ふしだらな契約 後
明かりがつく。
にこやかな笑顔を讃えた銀髪の少女がそこにいた。
「ふふふ、よく言った。では早速、契約の儀を完了させねばな」
黒い翼はもう消えている。
「契約の儀? そんなものが必要なのか」
「当たり前だ」
ドロルフィニスが早口で説明したところによると、彼女の言う「契約」には段取りが必要で、一定の条件を満たした時に初めて、正式な主従関係が発生するものであるらしい。
存在にとって名前が重要であるように、現象には儀式ないし形式が必要であるのだとか。
「……まあ、なんとなく理解した。それで、その方法は? 書面か何かか?」
「いや、簡略化された方式が採用されてからは、不正の多い契約書はほとんど使われなくなっているな。今は身体を通して直接契約を交わす方が主流だ」
「へえ、そうなのか」
「前提となる条件は、互いの真名を認識していることと、双方に契約の意思が存在することだ。この二つは既に満たしているから問題はない。ただ、強く意識することだ」
彼女は淡々と言葉を続ける。
「最後に、密室において肉体の接触、および体液の交換を行う。その時をもって、契約は効力を発揮する」
うん……?
「ごめん、ちょっと聞き間違いがあったかもしれないから、最後のところだけもう一回言ってくれる?」
「肉体の接触、および体液の交換だ」
「それは無理」
「なぜだ?」
「なぜかはわからんが、危険な香りがするからだ」
「ふうむ……確かに血を交わらせるためには肉体の一部を傷付ける必要があるから、多少の危険は伴うことにはなるが……それなら別の方法がないこともないぞ」
「どんな方法だ?」
「下半身を使用した結合運動によって、粘膜の交換が出来ると聞いたことがある」
「却下!」
それがまずいのだよ。
「むう、何が不満なのだ?」
「あのな、女の子は軽々しくそんなことを言っちゃいけないんだよ」
「確かに私は人間の雌の形状をなしてはいるが、だからといって、人間の性別の概念がそのまま当てはまるわけでは」
「そうだとしても、この僕が紛れもなく人間の雄であることが大問題だろうが」
倫理的な限界。
「仕方なかろう。人間の精神は肉体と表裏一体なのだから。体液と同時に流れる気の情報を共有することで、身体と魂にそれぞれ紐付けを行うことが必要不可欠なのだ。むしろ、肉体どうしを共鳴させて魔力の適応性をより高めることこそが、この契約の本質と言ってもいい。もっとも、私の肉体は人間のそれとは少しく仕組みが違うのだがな。まあ、小難しい話は後だ――」
「お、おい」
ベッドに座っていた僕の腰に腕を回し、ドロルフィニスが抱きついてきた。ふわりと舞った甘い香りが、鼻腔をつきぬけて脳の重心のあたりに強烈な刺激を与える。彼女は自分の身体を僕に押し付けて力を加えていた。すぐに僕は体勢を守りきれなくなり、バランスを失って仰向けに倒れ込む。直後、その真上に彼女の顔がぬっと現れた。
「さあ、ひとつになろう」
「待て、待て、待て待て待て、ストップ、ストップ!」
「やかましい。大声を出すな……」
僕は力技でドロルフィニスを跳ね飛ばした。
我ながら少し乱暴だったとは思う。
しかし、理性ですら時には暴力的になりえるのである。
ベッドの端でむくりと起き上がった銀色の髪はぐしゃぐしゃだった。不機嫌そうに整えている。
「貴様をそこまで拒絶させる価値観というものが、私には理解しかねるぞ」
「それはこっちの台詞だ」
「口の減らないやつだな」
「お互い様だろ」
「…………」
「…………」
座り込む二人の間に、しばし、沈黙が流れる。
「……やむを得ん、試してみるか」
やがて、彼女がゆっくりとこちらにすり寄ってくる。
何をするつもりだろう。
