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ドラゴンの行進

(すごい…これが転移魔法…!!)


 アレクサンドラは初めて見る転移魔法に、頬を紅潮させる。

 こんなにも一瞬で、人間をどこか遠くに送ることが出来るだなんて。

 送る先がもっと複数指定できて、かつ使い手がもっとたくさんいれば、旅の移動はもっと楽になるだろうに、とアレクサンドラは昨日までの快適とは言い難い移動の記憶に想いを馳せた。


「エルセトの腕はすごいだろう?特殊な転移魔法だけでなく、エルセトは他の魔法も全て一級なんだ。おまけに頭もいい。望めばそれこそ宰相にでもなれる男なのに、酔狂なことに自分から志願して遊動の旅に同行しているんだ」


「オシュクル様。何をつれないことをおっしゃるのです。それがしにとって、我が神とオシュクル様にお仕えすることこそが最大の僥倖。王宮勤めなど、いくら快適な暮らしが保障されていたとしても、全く惹かれはしませんな。それに宰相を目指すのは、足腰が利かなくなってからでも十分間に合います故」


 臣下らしくなくからからと笑うエルストの言葉は、相変わらずの慇懃な口調のままだったが、それでも先程アレクサンドラに向けられたものとは全く違っているように思えた。

 何が違うのかは分からない。

 けれどアレクサンドラは、今のエルストの言葉は偽りない本音だと、はっきりとわかった。


「さあ、足手纏いの侍女たちは王宮に送りました。そろそろ皆も待ちわびているのではありませんか?急いで荷物を纏めましょう」


「ああ、そうだな。最近は日が高くなるのも早い。陽射しが強くなる前に、進めるだけ進んでおきたいしな」


 転移魔法の感動の余韻に浸っているアレクサンドラを置いて、オシュクルとエルストはさっさとその場を去ろうとしていた。

 アレクサンドラも慌ててその背中を追う。


「…オシュクル様。今日はこれから一体どの様なことを…」


「早朝から日が高くなる前に、私達はテントを畳んで移動する。この辺りの気温は昼間急上昇し、昼の強い日差しは肌を焼き、目を傷める。涼しいうちに、出来るだけ次の街を目指して進む」


「そ、それはドラゴンで!?」


 アレクサンドラは、昨日のドラゴンの騎乗体験を脳裏に浮かべて、顔を青ざめさせた。

 ドラゴンの背に跨って空を翔けて、再び失神しない自信は全くなかった。またオシュクルの前で失態を晒してしまうのだろうか。

 だがオシュクルは、ゆっくり首を横に振った。


「言っただろう?普段は滅多に背に乗らないと。昨日は、特別だ。移動の際、その背に荷は乗せさせてもらうが、我らが神達にそれ以上の負担を強いるわけにはいかないからな」


(…そう言えば、そんなことも言っていたわね)


 その後遭遇した衝撃体験の数々のせいで、シュレヌに跨る前にオシュクルがそんなことを言っていたのを、すっかり忘れてしまっていた。

 アレクサンドラは、再び自身が同じ醜態を晒さないで済んだことに、胸を撫で下ろした。


「それじゃあ、一体どうやって移動…」


 言いかけて、アレクサンドラはぎくりと固まった。

 嫌な予感がする。モルドラに到着してから、幾度も経験した、覚えがあり過ぎる嫌な予感が。

 ドラゴンの背に、跨らない?ならば、他に移動手段は一体、何がある?

 昨日見た限り、この遊動の旅の集落では馬をはじめとしたドラゴン以外の生物を飼っている様子は無い。つまり馬車は勿論、他の生物の背に跨って、ということもないだろう。

 それならば、残されて移動手段は、一つしかない。


「――決まっているだろう?」


 どこかで、聞いたセリフだと、アレクサンドラはどこか遠くを見つめながら思った。


「歩く以外、何があるというんだ」




(もう無理…もう、疲れたわ…足が棒のようよ…)


 ルシェルカンドの貴族女性の中で、乗馬を嗜むものが少ないのと同様に、他のあらゆる運動を嗜むものも少ないのはある意味当然である。唯一ダンスだけは推奨され、ダンスを上手く踊れることは望ましい妻になる為の条件になっているが、かといって汗だくで必死にレッスンを受けるもの何かいない。いかに汗をかかないで、スマートに見目麗しく踊れるかが、大切なのだ。

