようですな。足りなければ、まだありますぞ」


「ちょうだい! ………じゃないわ。えと、ありがとう。エルセト。とても美味しいわ」


 反射的に空になった器を差し出してから、すぐに咳払いをしてお礼を口にする。

 流石に今の行為は、はしたなかった。

 それだけ、リゾットが美味しかったということだが。


「……それにしても、再現は不可能って言っていたのに、貴方どうやってこれを作ったの?」


 アレクサンドラの疑問にエルセトは小さく苦笑を浮かべながら、受け取った器にリゾットを盛り付けた。


「……言っておきますが、あのレシピの再現は全く出来てませんぞ。これは、恐らくレシピを書いた料理人が口にしたら、怒りだしたくなるくらい粗雑な代物です」


「え!? でもすごく美味しかったわよ」


「それはアレクサンドラ様の舌が単純だから……と言いますか単純にならざるを得なかったのでしょうな。旅の食事に適応する為に」


 一瞬いつもの嫌味かと、思わずムッと唇を尖らせてから、向けられるエルセトの目が思いのほか優しいことに気が付いて、戸惑う。


「生まれた時から散々豪勢な美食に慣れ親しんでらっしゃったでしょうに……全く貴女様の適応力は賞賛に値しますな。いや、実にたくましい。それでこそ、我が王の妃として相応しい」


「……そ、それより、このリゾットはどうやって作ったのよ。懐かしい味がしたわ」


 嫌みったらしい口調ながらも、それが素直じゃないエルセトの本音だと理解したアレクサンドラは、どこかむず痒い気持ちになりながら、話を戻した。

 アレクサンドラがルシェルカンドに戻るか悩んでいた時もだったが、どうも自分は普段は慇懃無礼なこの男に誉められると調子が狂う。

 ……もちろん、嬉しくないわけではないのだけど。


「全く同じ食材が手に入らない状況で、他国の味に近づける為に必要な要素は、『ブイヨン』と『調味料』『香辛料』『ハーブ』です。裏を返せばこれすら満たしておけば、他国の食材でも何となく自国風になるということ。幸い基本の調味料はルシェルカンドもモルドラ同様に、塩。香辛料とハーブは以前買ったものが少しだけありました故。後はブイヨンを近づけて、手に入る代替え食材でそれっぽく調理して貰ったまでです」


「ブ、ブイヨン?」


「……言うならば、スープのもとと言ったところですかね? アレクサンドラ様がこちらに来たばかりの時に、ルシェルカンド風に作って出したスープを覚えてますかな?」


 勿論覚えてる。

 腹を壊したアレクサンドラの為に、消化が良いように団子を浮かべて、ルシェルカンドのハーブを散らしてアフカが作ってくれた特別な汁物だ。

 けして普段なら美味しいとは言えないような代物だったけど、その配慮が嬉しくて、あの時の自分にはたまらなく美味しく感じた。多分あの味は一生忘れられない。


「あの時のスープは、普段同様ロスの干し肉を使っておりました。ですがロスは、ご存じの通り独特の臭みがあります。干したから、なおのこと。アレクサンドラ様に届いたレシピを拝見したところ、ルシェルカンドでは丸鳥のブイヨンが基本でしたから、ウィフ鳥の近縁種であるフップリ鳥で代用しました」


「だから、エルセト。お前珍しくフップリ鳥を射るように言ってきたのか。言ってくれれば、もっとたくさん捕まえたのに」


「……一羽で十分です。多く捕らえても、腐るだけですから。羽をむしって干し肉にするのは、備蓄のロス肉がなくなってからにしましょう。この辺りの猟師の獲物を奪うのは本意ではありませんし」


「だが、アレクサンドラが喜ぶなら……」


「なら、明日また獲れば良いでしょう? オシュクル様は弓も、旅のメンバーの中で一番の腕なのだから、フップリ鳥ごとき一羽射ることなど簡単でしょう」


「だが、フップリ鳥にまた出くわすとは……」


「その時はまた、それがしが代替えになるような代物を探します故。とりあえずオシュクル様は黙っていて下さい。話が進みません」


「そうか……悪かった」


 しゅんと肩を落とすオシュクルに、思わず胸がキュンとする。

 アレクサンドラの為に、普段は口数が多くないオシュクルがここまで口を挟んでくれるだなんて。


(しかも、これ、オシュクルが取って来てくれた鳥を使ってるのよね)


 ロスとかフップリ鳥と言われても、いまいち現物の想像がつかないアレクサンドラだが、オシュクルが自ら狩ってくれたというだけで、一気にフップリ鳥が素敵な食材と化した。

 例え現物が、肌が紫色の怪鳥だとしても、それだけでアレクサンドラは喜んで完食できる。


(もしかして、このリゾットが美味しかったのは、間接的にオシュクルの愛を感じ取っていたからかしら……!?)


 オシュクルは狩りの時点でアレクサンドラの為に狩ったことを知らない上に、実際はエルセトの創意工夫の結果であるのだが、恋するアレクサンドラの脳みそは事実を都合良く変換する。

 アレクサンドラの黒曜石の瞳はリゾットを口にした瞬間より一層きらきらと輝きを増した。

 想いが通じあってなお暑苦しい主従夫婦の様子にげんなりしながらも、エルセトは話を続けた。


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