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カルチャーショック1

 羽根が無い人間は、空を翔けることに焦がれる。空中浮遊の魔法が確立されていないこの世界では、空は人智の届かない領域だった。

 空を飛ぶことが出来るのは、鳥や妖精のように羽根を持った種族だけで、人間はただその果てしない青を地の上から仰ぐことしか出来ない。幾人もの高名な魔法使いが、その手に届かぬ領域を得ようと研究を重ねて来たが、それでも人は後天的に翼を得ることは叶わなかった。

 それならば翼を持つ生き物の背に乗って共に空を翔けようと考えても、そういった生き物のほとんどは人間に慣れることが滅多になく、また運よく飼い慣らすことに成功したとしても、大抵の生き物は体の構造的に、人間の体重という負荷を負った状態で飛び立つことは出来ない。

 だからこそ、モルドラにおけるドラゴンの騎士団の話を耳にした時、多くの人は心のどこかで純粋な憧憬を抱かずにはいられない。「空を飛びたい」という、誰もが幼い頃に抱いたことがある夢が、現実になっている人たちがいるのだということに、心が揺さぶられるのだ。

 アレクサンドラとて、また同じだった。ドラゴンの背に跨ることを臆する一方で、内心ではどこかわくわくしてもいた。その危険性は重々承知していたが、それでもやはり幼い頃夢見た「空を翔ける」という行為に惹かれずにはいられなかった。アレクサンドラが意地を貫き通したのは、そんなアレクサンドラの好奇心も一因していた。

 空を翔けるのは、どんなに気持ちいだろうかと思っていた。空の上から見る景色はどんなに綺麗だろうかと、密かに心を弾ませていた。

 けれども。


「いやあああああああああああぁぁぁぁ―――…………・」


「…ようやく、静かになったか」


 アレクサンドラが夢見た空の旅の現実は、激しい絶叫の後、僅か数分で失神という、あんまりなものだった。

 眼下には、壮大なモルドラの景色が広がっていたのだが、当然ながらアレクサンドラがそんな景色を見下ろす余裕は無かった。




「――クサンドラ、アレクサンドラ、着いたぞ」


 ぺちぺちと軽く頬を叩かれて、アレクサンドラは失神状態から目を醒ました。

 起き上がるなり、アレクサンドラは自身の全身を確認する。


(…良かった…全部ちゃんとついているわ…)


 あまりに激しい風圧で、腕の一つくらい吹っ飛んでしまったのではないかと、寝起きの頭で焦っていたアレクサンドラは、出発前と変わらぬ自身の四肢に安堵の息を吐く。

 ドラゴンの背に乗って飛ぶことが、あれほど恐ろしいとは思わなかった。出来ることなら、もう二度と乗りたくない。


「見て見ろ、アレクサンドラ…他の神達がお前を見に集まっている」


 オシュクルに促されるままに、アレクサンドラは顔をあげる。


「…うわあ…」


 アレクサンドラの目の前に広がるそれは、まるで色彩の海のようだった。

 二十体弱のドラゴンが、集まって、その金色の瞳を真っ直ぐにアレクサンドラに向けていた。

 ドラゴンが持つ鮮やかな色々が集まって重なり合い、陽の光に照らされてきらきらと光り輝いている。

 それは思わず息を飲む程、美しい光景だった。

 アレクサンドラが呆けたようにドラゴンに見惚れていると、その後ろから今度は幾人かの人が駆けつけて来た。皆、剣舞の女達が纏っていたのと同様に、無色で質素な服を身に纏っている。若い男性がほとんどだったが、少数だが老年の男性や、女性、10歳ほどの子どももいた。

