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番外編① クイナの恋バナ

「ねぇ、クイナ。クイナは好きな殿方とかはいないのかしら?」


 基本的に行進の後は、訓練やドラゴンとの触れ合いが重視されるトゥズルセアであるが、時と場合によっては以前のように他の皆に交じって籠作りを行ったり、狩猟や採集に出る時もある。

 まもなく到着するデールリアの町は、人口が多い規模が大きな町なうえに、ドラゴン信仰が根強く、遊動の旅の人々が作った物は「ドラゴンの加護を宿す縁起物」として高値で取引されている。

 民の税金から与えられた資金に極力頼らず、できるかぎり自力で路銀を稼ぎたいと考えているオシュクル達にとって、デールリアは貴重な稼ぎ場所であるのだ。少しでも多くの商品を準備したい。

 そういうなわけで今、男性陣は別の細工物、女性陣は恒例の籠作りと場所を分けて行っているわけだが、既に慣れてしまった単調な作業は黙って行うと眠くなる。

 なので眠気覚ましの会話に、アレクサンドラは手を動かしたまま、兼ねてから気になっていた疑問を口にしてみた。会話はいつも通りルシェルガンド語で行っているので、他の女性陣にその内容を聞かれる心配もない。


「殿方……あまり、興味、ないです」


「でもクイナも、私より年下とはいえ、そろそろ結婚を考えてもおかしくない年頃でしょう」


「私はグゥエンが一番大切で……夫となる人を、一番に、できません…だから、結婚はいいです」


 返ってきた案の定な返事に、アレクサンドラは新しい蔓を手に取りながら苦笑する。確かにグゥエン第一主義のクイナに、着いて行ける男性は少ないだろう。クイナなら、夫婦生活よりも、絶対にドラゴンを優先する。

 だけど、もし。もし、それが許せるような相手がいれば。


「……それじゃあ、遊動の旅の人員はどう? 年上だけど、フレムスやエルセトなら、まあ釣り合いが取れるのではないかしら?」


 もしクイナのグゥエン第一主義を許せる相手がいるとするならば、同じく自身の神を第一にする遊動の旅の人員しかいない。

 フレムスは、確かオシュクルよりもいくつか年少、エルセトは反対に年齢自体は少し年上だと聞いているが、それでもどちらも男性の結婚適齢年齢であることは間違いない。クイナとの年の差も、まあ一般的な範囲だ。

 どちらもクイナと愛し合っている図はなかなか想像が難しいが、大切な幼馴染として憎からずは思っているはずだ。……特に、フレムスは。


「クイナは、フレムスのことはどう思っているの? フレムスは随分クイナのことを気にしているようだけど」


 あくまでアレクサンドラの勘ではあるが、フレムスのクイナへ向ける感情は恋情に近いのではないかと思っていた。例え負い目としてでも、永年ずっとクイナのことを思い続けてきたのだ。負い目がなくなった今、その感情が恋へと変化してもおかしくない。

 実際、フレムスがクイナを見る目は、どこか熱が篭っているように思えて仕方ないのだ。

 アレクサンドラは好奇心でどきどきと脈打つ心臓を落ち着かせながら、敢えて何でもないことのように尋ねて、クイナの返事を待った。


「フレムスは……」


 クイナは少し考えてから、ぼそりと言った。


「面倒、くさいです」


 思わず噴きだしそうになるのを、アレクサンドラは何とか耐えた。つい手に力が籠もって、出来かけの籠が歪んでしまったが、今はそれどころじゃない。


「……面倒臭いって、どういうことかしら?」


「フレムスは、私のグゥエンの問題を、勝手に自分のことに反映させて、悩んでました…抱かなくていい、罪悪感を抱いて、よりウィルカと距離を置いて…面倒臭い、です」


 その面倒くささに自身も覚えがあるアレクサンドラは、思わず口元を引きつらせた。フレムスのことを言われているはずなのに、ノーティに選ばれてしまったことや、クイナがトゥズルセアに選ばれなかったのは自分のせいだと、自己嫌悪に苛まれていた過去の自分のことを言われているような気がする。

