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選ばれた理由

【そとにでたら、いちばんさいしょに、アレクサンドラにあいたかったんだ】


 生まれたての小さなドラゴンは、体についた卵の殻を振り落しながら、真っ直ぐアレクサンドラに向けた金色の瞳を笑うように細めた。


【ぼくの、ゆいいつの、トゥズルセアである、アレクサンドラに】


 自然と脳裏に伝わってくる言葉に、アレクサンドラの唇は震えた。


「…が、うわ…」


「……アレクサンドラ?」


「…私は貴方の【トゥズルセア】なんかじゃない‼」


 大きな声で宣言すると、アレクサンドラはドラゴン達から背を向けてその場を走り去った。


【…まって…まって、アレクサンドラ‼】


 変わらぬ音量で聞こえてくる、悲痛な幼子の声をアレクサンドラは必死に聞こえないふりをした。


(何故、私が選ばれてしまったの)


 噛みしめた唇からは血が滲み、口内に血の味が広がる。


(選ばれるべき相手は、私ではないのに!!)


 望んだわけではない。

 ドラゴンを信仰しているわけでもない。

 それどころか、元々はモルドラの民ですらない、自分。

 何故そんな自分が選ばれるのか、アレクサンドラには理解が出来ない。


「そんなのって…そんなのってないわ」


 アレクサンドラの目から、涙が零れ落ちる。


「そんなの…クイナが可愛そうよ」


 今のアレクサンドラには、かつてのフレムスの気持ちが痛い程分かった。

 そして、フレムスの抱いていたクイナへの罪の呵責が、今。アレクサンドラに自らの物として降りかかる。

 それはクイナを友として愛しているアレクサンドラには、あまりに辛い責であった。




 アレクサンドラは、テントに戻って布団に包まりながら嗚咽をあげて泣いた。

 少し遅れて帰って来たオシュクルは、黙ってそんなアレクサンドラに寄り添った。

 オシュクルは、何も言わなかった。

 自らが神と崇める存在を拒絶したアレクサンドラを責め立てることもなく。

 アレクサンドラが【トゥズルセア】に選ばれたことについて言及することもなく。

 泣くアレクサンドラを慰めの言葉を口にするのでもなく。

 ただ泣くアレクサンドラの背を、アレクサンドラが泣き疲れて眠るまで布団の上から撫でてくれていた。

 その優しさが有難くて、そして苦しかった。



 翌朝、アレクサンドラは寝過ごして、ドラゴンの様子を見に行くことは出来なかった。

 だけど、もし定刻通り起きていたとしても、アレクサンドラは恐らくドラゴン達の元へなど行けなかっただろう。

 どう接すればいいのか、分からなかった。

 クイナにも。

 アレクサンドラを【トゥズルセア】と呼んだ、あの幼いドラゴンにも。


「……皆には、朝のうちに昨日起きたことを伝えておいた」


 敢えてドラゴンから離れた最後尾を行進していたアレクサンドラに付き合い、隣を歩いていたオシュクルが小さな声で告げた。


「併せて、突然のことで混乱しているようだから、落ち着くまではあまり触れてやるなとも言ってある……多少視線は感じるかもしれないが、気にするな」


「そう…ありがとう」


 ということは、クイナもアレクサンドラが【トゥズルセア】にえらばれたことを、もう知っているのだ。

 そう思ったら泣きそうになった。


(何故私は昨日、あんな余計なことを言ってしまったのかしら)


 愚かの失言に対する後悔が、昨日以上の重さを持ってアレクサンドラに伸し掛かり、ただでさえ歩みの遅い足取りが、さらに重たくなっていった。

 自分が選ばれるなんて露とも思っていなかったからこそ、告げられたあの言葉。それは今、きっと激しい皮肉として、クイナの胸に突き刺さっている筈だ。

 アレクサンドラは、遥か前方でグゥエンと並んで行進をしているクイナの方に視線をやった。けれど残念ながら、あまりに距離があり過ぎて、とてもクイナの様子など伺えない。


(今日の午後…籠作りの時に、クイナと話しをしてみよう)