 彼らはオシュクルに向かってモルドラ語で何かを話しかけると、件の礼拝のポーズをとった。だがその様は、王に対する者とは思えないくらい気安かった。

 そしてその視線は、今度はアレクサンドラに向けられる。その眼はどれも、好奇と驚きに満ちていた。


「ルシェルカンドから嫁いだ私の妻だと紹介した…良かったら、礼を返してやってくれ」


 オシュクルの言葉に慌てて礼を返すと、彼らの顔に笑みが滲んだ。

 アレクサンドラは、なぜか気恥ずかしいような、落ち着かない気持ちになり、思わず目を伏せた。




「良い時分に帰って来たな。ちょうど食事時だ。今日は王宮帰りだがら、普段よりは多少ましな食事が食わせられる」


 そう言ってアレクサンドラが案内されたのは、フェルト製の円形のテントだった

 周囲には小さめのテントがいくつか立てられており、案内された中央に置かれた一際大きなテントが、王宮でいう広間や食堂の役割を果たしているのだろうと察せられた。

 かなり巨大なテントではあるが、入ってしまえば、中は思ったより広く感じない。中に入ったオシュクルの後を追うように、テント内の人口は現在進行形で増えており、最終的にはその中に数十人の人間がぎゅうぎゅうに納まるというのだからなおさらだ。アレクサンドラは、今まで経験したことがない密度の高さに、息苦しさを感じながら、オシュクルの傍に寄った。正直、居たたまれない気分であった。

 オシュクルは一番奥の、大きなクッションの上に座った。アレクサンドラもまた続いて座るが、すぐに眉を顰めた。

 なんだか埃っぽい。それに椅子ではなく、床に直接座ることも内心では躊躇われた。モルドラには椅子は無いのだろうか?否、王宮にはデザインこそちがっていたが、ちゃんと椅子があった。テントで生活する為に、極力荷物が大きくならないようにしているのだろう。

 床には絨毯が敷かれていたが、触れるとざらざらと砂っぽかった。テントの中ではあるが、何だか最早外にいるのと同じような気分だ。

 アレクサンドラがテント内の居心地の悪さに耐えていると、若年の女性が食事を給仕してくれた。モルドラの言葉で何か言う女性に、笑みを返すことで応えたアレクサンドラだったが運ばれて来た食事の内容に唖然とする。


「今歩いている場所は土が痩せて、ろくに植物も生えないから、生野菜は貴重なんだ。王宮に戻った時や街についた時だけの、滅多にない贅沢だな」


 運ばれた食事は、ルシェルカンドの貴族料理に慣れきったアレクサンドラにとって、あまりのも粗末なものだった。

 水気が無い、丸いパンのようなものに、焼かれて切り取られただけ数切れの肉。そして、少しの生野菜。カップに入った1杯の水。ただ、それだけの食事だ。

 驚いてオシュクルの方を確認するも、盛られた量こそ違っても、全く内容は同じだった。

 これが、王が食べる食事だというのか。少し裕福な平民だって、もっとまともなものを食べている。

 オシュクルは皆に食事が行き渡ったのを確認すると、カップを片手に立ち上がった。そしてモルドラ語で何かを言って、ただ水が入っているだけのカップを献杯する。それに合わせてアレクサンドラも慌ててカップを掲げた。

 そしてオシュクルが再び座り込むと、皆が一斉に食事を開始する。アレクサンドラも恐る恐る自身の食事に手を伸ばした。


(…おいしくない)


 アレクサンドラの手は、数口食べてすぐに止まった。

 パンのようなものは、ぱさぱさしていて粉っぽく、口の中の水気を奪う。そのうえ、すごく硬い。

 焼かれた肉は脂っぽく、臭みがあった。味付けが塩だけでシンプルな分、余計にその獣臭さが強いように感じる。…そもそもこれは、一体何の肉なのだろうか。

 生野菜は、明らかに育ち過ぎていて固い。口の中に茎の筋が当たって、うまく噛みきれない。そしてこのサラダの味付けもまた、塩だけだった。セルファ家専属シュフ特製のドレッシングが恋しい。

 けれどもそんな粗末な食事を、テントの中の人々は酷く嬉しそうに頬張っていた。隣にいるオシュクルも、表情こそいつもの無表情のままだが、文句一つ言わずにもくもくと料理を口に運んでいる。

 そんな彼らの姿に、アレクサンドラは、自分が本当にとんでもない場所に来てしまったのだと、改めて感じざるを得なかった。


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