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久しぶりの贅沢

 ドラゴンと遊動の旅のメンバーの関わり方は、とても奇妙だとアレクサンドラは改めて思う。

 一方的に人がドラゴンの後を追って従っているように見えるが、それでいてドラゴンは自らの意志だけで好き勝手振る舞うわけではない。

 旅の途中で村や町に立ち寄ることは、完全に人間側の都合だ。旅の疲労を癒し、民の生活状況を確認するのが目的であり、そこにドラゴンの意志も、習性も関わっていない。

 けれども、ドラゴン達はそんな勝手な行動を取る同行の人間達を、待っていてくれる。3日という期間を定めて、別行動を取った後に、また迎えに来てくれる。それは、ドラゴン達が同行の人間に対して何かしらの仲間意識がなければ、けして起こりえない行動である。

 アレクサンドラは旅を同行してから、さほどドラゴンと交流を持った経験がないので、ドラゴンがどれほどの知能を有していて、どれほど人の言葉や感情を理解しているのか分からない。アレクサンドラのドラゴンに対する認識は、あくまで羽根が生えたトカゲのままだ。だからこそ、オシュクル達が飛び去ったドラゴンの帰還を信じて疑わない様子には、違和感を抱かざるを得ない。


(そもそも上下関係が良く分からないのよね…ドラゴンを神だって崇め奉って執着しているわりに、時々変に素っ気なかったり、馴れ馴れしかったりするし)


 支配するものと、それにつき従うもの。

 そんな単純な図式ではない、彼らじゃなければ分からない独自の関係性がそこには存在する。目に見えない、独特の絆のようなものが、確かに彼らとドラゴンの間には、存在するような気がするのだ。

 一週間の旅の間で、アレクサンドラにも何となくそれが分かりかけて来た。




「こ、これは…」


 アレクサンドラは、テーブルの上に所狭しと並べられた皿を見て、思わず言葉に詰まった。

 立ち上る温かい湯気と、ルシェルカンドにはない独特のスパイスの香り。


 これは、なんて


 なんて


(なんて、美味しそうなの…!!)


 アレクサンドラは並べられたご馳走を前に、興奮を隠せなかった。


 小麦を練って中に様々な色の具材を包み、蒸しあげられた、色鮮やかな蒸し料理。

 骨がついた塊肉のまま表面をカリッと香ばしく焼かれた、子羊のロースト。

 豆と一緒に煮込まれた、野菜がたくさん入ったスープ。

 白身魚を高温の油であげて、果実で出来ているらしいソースが掛けられた揚げ物。

 燻製肉と、酢、油で敢えている生野菜のサラダ。

 様々な種類の果実。

 そして、甘い香りがする蒸し菓子。


 ルシェルカンドから来たばかりのころではさして感動を覚えなかったであろう(寧ろ味付けや見た目が慣れ親しんだものとかなり違う為、忌避さえしたかもしれない)メニューだが、一週間粗食で過ごしたアレクサンドラには充分素晴らしいご馳走に見えた。思わず口内に唾が湧き上がる。

 村長がどこか気恥ずかしそうな表情で口上を述べ(言葉を理解できてははいないが、恐らく「大したものは準備できませんが…」云々の謙遜の言葉だろう。こういう時に使われる言葉は大体どこの国でも同じだ)オシュクルがそれに応えて礼の言葉を述べている間も(シューシェ【ありがとう】だけは辛うじて聞き取れた)アレクサンドラの視線は料理に釘づけだった。

 そして、皆が食べ始めるのを確認するや否や、すぐに自身も料理に手を伸ばした。


「美味しい…!!」


 口に含んだ途端、広がった旨味に思わず涙が出そうになった。

 スパイス使いも違う。どちらかと言えば味付けは粗野で、荒々しくて、繊細さとは程遠い。

 だが、確かにこれは料理だ。栄養補給の為の食べ物ではなく、舌を楽しませる為に料理人によって誠心誠意作られた、確かな料理だ。

 アレクサンドラは、はしたないと思う余裕もなく、夢中で料理を食べた。もしかしたら、これほど料理を美味しいと思ったのは初めてかもしれない。


(…幸せだわ)