「アレクサンドラ…今日から午後の活動は私達と一緒だ」


「え…私はクイナ達と籠作りを…」


 戸惑うアレクサンドラに、オシュクルはゆっくりと首を横に振った。


「午後は神々の世話をするのが、【トゥズルセア】に選ばれた者の決まりだ」


「あ…」


 アレクサンドラは、すぐ傍に控えていたクイナの顔が、見られなかった。

 まだ、何にも言っていない。何も言えていない。

 それなのに。


「…アレクサンドラ、様」


「っ‼」


 躊躇いがちにオシュクルと共にその場を離れようとしたアレクサンドラに、後ろからクイナが声を掛けた。

 びくりと、肩が跳ねる。


「新しい、神を…グゥエンと、シュレヌの、子を、よろしくお願いします」


 振り返って、クイナの顔を見ることは出来なかった。

 それでも、聞こえて来たその声は、いつもと変わらなくて。

 いつもと同じ親愛に満ちた、優しいもので。


(…クイナ…)


 アレクサンドラは、ただ頷くことしか出来なかった。




【アレクサンドラ‼ きてくれたんだね!!】


 アレクサンドラの存在に気が付くなり、シュレヌに舐められていた幼子の明るい声が脳裏に響いた。幼子はぴんと尻尾を立てて、どこかぎこちない足取りでアレクサンドラに近づいて来たが、すぐにハッと何かを思い出したかのように項垂れて尻尾を投げ出した。


【あの、アレクサンドラ…ぼくのトゥズルセアなったの、いやだった?】


 切なげなその姿に、胸が痛くなる。

 アレクサンドラは腕にすっぽりと収まってしまう幼子の体を、そっと抱き上げた。


「…嫌じゃ、ないわ。ただちょっと混乱していたの。ごめんなさい…ええと」


【ノーティだよ。おとうさんと、おかあさんがつけてくれたんだ】


「…そう。良い名前ね。ごめんなさい。ノーティ」


 そう言って、そっとその額に口づけを落とすと、ノーティの顔がパアと明るくなったのが分かった。


【ならよかった‼ ぼく、アレクサンドラにきらわれちゃったかとおもって、しんぱいだったんだ】


 ノーティはまるで子犬かなにかのように、アレクサンドラの顔に頬を寄せてすり寄って来た。

 まだ生まれたての赤ん坊とはいえ、ノーティが纏うのは柔らかい毛ではなく、丈夫な鱗だけあって少し痛い。

 それでもその愛らしい仕草にアレクサンドラの口元には自然と笑みが浮かんでいた。


「ねぇ、ノーティ」


【なに? アレクサンドラ】


「どうして貴方は私のことを選んだの?」


 クイナではなく、と続けかけた言葉は飲みこんだ。

 生まれたばかりのノーティが、クイナの事情なんて知っているとはとても思えない。ならばクイナのことを聞いたところで意味がないだろう。

 それでも、ノーティはまだ卵から生まれる前から、アレクサンドラのことを知っていた。アレクサンドラの名前を把握し、アレクサンドラを呼んで、アレクサンドラを【トゥズルセア】に選んだ。

 あれは一体どういうことだったのだろう。

 アレクサンドラの問いかけに、ノーティはきょとんとした表情で首を傾げた。


【なんでって…アレクサンドラ、だから?】


「…?」


【アレクサンドラがぼくのトゥズルセアになるって、ずっとまえからきまってたことだから】


 ノーティの言うことが理解出来なくてアレクサンドラは眉を顰めた。


「ずっと前から決まっていたって…私はここに来てからまだ半年も経たないのよ」


【それでも、きまっているんだよ】


「だって、そんなのおかしいじゃない」


 アレクサンドラがモルドラに嫁いできたのは、必然的な出来事ではない。

 元婚約者の恋慕が。アレクサンドラの失態が。ダルド家の陰謀が。

 様々な出来事が重なり合って起った結果だ。

 遊動の旅に同行を決めたこともしかり。

 それなのに、何故アレクサンドラがノーティの【トゥズルセア】に選ばれたのが、決まっていたなんて言えるのだろう。


【にんげんてふしぎだなぁ…なんで、わからないの?】


 ノーティが、笑う。どこか得意げに首を伸ばして、くすくすと楽しげに。


【ぜんぶぜんぶ、きまっているんだよ。うまれることも、しぬことも、トゥズルセアも、ぜーんぶおなじ。すべてのことがずーーーっとまえにきまっているんだ】


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