Mermaid Land
見終わったあとにぐるぐると、不快になるかもしれません。
ハッピーエンドではないです。
急に始まって急に終わります。
深い深い海の底。
真っ暗で、それでもどこか光の灯った温かい場所。優しいやさしい私たち、人魚の世界。
私の姉は、それを自ら捨てた。
からん、と瓶の中のガラス玉が音を立てた。
数日前、私の姉は魔女にかけられた魔法で消えていなくなってしまった。
それが、魔女一人の手による物、あるいは悪意のある物ならまだ責めようもあったけれど、あいにく姉が引き起こした事だった。
私の姉は人間の男に恋をした。焦がれ、身の焼けるような恋を。まあ身は焼けず、泡となって消えてしまったけれど。
私は、そんな愚かな姉のことを可哀想だなんて思ってあげない。絶対に。
もう二人の姉は、そんなお姫様のために美しい髪まで切って解決しに行ったけれど、だめだった。
愚かな姉は、面談の話が決まっていた。ほんの小さな話で、姉は知らなかった話だった。
相手は、姉の幼馴染。姉のことが好きだった、優しい彼。
私にも随分と優しくしてくれた。私はそんな彼が好きだった。
そんな彼と姉の面談が決まっていたというのに、それを祝福してくれる周りがいたというのに、姉はすべて捨てて人間の王子サマへと堕ちていってしまった。
「ミラン・・?なにをしているの?そんなところで」
「・・・・お姉さま」
満月の光も届きそうな日。そんな日に行われた姉を弔う行為。
そして、その日の夜、私は家から少し泳いだところにある空き地で瓶を抱えて座り込んでいた。
すると、一番上のお姉さま。お葬式で一番涙を流していたサクラお姉さまが、目の前に立っていた。
名前と同じ、綺麗な淡い桜色の髪も、今は無造作に切られて肩に付くか付かないかくらいになっている。
「お姉さまは、辛い?」
髪を失ってまで守ろうとした、お姫様が消えてしまって。
そうたずねると、サクラお姉さまは哀しそうに笑った。
そして、一息ついてから口を開く。
「・・あなたはまだ、あの子のことを好けないのね。そうね、哀しいわ。"辛い想いをしても報われなかった妹"が消えてしまって」
「お姉さまはいつでも、あの人を責めないのね」
身勝手に地上に行ってしまった日も、自ら消えてしまった日も。
私は憎たらしいのに。どうしてあの人ばかり。
「責めないわ。責めてはいけないのよ。一生懸命に自分の時間を生きようとしたあの子をね」
「っ、それでも!お姉さまは、そんなあの人のために時間も髪も切ってしまった!お姉さまは、どうなるの!?」
ついかっとして言い返してしまう。どうしてあの人ばかり。辛いと、言われているの?
失った人がいつも可哀想で、残されたものは、いつも幸せなのね。
皮肉すぎて、私はそんな決まり、好きになれないわ。
「ミランはかしこいのね。だから頭がまわってしまうのよ。私は哀しいの。でもあの子は辛かったわ」
「お姉さまは辛くないの?」
「・・・そうね、きっと辛いわ。でも、あの子はもう、辛いとも思えない。だからこそ、可哀想」
お姉さまの目には、ただただ慈愛がこめられている。
可哀想なあの子。今度こそ、幸せになれますように。
「私は、そんなの・・・」
「ミラン。ミランにも、私は幸せになってほしいわ」
お姉さまは手を私の頬に添えて、私の顔を上げさせた。
私には、お姉さまだけでなく、世界がきらきらと映って見えた。
温かくて、明るい。・・・とても、居心地が悪いわ。
まるで私が悪いみたい。もっと暗い場所がいいわ。
「ここは、私には綺麗すぎるわ」
お姉さまは黙って微笑んで、手を離した。
綺麗な桜色の髪が揺れる。尾ひれがうなって、その場からいなくなった。
深い深い海の底。
真っ暗で、それでもどこか光の灯った温かい場所。優しいやさしい私たち、人魚の世界。
そんな中で、私は苦しむ。綺麗で、明るい、あたたかい場所。
瓶の中の、くすんだガラス玉が鈍く光った。