苦手な人×苦手な人
一人ではそれぞれが苦手な人間だとしても、二人合わさればどういう特殊作用が起こってか、
話やすくなる場合があるという。
「…しかし、麗しいお妃様は今日の祭りでは随分とはしゃいでらっしゃったようで。いえ、楽しんで頂けたようで実に喜ばしいことです。しかし、いくら遊動の旅の道中だからといて、国民の前であまり子どもじみた…無邪気な態度を取られるのは、いかがなものかと。道中立ち寄った村の人々は普段は縁がない王族を、アレクサンドラ様とオシュクル様を見て印象付けるのだということをゆめゆめお忘れなきよう、僭越ながらご助言させて頂きます。あと夫婦仲がよろしいのは大変結構ですが、いちいちオシュクル様との距離が近い時があるようにお見受けします。微笑ましいと思う者も多いでしょうが、それがしのような一人身には少々目に毒ですので、人前では控えて下さると助かりますな」
「…………」
そんな奇跡が起こらないかと半分現実逃避をしながら祈ったが、残念ながら苦手な人物は二人合わさっても苦手なままだった。
エルセトは相変わらず慇懃無礼で嫌味ったらしいし、クイナは終始無言で何を考えているのか分からない。
アレクサンドラは暗鬱とした気分で足を進めながら、一刻も早く村長の家に到着してくれることを祈った。
「…しかし、アレクサンドラ様はともかく、クイナも随分と祭りを漫喫していたようで意外でした。あまりこういった物に興味を持っていないと思っていたのですが」
エルセトの矛先がクイナに向いたことに向いたことに、アレクサンドラは少し胸を撫で下ろす。
そのまま自分を巻き込まないで、二人で盛り上がっていてはくれないかという淡い期待が胸を過ぎる。
「別に…いつもと、同じ…」
「ならばその両手いっぱいの土産物は、一体どんな気まぐれで購入されたのですか?クイナが、必要最小限の食事以外の嗜好品を買う所なぞ、それがしは初めて見ましたぞ」
「っあ!!それは…」
思わず割って入ってから、再びエルセトの視線が向けられて後悔する。わざわざ口を挟まないでも、そのままクイナに説明させた方が楽だった。
「…それは、私のなの。私のお土産をクイナが持ってくれているだけ」
「お妃様の、お土産ですか」
「そう…その、フルへとイアネに明日渡してあげようかと…今日はずっと家の中に閉じこもりきりで、お祭り気分を味わえていないから…」
話していくうちに、段々言葉が尻つぼみになっていくのが分かった。何となくエルセトの顔が真っ直ぐ見ることが出来ない。
お土産と言えば聞こえはいいが、その代金としてのお金はオシュクルの懐から出たものであり、アレクサンドラは詳細を知らないけれど、広い意味で考えるのならばそれは遊動の旅の資金の一部であるとも言える。そんなお金を無駄遣いさせた我が儘を、オシュクルは何も言わなかったが、エルセトは批難するのではないかという不安が今頃になって湧き上がって来た。
なんせ、遊動の旅の生活は驚く程質素だ。そんな状態を知っているにも関わらず、こんなにたくさんの日持ちしない嗜好品を買って貰うだなんて、贅沢だったのかもしれない。
そもそもお土産というのは建前で、本音を言えばアレクサンドラ自身が色んな物を一口ずつ食べたかっただけなのだから。
アレクサンドラは続けざまにエルセトの口から飛び出すであろう嫌味な言葉を覚悟して、身構えた。
「…なるほど。一日家に閉じ込められてあの双子もうんざりしているから喜ぶでしょう」
「……え?」
「ただ食べさせる前に、一応アフカには確認を取った方がいいでしょうな。母親という生き物は、子どもに勝手に食べ物を与えられることを嫌がるものですから。大人にとっては平気で口に出来る食べ物も、子どもの成長には良くないものもあると言いますし」
あっさりとしたエルセトの返答に、アレクサンドラは拍子抜けしてパチパチと睫毛を瞬かせた。