 デザートに至るまで、綺麗に食べ終わった頃には、アレクサンドラは非常に満ち足りた気分に包まれていた。

 食後に出されたお茶も、花の香りがして実に美味しい。まさに嗜好品というところであろう。アレクサンドラは甘くてどこか懐かしい花の香りを、うっとりと楽しんだ。

 そんなアレクサンドラの様子を、オシュクルが僅かに眉間に皺を寄せて眺めていることには、お茶に夢中になっているアレクサンドラは気づかなかった。



「ベッドよ、ベッド!!すごい、久しぶりだわ!!」


 久しぶりに湧かされたお湯の中につかって全身を温めたアレクサンドラは(旅の最中は水浴びがほとんどだった)その後案内された客間にベッドを見つけると、一層大興奮した。

 案内してくれた村長が部屋を後にし、客間にオシュクルと二人きりになった途端、ベッドに飛び込んだ。

 ベッドで寝るのは、あの初夜以来だ。床に布団を敷いて寝る生活に、未だ慣れることは出来ず、起きる度体の節々が痛かったので、すごく嬉しい。

 客間のベッドは後宮の物と違って二人分寝られる大きさがない代わりに、並んで二つ設置されていた。オシュクルの隣で寝られないことは少し残念に思わなくもないが、今夜はベッド一台一人占めできるのだと思うと、それはそれで嬉しい。


「…恋しくなったか?」


「え?」


 ごろごろとベッドの上を転がるアレクサンドラの傍らに、オシュクルが腰を掛ける。


「ベッドがあり、きちんと調理された豪勢な食事がある暮らしが恋しくはならないのか?」


 一瞬オシュクルに言われた言葉の意味が、理解出来なかった。


「…不思議だわ」


「うん?」


「久しぶりの贅沢は素直に嬉しいのに、オシュクルに言われるまで、戻りたいなんて考えてもなかったわ」


 美味しい料理は、嬉しい。

 ベッドがある生活も嬉しい。

 けれど単身で王宮に戻りたいとも、ルシェルカンドに戻りたいとも、考えてもいなかった自分にアレクサンドラは驚いた。

 王宮はともかく、優しい人たちに囲まれていた実家は、恋しくなってもおかしくない筈なのに。


「私、もしかしたらあの質素な食事も、寝づらいベッドも、そんなに嫌いじゃないのかもしれないわ」


 料理は美味しくないけれど、不器用ながらに自分も手伝った食材が中に入っていると思うと、それだけで何か嬉しい。大勢で丸くなって、絨毯の上に腰をおろしながら、わいわい食べる食事も悪くない。

 ベッドがなくて背中の節々は痛むけれど、すぐ隣にオシュクルの体温を感じながら眠る夜は、心がほかほかする。

 少しずつ言葉や、仕事を覚えて行く日々は、楽しい。学ぶことが楽しいと思う感情を、アレクサンドラは初めて知った。

 クイナは何を考えているか分からないし、エルセトはしばしば手厳しいことを言うけれど、基本的に他の旅のメンバーは皆優しい。様々なことが出来ずに四苦八苦するアレクサンドラを、いつも温かい目で見守ってくれる。

 嫌いじゃないのだ。この驚く程不自由な生活が、アレクサンドラは存外嫌いじゃないのだ。


「そうか…なら、良かった」


 アレクサンドラがそのことを伝えると、オシュクルは目を細めて笑った。

 最近、オシュクルはこうやって時たま笑みを見せてくれるようになった。いや、笑みと断言するにはほんの僅かな変化だから、単にアレクサンドラが表情に乏しいオシュクルの変化を気付けるようになっただけかもしれない。

 微笑みながら、オシュクルはいつものようにアレクサンドラの頭を撫であげた。

 温かいオシュクルの掌の温度を感じたら、何だか我儘が言いたくなった。


「ねぇ、オシュクル。用意されたベッドは狭いけれど、やっぱりいつもみたいに一緒に寝てくれる?」


 二人で寝転ぶのは狭いけれど、寝ている間中抱きしめていて貰えるならば、寝れない程でもない。オシュクルの寝相の良さは、もう十分過ぎる程把握している。


「なんだかこの部屋は、いつものテントよりも寒い気がするの」


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