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村の祭り

 結局その日の朝も、オシュクルの腕の中で目を醒ました。

 久しぶりにベッドで眠れて快適だったアレクサンドラと違い、大きな体を縮ませて眠ったオシュクルは少し疲れが取れていない様子だったが、特に何も言われていないので敢えて気にしないことにした。

 どうせ、この三日はオシュクルも鍛錬はお休みだ。特に疲労を蓄積することもない筈なので、オシュクルが不満を露わにしないならば、これくらいの我儘は大目に見て貰おう。

 朝ごはんには、焼きたての温かいパンと(発酵が足りていないのかルシェルカンドの物に比べたら大分固く、パンというよりもビスケットのようだが、それでも十分に美味しい)手作りのジャム、ミルク入りの温かいスープが出され、アレクサンドラは朝から機嫌よく美味しい食事を平らげた。

 表面に浮いたお茶の葉を息で吹きかけて飛ばしてから飲む、この地域独特の茶を口に運んでいる時、不意に外から笛の音が聞こえて来た。


「こんな朝から、一体誰が吹いてているのかしら」


 アレクサンドラの問いを、オシュクルが代わりに通訳して村長に尋ねてくれた。


「…どうやら、今日はこの村の神を敬うお祭りがあるらしい」


「お祭り!!」


 アレクサンドラの脳裏に、ルシェルカンドの城下町で開かれたお祭りの記憶が蘇る。

 基本的に貴族にとってのお祭りは、単に城や教会に出向き祭典に参加するだけのつまらない行事であったが、平民たちにとってお祭りは酷く特別な、心待ちするものであった。

 お祭りの日には、普段はない様々な特別な屋台が城下町の大広場に並び、そこに訪れた人達は日中から酒を煽り、賑やかな音楽を奏でて、歌い、踊り回る。平民たちは、その日がどんなことを由来するものなのかも知らないままに、束の間労働を忘れ、ただ「特別な日」故に与えられる享楽に耽るのだ。

 アレクサンドラは、そんな平民たちのらんちき騒ぎを、無教養で騒々しいと蔑む一方で、その実ひどく羨ましかった。

 人目を気にすることなく、外で立ったまま飲食をし、大声で歌い笑い、踊ることが出来たら、それはどんなに気持ちいことであろう。ぎゅうぎゅうの人波を潜り抜けて、様々な珍しいものが並ぶ屋台を眺めて、好奇心のおもむくままに、好き勝手にあちこち回れたら、それはどれほど楽しいであろう。

 そんなことを内心で思いながらも、平民たちばかりの祭りに混ざるなんて貴族として相応しくないと、想いを誰かに告げることもないままひた隠しにしていた。

 けれども、そんな幼い頃の願いが、もしかしたら今日叶うのかもしれない。そう思ったら、胸が高鳴った。


「オシュクル、ねぇ、お祭りってどんなものかしら?屋台とか、そう言ったものはあるの?」


 期待で瞳を輝かせるアレクサンドラに、オシュクルは少し困ったような顔をした。


「いや恐らくは祭事だけで、屋台などは無いのではないか。なんせこれだけ小さな村だ。祭り目当てで訪れる外の人間もそうそういないだろう」


「そう…」


 それならば、貴族としてルシェルカンドのお祭りに参加した時と、さして変わらないではないか。

 がっくりと肩を落とすアレクサンドラを、慰めるようにオシュクルは肩に手を置いた。


「…いや、オシュクル様。どうやら屋台までは行かなくても、食べ物の販売のようなことはするみたいですぞ」


「え、本当!?」


 オシュクルとアレクサンドラが話している間、村長と一体一で話していたエルセトの言葉に、再びアレクサンドラの瞳に輝きが戻る。


「村長曰く、教会で神への祈りを行った後、各家で一品ずつ酒やご馳走を持ち寄って広間に集まり、各々が物々交換をして飲み食いをする慣習があるとのことです。食べ物を用意出来なかった者は、代わりに美しい布や、宝石、金銭で交換することも出来るとか。いわゆる屋台とは違いますが、下々の祭りをご存じでない高貴な奥様ならば、十分そう言った気分は味わえるのではないでしょうか?」