そんなアレクサンドラの反応に、エルセトは怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
「その様な珍妙な…失礼…それがしのような小人にはその真意を推し量ることが出来ない不思議な表情をされて、どうかされましたか?」
「……怒ら、ないの?」
「はあ?」
「私、我儘を言ってオシュクルに散財させちゃったのに、エルセトは王妃としての自覚がどうのこうのって言いはしないの?」
「はあ!?散財って、たかが祭りの屋台の買い物のことおっしゃっているのですか!?」
エルセトは細い目を見開いて、信じられないものを見るかのように口元を引きつらせた。
「この様な村の祭りの品物、全て買い占めたところで金額としては微々たるものです。ましてや、お妃様がお土産として買った程度の品なら子ども小遣いでも買える程度のもの。たかだかそれくらいの金額で、それがしがお妃様に対して文句を言うとでも!?」
「だって…その、普段があまりに質素な生活を送っているものだから…」
「それは必要が無い場面で、極力出費を抑えているだけのこと…!!仮にも王族が主導する遊動の旅。必要とあれば、いつだってすぐにまとまった金額を払えるくらいの余裕はありますぞ!!特に、街にたどり着いた時は、普段の節制を忘れて極力金を使うように、皆にも指導しております…それがし達がお金を落とせば落とすほど、僅かながら、滞在地の経済は活発化するのですから…!!」
感情を高ぶらせて、わなわなと指先を震わすエルセトの様子に、アレクサンドラは自分の言葉が完全に失言だったことを悟った。
謝るべきか、それとも開き直るべきか。
上手く次の言葉を思いつくことが出来なかったアレクサンドラは、結局何かを言うのを諦めて、黙ってそっぽを向いた。
(あんな質素な生活をさせられていたら、そりゃ余程お金が無いか、吝嗇かのどちらかなのだと勘違いもするでしょうよ)
そんな胸の奥の本音を、アレクサンドラは敢えて口に出さないで置く。
いくら思慮が浅いアレクサンドラとて、今のエルセトに対してそんなことを口にしたら、何十倍にも何百倍にもなって返ってくるであろうことくらい察しがつく。沈黙は金である。
口を紡ぐアレクサンドラに、少し平静さを取り戻したエルセトは大きく溜息を吐く。
「……前々から思っていたのですが、やはりそれがしはお妃様と一度、二人きりで話さなければいけませんな」
「え」
エルセトが発したとんでもない発言に、アレクサンドラの頬は引きつる。
ようやく、村長の家の付近に到着して、この息苦しい時間が終わらせそうなのだ。それなのに、延長だなんて冗談じゃない。
「オシュクル様が戻って来るまで、少し時間があることですし、お妃様。少しお話させて頂けませんか」
「そんな…結婚した女性と独身の若い男性が二人きりで話すだなんて、とんでもないわ!!」
「それはルシェルカンドでの常識でしょう…モルドラでは通用しません。嫁いだからには、モルドラの流儀に従うべきではありませんか。ただこんな夜分ということもありますので、お妃様がご心配ならばクイナに一時的に聴覚を封じる魔法をかけて、傍に控えさせましょう。…それがしの名誉の為に言わせて頂きますと、いくらそれがしが一人身だからといって、姿形が美しいだけの、幼稚で頭が足りない…申し訳ありません。口が滑りました…見目麗しくても、子ども心を忘れない純粋なまま成長された天使がごときお妃様はそれがしには眩しすぎて、とても性的な対象に見ることなぞ出来ませんので、どうぞご安心下さい」
結構な言われ様である。
けれども、元々エルセトが自身に性的興味を抱いているとは欠片も思っていなかったアレクサンドラは、さして怒りを覚えることもなく、ただただ、どうにかしてこの状況を脱することは出来ないかと、顔を青ざめさせていた。