表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/81

リラの花が如く

「アレクサンドラ。出立の時に言えなかった言葉を、今のお前になら、贈ることができる。ーーお前は、私の誇りだよ。私の自慢の娘だ」


 その言葉に、とうとうアレクサンドラの涙腺は決壊した。


 責め立てられても、仕方ないと思っていた。それぐらいの、親不孝をしている自覚はあった。

 それなのに、セゴールはそんなアレクサンドラの行動を、認めてくれた。

 誇りだと、そう言ってくれた。


「…ごめんなさい、ごめんなさい…お父様…お父様は、私がいないと、さみしいと言ってくれたのに……」


「いいんだよ…いいんだ。アレクサンドラ。お前が、幸せならば。それだけは私は、安心してルシェルカンドの地で生きていける。……子はいつか親の腕から巣立つものだ。お前をいつまでも子ども扱いして、無理に目に届く範囲に留めようとした私こそ、愚かだったんだ」


 アレクサンドラは、ぼろぼろと涙を流したまま、セゴールに微笑みかけた。


「…ありがとう…お父様……愛してるわ。私は、どこにいても、誰の妻になっても、お父様の娘よ」


「私も、お前を愛しているよ。……お前は今でも、いや、これからも私の一番の宝物だ」


 一層溢れ出す涙を堪えるように、セゴールの胸に顔を押し付けるようにしながら、ぎゅうぎゅうにしがみつくアレクサンドラの頭を、セゴールは優しく撫でた。


「モルドラの地で、何時までも健やかで幸せにな。アレクサンドラ。お前の幸福こそが、私の一番の幸せなのだから。……そしていつか孫と共に、私に会いに来ておくれ。私はルシェルカンドで、ただその日を待ち望んでいるよ」


 そのまましばらくセゴールの胸で泣き続けたアレクサンドラは、ようやく涙が落ち着くとセゴールから離れて、涙で腫れた赤い顔をリヒャルトに向けた。


「……そういうわけだから、私はルシェルカンドにも戻らないし、貴方とも結婚しないわ。…そのようにルーディッヒ様にもお伝えして頂戴」


「……分かりました。伝えておきましょう。そのかわりお願いがあるのですが…」


「お願い?」


 リヒャルトは一つ頷くと、アレクサンドラがいまだに手に持っていたままだったリラの花を、そっと手に取った。


「この花をもらって言ってもよいでしょうか……失恋の記念に」


「…構わないけれど、失恋って……貴方そういうほど、私のことを好きではなかったでしょう」


「そう思っていたんですがね」


 リヒャルトは、手の中のリラを掲げるようにして眺めながら、まるでリラに話しかけているかのように続けた。


「存外、胸が痛いものです……もしかしたら、貴女に婚約破棄を告げたルーディッヒも同じような気持ちだったのかもしれませんね。だからこそ、断られると理解していながらも、単純に私にアレクサンドラ様を娶るように託すのではなく、同時に自分の正妻になることも提案せずにはいられなかったのかもしれません。胸にできた喪失感を埋める為の一縷の望みにすがって。……あくまで、私の推測ですが」


 そう言ってリヒャルトは、どこか切なげな眼差しでリラの花弁に口づけを落とした。


「ですが、貴女がロズアでなく、リラだと言うのならば仕方ありません。無理に手折ってルシェルカンドに持ち帰ったところで、この花の未来のように、すぐに萎びて枯れてしまうでしょうから。花は大地に根付いて、何度でも咲くからこそ美しい。……アレクサンドラ様。貴女がモルドラの大地で美しく咲き続けることを祈っております」




 リヒャルトの転移魔法でルシェルカンドに戻る父親の姿を見送りながら、泣き虫なアレクサンドラは再び泣いてしまった。

 そんなアレクサンドラの肩を抱きしめながら、オシュクルが心配気な眼差しでアレクサンドラを見つめる。


「大丈夫か。アレクサンドラ……その、後悔したりなぞは……」


「…大丈夫よ。後悔なんか、しないわ」


 だって、アレクサンドラの周りには、大切な皆がいてくれるのだから。




「アレクサンドラ…帰らないで、下さって、嬉しい…嬉しくて、たまらないのです……」


 そう言ってアレクサンドラ以上にぼろぼろ涙を零しながら、笑みを浮かべる愛おしい親友も。



「ようやく問題が片付いたら、今度は新しい転移魔法の習得ですと!? ……全く、つくづく貴女様方はそれがしを平穏な気持ちで休ませることをしてくれないですな。本当に世話が焼ける方だ」


 憎まれ口を叩きながらも、どこか嬉しげな穏やかな目つきでアレクサンドラを見つめる魔術師も。



「……まあ、こうなるとは思ってマシタけれどネ」


 飄々とそう言って伸びをしながらも、口元に笑みを湛える旅の仲間も。



【アレクサンドラ!! あのぎんいろのやつに、はなをあげたっていってたから、ぼく、またあたらしいのつんできたよ!! うれしい?】


 リラの花を咥えながら、誉めてもらいたげに尻尾を振る、アレクサンドラの「神様」も。



「アレクサンドラ。改めて約束する。ーー私がやれるものは少ないが、私はお前がこの先もずっと笑ってられるように努力を惜しまない。私のできる力全てを持ってして、お前を幸せにすると、誓おう」


 ーーそして誰よりも愛おしい、アレクサンドラが心から愛する旦那様も。




 皆がいるからこそ、アレクサンドラは強くなれる。

 モルドラの地で、強く逞しく生きることができる。



 アレクサンドラは、自分を取り巻く大切な人達を見据えて笑った。


「みんなーー大好きよ」


 咲き誇るリラの花が如く、艶やかに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