「だが、私達のような外部の人間が参加すれば、せっかくの祭りを楽しみにしていた村人達の邪魔になるのではないか?」


「オシュクル様。そうはおっしゃいますが、元々それがし達の滞在の日取りと被った時点で、村人達は祭りに専念できるような心持ちでなくなっているでないかと。それならば、せめて少しでも多くのお金を置いて行ってやった方が、後々の村の為になると思われます。どう考えても、昨日渡した謝礼の金額を上回る、過分な歓待をして頂いておりますし。滞在した村に負担を掛けるのは、オシュクル様とて本意ではないのでしょう」


「うむ…まぁ、一理あるな」


 途中、世間知らずを馬鹿にされたような気がしないでもないが、それでもアレクサンドラの中のエルセトへの好感度はグッと上がった。

 まさか、エルセトが自分の望みに対する後押しをしてくれるとは思わなかった。

 アレクサンドラは固唾を飲んで、モルドラ語で会話するオシュクルと村長の姿を見まもった。


「…エルセト。遊動の旅の人員全てに通達を。今夜の食事は、祭りで各自購入して食べるように伝えてくれ。それにかかった費用は、一度個人に立替えさせて、旅の路銀の中から後で支払うようにする」


「御意に」


(やったわ!!平民のお祭りを体験できる!!)


 アレクサンドラは小さい頃の願いが叶う喜びに、思わず自身の拳を握って破顔した。




 昨夜の夕食にも劣らない豪勢な昼食の後。

 村長に案内されるがままに、アレクサンドラ達は村の教会へと足を運んだ。


「これが、教会?随分と地味な色合いをしているのね」


 アレクサンドラは予想外の教会の外観に、思わず拍子抜けした。

 てっきり王宮のように、色鮮やかな色彩をしていると思っていたのに、目の前にある木製の建物はどう見ても染色されておらず、切り取られたままの木の色をしていた。建物自体も、複雑な細工がされているわけでもなく、酷く単純な造りをしている。周囲の家の方が、よほど豪華なくらいだ。この村ではドラゴンは、首都カラムよりも蔑ろにされているのだろうか。


「ああ。ここでの神は、ドラゴンでは無く、木の精霊だからな。木の精霊は、自らの眷属である木に過剰に手を加えられることを嫌う。だから木の精霊を敬う村の教会は、切った木を細工せずに、出来るだけ元の形を保ったままで作られるのだ」


「え…同じ国の中なのに、神様が地域によって異なるの!?」


 それはアレクサンドラにとって、衝撃的な事実だった。

 ルシェルカンドにおいて、神とされる存在は、唯一無二とされている。神を信じるものは、他の信仰を全て邪教と見なして、他の神を信じる物たちを歴史的に排除してきた。

 思想の統一が、国を統治するうえで重要な課題であり、その為に宗教は積極的に利用されるのだと、父セゴールはそう教えてくれた。

 それなのに大国であるモルドラが、異教徒を受け入れているだなんて。アレクサンドラにはとても信じがたいことであった。


「モルドラは広い領土を持つ国だ。東の端と西の端、北の端と南の端では、環境も文化も全く異なる。言葉でさえ、時には通じないことまである。そんな広い領土の中で、全ての思想を統一するだなんて、土台不可能な話だ」


「でも…でもモルドラにとって、ドラゴンという存在はとても重要なものではないの?」


「ああ、重要だ。そして重要であることは、恐らくモルドラの者ならば、皆ちゃんと把握している」


「それならば、どうして…」


「モルドラの国民は皆、ドラゴンの重要性は理解している。…けれども、重要だと理解しているからと言って、それを自らの一番に置くとは限らない。ほとんどの民は、ドラゴンに付き従う私達と違って、生活の中でドラゴンと直接的に関わる機会がないからな」



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