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VS エルセト

「そんな…一時的とはいえ、耳を聞こえなくさせるだなんて、クイナに悪いわ」


「それが、主の為だったらそれしきのことを気にするような臣下は、オシュクル様の周囲にはいません。そうでしょう?クイナ」


「…気に、しない。慣れて、いた…いる?」


(私が気になるのよ!!)


 しかしあくまでクイナの気持ちを慮るような言い方をしただけに、そんな本音を口にすることは出来ない。


「この場合はいるの方がルシェルカンド語としては適当でしょう。しかし、いつまで経ってもルシェルカンド語がなかなか上達しませんな。仮にも王妃様の母国の言葉なのだから、もう少し精進しなさい」


「…ごめん、なさい…」


「貴女には、私が知りえないような場面で、お妃様がおかしな行動をしないように見張るという重要な役目があるのですから。まともに意思疎通も取れないようでは、お妃様が裏でオシュクル様の寝首を掻こうとしていたとしても気が付かないではありませんか」


「っそんなことする筈がないでしょう!!」


「おや、アレクサンドラ様。聞いていらっしゃったのですか。臣下の会話を横から耳をそばだてて聞いているのは、上に立つものの行動としてあまり関心致しません。もう少し、自身が王妃であるという立場に自覚を持って、どっしりと構えられてはいかがですか?」


「ならば、せめてもっと小さな言葉で話しなさいよ!!聞えよがしにひどいことを言っておいて、なによ、それ!!」


 流石に頭に眉間に青筋を立てながら、きゃんきゃんと吼えて噛みつくものの、エルセト普段の飄々とした態度を崩すことなくはどこ吹く風だ。

 その姿に、一層腹立たしくなるものの、アレクサンドラは大きく息を吸いこむことで、何とか自身の激高を抑え込んだ。


(落ち着け…落ち着くのよ、アレクサンドラ。感情のまま怒ったら、この狐男の思うつぼよ)


「――エルセト。あなたが私に対して。僅かでも不埒な感情を抱くことなんかありえないことは、よぉ―――く分かったわ」


「それは、それは。それがしの気持ちを理解して頂けたようで誠に幸いです」


 アレクサンドラの嫌味な言葉にも、エルセトは片眉を器用にあげるだけだった。

 その軽い反応に、思わずアレクサンドラの眉間に皺が寄るが、それでもアレクサンドラはその顔に無理矢理笑みを象ってみせた。


「だから、やっぱりクイナについていて貰わなくてもいいわ。私、もうすっかり貴方を信用しているから。オシュクルだって、貴方と二人きりで話すことを後から咎めたりはしないでしょう?」


 一人ずつでも苦手な人間は、二人合わさればますます苦手になることを、アレクサンドラは今回のことで身に染みて理解した。どうせ対峙しなければならないならば、せめて苦手な人間は一人だけの方がいいに決まっている。


「…いや、しかしそれでは、それがしの気がすみませんな」


「はい?」


 しかし、今度は元々二人で会うことを提案していた筈のエルセトの方が、したり顔で首を横に振った。


「それがしが顔にのみ唯一美点が集中しているような女性に興味を抱かないことを、先程のやり取りでアレクサンドラ様には理解して頂いたようですが、周囲も同様に考えるとは限らないことを、それがしは先程お妃様の言葉で学ばせて頂きました。背景事情など全く考えず、年若い男女が二人並べばすぐに生殖行為を連想して下衆な勘繰りをする輩は、どうも珍しくないようですな。いやはや、どうもそれがしは人を信じすぎてしまう傾向があって、悪意を持って誰かを解釈することが苦手なようでして。それがしの配慮が足りなかったようで、大変申し訳ありません。やはり、万が一でも悪意ある噂が流れたりなぞしないように、ここは是非ともクイナには同席して頂きたいと思います」


(…っこの男は――!!)


