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【書籍化記念番外編】アレクサンドラVS料理

「……やっぱり美味しくないのよね。ここでの食事」


 アレクサンドラは、団子が浮いたスープをすすりながら、眉間に皺を寄せた。

 遊動の旅自体は、もうすっかり楽しんでいるアレクサンドラだけど、この美味しくない食事だけはやはり、いただけない。

 最近ではつわりも始まってきて、食欲は落ちる一方なのだから、なおさらだ。これじゃあ、お腹のこどもにも良くない、

 何とか、改善はできないものか。


「そうだわ!」




「――アレクサンドラ様。どうやら、あなたの御屋敷から手紙が届いているようですぞ」


「うれしいわ! 待ってたのよ」


 アレクサンドラはエルセトから手紙を受け取ると、封筒を抱えながら機嫌良く微笑んだ。

 これで、ようやく貧しい食生活から解放される。

 そんなアレクサンドラに、エルセトは呆れたように溜息を吐いた。


「しかし……レシピを聞いたからと言って、貴女様にルシェルカンドの料理が再現できますかね」


 中を既に確認されていることは想定内だったので別に気にしはないが、悪びれることなく駄目だしをされ、少しムッとする。


「……あら、私だって、最近はずいぶんと上達したのよ? エルセト。野菜の皮むきなんて慣れたものだわ」


「ほほう。……先日、派手に手を滑らせて、某に半泣きで回復魔法を頼みに来たのはどこの誰でしたかな?」


「―――あれから、もっともっと、上達したの! 見てなさい。びっくりするくらい美味しい料理を作って見せるんだから!」


 食文化が発展していないモルドラと違って、故郷ルシェルカンドは美食の国だ。

 中でも上位貴族であるセルファ家の料理人の腕は、ルシェルカンド一と言っても過言ではない。

 そんな料理人から聞き出した、秘蔵のレシピだ。美味しくない筈がない。

 これならば、つわりの自分の舌にも合うはず。


「……意気込んでらっしゃるところ、申し訳ないですが、そこに書かれているレシピの殆どがここでは再現不可能だと思われますぞ」


「え」


「そりゃそうでしょう。……ルシェルカンドとモルドラでは取れる食材も、調理器具も違う。まして今は、旅の道中。ろくな調理設備すらない状態です。上級貴族の屋敷に備わっている台所と一緒に出来るはずがないと、いくら足りないアレクサンドラ様とて少し考えれば分かるでしょう。そもそも調理の時間も、そう取っておりませんですしな。ルシェルカンドでは一般的な煮込み料理とかは、まずできないでしょう」


(そんなこと……考えてもみなかったわ)


 だが、言われてみれば確かにその通りだ。

 アレクサンドラは苦い表情で、受け取った手紙を握りしめた。

 せっかくこれで久方ぶりに故郷の味を味わえると思ったのに、これじゃあ無理だ。

 口から大きなため息は漏らしながら、しゅんと肩を落とす。


(……やっぱり、いつもの料理で我慢するしかないのかしら……でも最近、本当辛くなっているのよね)


 日が経つごとにつわりが重くなってきていて、最近では獣くさい匂いをかぐとえづきそうになってしまっている。食べられる食事の量も減っていく一方だ。

 無理やり口に詰め込んで誤魔化すのも、いい加減限界が来始めている。


(いやだわ……このままじゃ、王宮に戻らされてしまうもの。私は動けるうちは、もっとオシュクルといたいのに)


 出来れば出産ぎりぎりまでオシュクルの傍で一緒に旅をしていたいアレクサンドラとしては、できるかぎり、つわりのことを皆に知られたくない。

 みんな優しい人達だから、知られたらきっと心配して、早々とアレクサンドラに王宮で出産に備えるべきだからと言うに決まっているから。

 レシピを料理人に聞くのが駄目なら、何とかして他に方法はないものか。


「……まったく。仕方がない方ですな」


 エルセトが傍にいることも忘れて一人思案に耽るアレクサンドラの手から、するりと手紙が抜かれた。


「ちょっとこれ、それがしに貸して頂いてもよいですかな」


「別に構わないけど。どうして……あ、別に暗号何て仕込んでないわよ! いくら調べても無駄よ」


「……念の為、手紙を検閲はさせて頂いていますが、そこまで心配はしていないのでご安心下さい。そもそも、アレクサンドラ様のような可愛らしい頭の御方が理解できる暗号を、それがしが一見で察せないわけないですし」


「……本当、あなたって失礼な男ね」


 口元を引きつらせるアレクサンドラには目もくれず、エルセトは何度か手紙に視線を走らせると、したり顔で頷いた。


「ふん。なるほど……どうぞ、お返しします」


「? エルセト貴方、今何がしたかったの?」


「さあ、何でしょうかね。……まあ、今日の夕飯を楽しみにしていて下さい」


 手紙を押し付けるように返すと、目をぱちぱちと瞬かせるアレクサンドラを置いて、エルセトはさっさと行ってしまった。

 アレクサンドラは、エルセトの不可解な行動に首を捻りながら、ただその背中を見送ったのだった。




「――え」


 その晩、アレクサンドラは一人だけ渡された、皆とは違う夕飯を前に、目を丸くした。


「これって……リゾットよね」


 小麦食が中心のモルドラに、リゾットのようなものを食べる文化はあったのだろうか? ……いや、それにしてはあまりにも故郷で食べたリゾットに似ている。

 香りも見た目も、普段の食事とも、今まで立ち寄った村で提供されたご馳走とも全然違う。


「ああ。エルセトの指示で作ったらしい。味を見て欲しいと言っていたぞ」


 オシュクルに促されるがままに、アレクサンドラは匙を口に運んで、一層目を大きく見開いた


「……美味しい……! 懐かしい味がするわ」


 出されたリゾットは、記憶にある味とは完全に同じではなかったが、それでも確かに故郷の味がして、アレクサンドラは目を見開いた。

 レシピの再現は不可能と言っていたはずなのに、どうやってこれを作ったのだろうか。

 だが、その疑問を口にする前に、アレクサンドラの腹の虫がきゅうっと音を立てて鳴いた。

 久方ぶりの故郷の味に、胃が喜んでいるのが分かる。

 なくなっていた筈の食欲が、戻って来た。


(取りあえず、今は食べるのに集中しましょう)


 アレクサンドラは夢中で椀の中身を、口の中に流し込んだ。


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