 アレクサンドラは自らの行いを正当化する為、フレムスを擁護することにした。


「でも、でも、それだけフレムスはクイナのことを思っていて……」


「私のことを思うなら…変な罪悪感を、抱かないで欲しいです…フレムスが苦しんでいると、私もよけい、苦しくなりました…ウィルカの気持ちを思うと、よけい、自分を、責めました……嬉しく、ないです。そんな想い」


 クイナのもっともな言葉に、アレクサンドラは項垂れた。

「加害者意識も過ぎると、人の気分を害する」――まさに、オシュクルの言った通りだ。

 改めて、過去の自分を叱りつけたくなった。


「それに……今フレムスが結婚しようとしても、ウィルカが、邪魔、するでしょう」


「ウィルカって…フレムスの神様であるドラゴン、よね?」


「そう、です……通常、ドラゴンは、他のドラゴンが自身の【トゥズルセア】に近づくことに嫉妬はしても、人同士の恋愛には、干渉しません……だけど、ウィルカはずっと、フレムスに距離を置かれていたので、それを我慢して受け入れていたので…反動で、嫉妬深くなって、しまいました。人ですら、フレムスに近づく異性を、許せないほどに」


「……そんなことになっていたの」


「元々ウィルカは、フレムスを遠ざける原因になった私を、敵視して、ました。フレムスが、いない所では、何度も牙を剥かれました」


「……それはクイナにとっては随分理不尽な話ね」


「気にしません。……その度グゥエンが、ウィルカを威嚇してくれて、逆に嬉しかったです」


(……クイナも大概グゥエンに対して拗らせているわよね。反動かしら?)


 フレムスには可哀想だが、どう考えても、彼に勝機は無さそうだ。

 グゥエンもグゥエンで、クイナを一層悩ませる原因になったフレムスのことをよく思っていない気もする。……そう言えば、訓練中にグゥエンがフレムスを威嚇する様を見たことがある。グゥエンの気性の荒さからすると、珍しくないことだと思って、気にも留めなかったが、あれはつまりそういうことだったのだろうか。

 と、なると残る人物は一名しかいない。


「それじゃあ、エルセトは? ……あまり年上過ぎると嫌かしら?」


 素直じゃなくて毒舌家だが、根は優しくて世話焼きな苦労性魔術師を推薦してみる。

 アレクサンドラとしては、まだ年若いクイナより、その気になればいくらでも相手が見つかりそうなフレムスよりも、最年長で難しい性格のエルセトが、アレクサンドラとしては一番結婚できるか心配だったりする。……当人はあの年齢にして既に、諦めの領域に入っている気もするが。


「エルセトは……」


 クイナは再び考えた後、首を傾げながらこういった。


「結婚相手というより…お母さん、ですかね?」


 今度こそアレクサンドラは耐えきれずに噴きだした。

「お父さん」ですらなく、「お母さん」

 だがその名称は、世話焼きなエルセトにはぴったりに思えた。

 確かに、エルセトは遊動の旅の人員皆の「心の母」だ。


「近くにいるのが当たり前過ぎて…結婚なんて、今まで考えたこともなかった、です」


「そ、そう。じゃあ、仕方ないわね……まぁ、まだクイナは若いし、いくらでも相手はいるわよ」


 声を上げて大笑いしたい衝動を、淑女のたしなみとして耐えながら、アレクサンドラは立ち上がった。籠の材料の蔓がなくなってしまったので、貰いに行かなければならない。その間に、なんとか込み上げてくる笑いを抑えよう。

 笑いを堪えるのに必死のアレクサンドラは、その後小声で続けられたクイナの言葉に気が付かなかった。


「……でも、エルセトだったら、結婚しても、いいな」




 素直じゃなくて毒舌家だが、根は優しくて世話焼きな苦労性魔術師に、春が来る日は、実はそう遠くないのかもしれない。


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