 明らかに、悪意があるエルセトの反応に、アレクサンドラはわなわなと指先を震わせる。

 絶対に、アレクサンドラがエルセトも、クイナも苦手で仕方がなくて、一刻も早く別れたいことを気が付いている。気が付いたうえで、こんな嫌がらせじみたことをしているに決まっている。


(この毒舌腹黒慇懃無礼狐め…)


 アレクサンドラは内心で臍を噛みながら、視線をクイナに移した。

 相変わらず、何を考えているのか分からない鉄仮面ぶりだ。到底、この場を打開する提案なりをしてくれるとは思わない。

 自分で何とかしなければ。


「…クイナ。貴女の泊まっている部屋はどこなの?」


「…そこ。ニ階の、一番東。ここから見て、一番左」


「そう…それじゃあ、こうしましょう」


 アレクサンドラは立てた指を高く掲げて、もう既に目の前に見えていた村長の家のクイナが泊っている窓を指差した。


「エルセト。家の中では無く、このままここで二人で話しましょう。クイナは先に部屋に入って、あの窓からエルセトが私に変なことをしないか見張っていて頂戴。そうすれば、魔法何か使わなくてもいいし、万が一エルセトが不名誉な噂を流されたとしてもクイナがエルセトの潔白を証明することが出来るでしょう」


「しかし、この辺りは暗い。窓からちゃんとお妃様とそれがしの姿が確認することが、果たしてクイナに出来ますかな?」


「…それこそ、エルセト、貴方が魔法で灯りくらい作りなさいよ。優秀な魔術師なのでしょう?まさかそれくらいのことも出来ないとは言わないわよね?」


 エルセトが気分を害したかのように眉間に皺を寄せたのを見てアレクサンドラは少しだけ気分が晴れた。

 嫌味ったらしい態度には、厭味ったらしい態度で返す。これは喧嘩の鉄則である。


「そうそう、優秀な魔術師さん?当然、突然の襲撃に備えて結界魔法も同時に展開してくれるわよね?だって、私は仮にも貴方の大事な大事なご主人様の奥様なのだもの。万が一のことがあったら大変でしょう?女性であるクイナがいないと、一人で護衛も満足に出来ないわけではないでしょう?だって、貴方は魔法の天才なのだから?」


「…アレクサンドラ様は、少々それがしのことを買被り過ぎではないですか?まるでそれがしを超人か何かのように期待して頂いているようですが、それがしとて人間。出来ることと出来ないこととがありますぞ」


「――でも、出来るのでしょう?」


 アレクサンドラは真っ直ぐにエルセトを見据えて、有無を言わせぬ口調で言い放つ。

 アレクサンドラとて、伊達にルシェルカンドの貴族社会を生き抜いてはいない。考えが浅く感情のままに動く欠点はあるが、相手を雰囲気で威圧して自分の考えを貫きとおすことは得意だ。逆を言えば、それしか出来ないとも言うが、まあこの際は置いて行く。

 どんな正しい正論も、聞いている相手がまともに耳に入れなければ意味がない。ならばエルセトがどんなに舌を器用に操ってアレクサンドラを丸め込もうとしても、あくまで折れない姿勢を示せばいいだけだ。アレクサンドラは仮にも王妃で、エルセトは王の臣下。ある程度の我儘ならば、アレクサンドラは身分を笠に着る権利はあるはずだ。

 それにアレクサンドラは気が付いていた。何だかんだ言っているエルセトが「出来ない」とは言っていないことを。この男は、毒舌で厭味ったらしく、回りくどい言い方で不本意なことを煙に巻こうとするが、嘘はつかない。アレクサンドラは根拠もないままに、感覚でそれを感じ取っていた。

 ただの直観。けれどもアレクサンドラの人に対する動物的直観は、なかなか馬鹿に出来ない。それが無かったら、根は考えなしで愚かなアレクサンドラが、魑魅魍魎蔓延るルシェルカンドの社会で、18年間も誰かに嵌められたり利用されることがないままに過ごすことが出来た筈がない。…ただ最終的には、現ダルド家の家長エドモンドや、婚約者を寝取った庶民の女、そして元婚約者ルーディッヒの方がそんなアレクサンドラの直観よりも上手だったわけだが。残念ながら諸悪の根源とも言えるエドモンドにアレクサンドラは直接出会うこともないまま嵌められたのだから、仕方がない。



「――ええ、できます。了解しました。お妃様のご希望通りに致しましょう」


 結局、折れたのはエルセトの方だった。

 元々エルセトの方は単にアレクサンドラに嫌がらせがしたかっただけの提案だ。意固地に貫くほどのことでもない。


「クイナ、早く自室に移動しなさい。それがしは今から、灯りと結界を魔法で形成します」


「…わかった」


(…勝ったわ……!!)


 アレクサンドラは、どこか不機嫌そうな表情で魔法を展開し始めたエルセトを横目に、拳を握って自身の勝利の余韻に浸った。


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