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双子の師匠

 周囲の皆が歩いているのに、自分一人がオシュクルに背負われている罪悪感と、オシュクルに負担を掛けている罪悪感がアレクサンドラの胸を重くし、一刻も早く朝の行進が終わることを祈った。

 快適な馬車の中で、苦労して歩いている人たちを視界に入れることなく、優雅に移動するのとはまるで違う。息が掛かる距離に、アレクサンドラの体重を背負って自らの足で地を蹴って歩いている人がいるのだ。しかもその相手は、自分以上の地位を持つ人なのだ。居たたまれなくもなる。

 こんなの高貴な女性に対する特別扱いでも何でもない。…それこそ体力が子どもに対する、特別扱いだ。いや、子どもより、もっとひどいかもしれない。すぐ傍で、フルへとイアネはしっかり自分の足で歩いているのだから。

 アレクサンドラは、昨夜胸に抱いた劣等感が一層膨らんでいっているのを感じていた。酷く、情けない。

 遊動の旅に参加してから、本当に自分は何もできないのだと、何度も何度も気づかされる。アレクサンドラは、どこか途方にくれた気持ちで、オシュクルの首元に回していた手に力を入れた。


「どうした?落ちそうか?」


「いえ…体勢を少し変えたかっただけよ」


 胸のうちは沈んでいたが、それでも伝わって来るオシュクルの熱は昨日同様に温かくて、自らの不甲斐なさに落ち込むアレクサンドラを少し安心させた。




「アレクサンドラ…さま―?」


「アレクサンドラ、さま―。きょう、わたしたち、おしえるー」


 食事の後、突如話しかけられた片言のルシェルカンド語のアレクサンドラは目を丸くした。

 話かけて来たのは、よく似た顔を並べてにこにこ微笑む男女の双子の幼い兄弟、フルへとイアネだった。


「あなた達、ルシェルカンド語を話せるの?」


 驚きを露わにするアレクサンドラに、双子は顔を見合わせて、揃って首を傾げた。


「私、この言葉だけ、教えた。フルへとイアネ、教えてくれ、言ってきただから」


 クイナの言葉に、アレクサンドラは少しだけホッとする。

 もし二人がルシェルカンド語を、自分のモルドラ語の理解以上に仕えるなら、それこそ落ち込むどころですまなかった。

 フルへとイアネはクイナの傍に寄ると、こそこそ話をはじめた。そして、クイナから何かを耳打ちされて、再びアレクサンドラに向き直った。


「かご、づくり」


「おしえる。わたしたち。みてて」


 どうやらクイナに教えてもらった言葉をそのまま復唱しているらしい。

 ならばいっそのこと、クイナに通訳して貰った方がよほど早い気がするが、フルへとイアネはあくまで自分の口でアレクサンドラに伝えようとしてきた。


「これ、つた。こう」


「ちがう、こう。まねして」


 クイナとアレクサンドラの元を行ったり来たりしながら、双子はゆっくりとアレクサンドラに籠の造り方を解説してきた。

 双子の説明は、途中クイナを挟む作業がある分、一つ一つの動作が自然にゆっくりしたものになっている分分かりやすく、アレクサンドラの作業は昨日よりずっと早いペースで捗った。最初に双子が手を切らない蔓の持ち方の裏技のようなものをアレクサンドラに伝授してくれたことで、一度も手を切らなかったことが一番の要因なのかもしれない。

 とうとう、アレクサンドラは最初の一つの籠を完成させることが出来た。


「――出来た」


「できた!!」


「できた!!」


 アレクサンドラのルシェルカンド語を双子も真似て繰り返しながら、ふざけたようにきゃっきゃと笑ってアレクサンドラの周りを飛び跳ねた。

 アレクサンドラは初めて自身の手で作った籠を、目を丸くして眺めた。

 形は酷く歪だし、蔓の締めかけも甘くて強度も弱そうだ。…けれども、それは確かに【籠】だった。ちゃんと上から物を入れられ、持ち手をもって運ぶことが出来る、籠の形をしていた。


(どうしよう…なんだか、すごく嬉しいわ)