 その為、はっきり言って、ルシェルカンドの貴族女性の多くは運動不足であると言える。アレクサンドラとて、例外ではない。

 アレクサンドラは、全身汗だくになりながら、必死に足を前に進めた。かつてこれほどまでに歩いたことはあっただろうか。否、無い。

 かつてない突然の酷使に、アレクサンドラのふくらはぎはパンパンに膨れて、熱を持っている。酷く、足が重い。


「…ずいぶん疲れているようだな。大丈夫か?」


「オシュクル様…一体あとどれくらい歩けばいいの…?」


「大分日が高くなってきたから、恐らくもうすぐだ…歩みも少し遅くなってきているようだし」


(もうすぐって…さっきから、ずっとそう言っているじゃない)


 アレクサンドラは流れる汗を手首で拭いながら、一番先頭を悠然と進んで行くドラゴン達の背を睨んだ。

 荒野の行進の終了を決めるのはオシュクルではない。ドラゴン達だ。

 遊動の旅の一行は、ただひたすらその背を追うだけだ。

 いつだって、人間はただ後をついていくだけ。止まるも休むも、全てドラゴンの判断次第。この旅の主導権は全てドラゴンにあるのだ。

 アレクサンドラは今、オシュクルが【ドラゴンの奴隷】と呼ばれる理由を実感していた。


「アレクサンドラ、これを」


「これは、何?」


「中に果実水が入っている。随分と汗をかいている。このままだと体から水分が抜けて倒れるぞ」


 そう言うオシュクルは、汗一つ掻いていない。周囲を見渡しても、アレクサンドラ程ばてているものは誰もおらず、子どもでさえ平然とした顔で歩いている。

 モルドラ人は体の構造からして、ルシェルカンド人と違うのだろうか。そんなことを思いながら、アレクサンドラは渡された竹筒を煽った。


「…っ!!」


「どうした?アレクサンドラ?口に合わなかったか?」


「あ…甘くない」


 アレクサンドラは想像と違っていた味に、思わず吐き出しそうになるのを何とか耐えた。

 ルシェルカンドにおいて果実水は、甘い果実の汁を絞ったものだ。水で薄めることもあるが、その際は必ず多量の砂糖が加えられる。

 けれども渡された果実水は、酸味と塩味ばかりで、甘みとは程遠かった。けして不味くは無いのだが、アレクサンドラが味わったことの無い味だ。


「エレモの実は、お前が住んでいた所にはないのか?ルシェルカンドにもあると聞いていたのだが」


「エレモ?これは、エレモなの?」


 エレモの実ならば、知っている。ルシェルカンドの中でもモルドラに近い辺境で獲れる酸味がある柑橘類で、たまにコックが珍しいものを仕入れたと食卓に並べることがあった。

 けれども、それは全て甘く煮つけられて調理されたもので、アレクサンドラは元々のエレモの果実がこれほど酸っぱいのだとは知らなかった。


「エレモの実の酸味は、疲労回復の効果がある。汗と共に抜けた塩を補う為に、塩が入っている。多量の水で薄めてあるから飲みづらくはないと思うが、もし苦手なら次は砂糖も加えておこう」


 オシュクルの言葉にアレクサンドラは目を瞬かせながら、再び竹筒に口をつける。

 酸味と塩気に驚いたが、よくよく味わってみると、仄かに甘みが感じられた。砂糖の甘さとは違う、すっきりとした果実本来の甘さ。


「いえ…このままでいいわ」


 今の疲労には何故だか、その僅かな甘さが心地よかった。

 オシュクルの話を聞いたせいか、何だか体がすっきりして軽くなったような気がする。

 もう無理だと思っていたが、もう少しだけ、もう少しだけ頑張ってみようか。

 竹筒をオシュクルに返して、再び足を進めはじめる。

 それから暫くして、突然ドラゴン達が一斉に鳴き始めた。


「今日はここまでか。――今日はここで陣営を張るぞ」


 その言葉を聞いた瞬間、アレクサンドラは服が汚れるのも構わず、その場に座り込んだ。


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