 アレクサンドラは自然と口元が綻ぶのを感じていた。頬が薔薇色に紅潮する。

 何かを自分だけの手で作り上げる経験。それはアレクサンドラにとって初めての経験であった。

 もし自分が作業をしなければ、目の前の籠は存在しなかった。そう思うと、不思議な感慨がアレクサンドラの胸に押し寄せて来た。


「…アレクサンドラ様、出来た、ですか?」


 しかしその感動は、クイナの手に持つ籠をみた瞬間に、一気に醒めた。

 クイナの作りあげた籠は、しっかりと頑丈に編まれている上に、形もしっかりしていて、途中には複雑な編み込みで模様のようなものさえついている。貴族の屋敷で使用されていてもおかしくないくらいの出来映えのものだった。

 それに比べるとアレクサンドラが作り上げた籠なんて、まるで鳥の巣だ。


(私だって…私だってこれからもっと上手くなるんだから…!!)


 アレクサンドラは、次はもっと強度が強いものを作り上げるべく、新たな蔦を手に取って、再び編み始めた。




 残念ながら二つ目の籠を作り終えないうちに、夕飯の準備の時間になってしまった。

 その日の夕飯作りは、アレクサンドラも手伝うことになった。

 アレクサンドラの先生は、引き続き双子の仕事となり、アレクサンドラは双子と共に野菜を洗ったり、手で向ける野菜の皮を剥いたりした。

 クイナはアレクサンドラの脇で別の作業をしながら、双子が駆け寄る度に、通訳をしてくれた。そんな姿を見ているうちにアレクサンドラは、一つの決意を胸に抱いた。

 夕飯の準備のせいで爪の中は土が入って真っ黒になってしまったが、そんなことを気にする以上に、皆が食べる夕飯を手伝えたことに対する達成感の方がずっと強かった。

 夕飯はいつも通り、質素で変わりばえがしないものであったが、自分が用意した野菜が入っていると思うと、何だか今までよりも美味しいような気がした。




 夜。鍛錬へ出向いたオシュクルを、アレクサンドラは昨日同様に、眠らずに待っていた。


「今日も起きてたんだな」


 帰ってきたオシュクルと向き合いながら、アレクサンドラは口を開く。


「…ねぇ、オシュクル。お願いがあるの」


 思い出すのは、午後のフルへとイアネの姿。

 彼らはルシェルカンド語なんか全く知らない筈なのに、手間を惜しまず一言一言クイナに尋ねながら、真っ直ぐアレクサンドラに向かい合ってルシェルカンド語で話しかけてくれた。たった10歳の子供が、だ。

 そんなフルへとイアネの姿を見ていたら、何だか今の自分が恥かしくなった。


「鍛錬の後、少しだけの時間でいいわ…モルドラ語を教えて欲しいの」


 モルドラ語を話せる人たちに甘えているだけでは、どうやっても自分の存在価値なんか高めることが出来るはずがない。モルドラ人として生きている、オシュクルを本当の意味で理解することも。そのことを、今日、ようやく気が付いた。


「ああ、勿論」


 オシュクルは、アレクサンドラの願いにすぐさま頷いた。


「今、夜の鍛錬をしている時間を、明日からはお前の語学の勉強の時間に当てよう」


「そんな…別にその後でもいいわ。悪いもの」


「いいんだ。あまり就寝が遅くなるのは体に悪い。それに、元々夜の鍛錬は、騎士団としてではなく、私が自主的に行っていることだ。無くしてもなにも問題はない」


 それならば、オシュクルの好意に甘えさせてもらおう。

 アレクサンドラはオシュクルに向かって頭を下げた。


「それじゃあ明日から、よろしくお願いするわ」


「ああ。任せておけ」


 そう言ってオシュクルは、アレクサンドラの頭をくしゃりと撫で上げた。相変わらずの子ども扱いに少しムッとする。

 しかし、顔をあげたアレクサンドラは、次の瞬間唖然と目を見開いた。


(…笑って、る)


 ドラゴンのこと以外は、ほとんど無表情のオシュクルがアレクサンドラを見ながら、確かに微笑んでいた

 その初めて見る表情にアレクサンドラの鼓動は、早くなる。


 ドラゴンのこと以外でも、こんな風に笑えるだなんて。それも、他の誰でもなく、アレクサンドラに対することで。


「い、言いたかったのはそれだけよ!それでは、おやすみなさい」


 アレクサンドラは紅潮していく顔を隠すべく、早口で言い捨ててそのまま布団の中に潜り込んだ。

 一度早くなった胸の鼓動は、横になってじっとしていても、なかなか治まってはくれなかった。


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