考える間もなく、やにわに左腕を掴まれる。
そして――
「はむっ」
指先が咥えられていた。
「な、何を……」
「ん、む……、ちゅ」
ねっとりとしたものが人差し指にからみつき、生温かい熱によって包まれているのを感じる。
美少女の唾液で満たされた口腔内のやわらかい感触のすべてが指先から全身に伝わりはじめ、しびれるような感覚が広がっていく――
「おい馬鹿、やめ――んぐっ!」
伸びてきた白い手が僕の口をたちどころに塞いだかと思うと、その繊細な指が、すみやかに内部へ侵入してくる。
ゆっくりと円を描くように口の中を掻き回し、やさしく舌を蹂躙するその指はほのかに甘かった。
「んっ、ちぅぅ、っぷ、は、むぅ」
くちゅくちゅと背徳的な音が伝わるなか、ドロルフィニスが蕩けたような表情で一心不乱に僕の指先をしゃぶり続けている……。
気付けば空いていた方の片腕も今や彼女によって拘束されており、いつの間にか僕たちは、ベッドの上で片方の手を強く握りしめ合い、もう片方の指先を互いの口の中に突っ込んでいるという、想像を絶する光景のさなかにいた。
――つながっているのだ。
蜂蜜のような粘膜が彼女の中で何度も波打ち、僕の指先を深く咥え込んで執拗に愛撫を繰り返した。
弾力のある舌が人差し指のすみずみまで這い回り、吸いつき、舐めつくす。
そうやって、彼女は自らの粘膜で僕の肉体を潤わせようとしているのだろう。
とぎれとぎれに漏れる吐息が湿り気を帯びて熱く、淡い肉声をともなっている。
唇から一筋の涎がつーっと流れ、顎筋に小さな雫をつくり、落ちていく。
ぞくぞくするような快感に対する身もだえ……。
わけもわからぬまま、されるがままに官能の虜にされつつあった僕だが、おそるおそる、自分も彼女の蜜壺のなかを探検してみようかと思う。
「あっ、ん、……うぁっ、んん、……ちゅ、はぁっ、あ、っ……」
なんということだろう、僕が触れているのは少女の肉体の内側にほかならないのだ。
慣れない手つきで舌の上や頬の裏をたどってみると、そのたびに艶めかしい音がぴちゃぴちゃと立つ。
僕は指の腹で肉壁を刺激することで、そこからだらしなく漏れ出してくる熱い吐息と嬌声とを自在に操るすべを学んだ――彼女のなかで荒々しく行われる指先の跳躍ひとつごとに、力の抜けた甘い声がしどけなく発せられるのである。その響きのなんと可愛らしいことか!
僕の指の動きは次第に複雑になり、彼女の口腔内を乱暴に撫で回すのであるが、少女の舌は積極的にその躍動を追い、進んで受け入れようとしている。
だんだんもどかしくなってきて、僕は中指をも少女のなかに挿入することにした。
その口の中で指を広げれば、そこにまとわりついた熱い粘液がにちゃりと音を鳴らしながら舌の上にたまっている。それをすかさず指の腹ですくい上げ、絡みとるのだ。そうした一連の流れの中でドロルフィニスの顔は熱っぽく変わっていき、仕返しとばかりに僕の口の中を激しくこすってきた。
固く握りしめられたもう一方の手にも力がこもり、自然と膝が動き、前のめりになり、身体の距離が縮まっていく。そのようにして僕らは全身でお互いの肉体を直に確かめるのである。
なぜこんなことをしているのか、そんなことはもう、どうでもよくなっていた。味覚、触覚、視覚、嗅覚、聴覚――あらゆる感覚器官が共謀して身体的な悦びを作り出す。今やすでに僕は目の前の快楽を無我夢中でむさぼる一匹の獣に成り下がっている。
……初めてまずいと思ったのは、そのとき充溢する血液の不可抗力的な運動を、肉体の下部の一点に感じ始めた時だった。
「ぷはぁっ」
危険すぎる誘惑にどうにか抗って指を引き離したとき、それにつづいて、透明な糸が名残惜しそうになめらかな線を引く。
自分の左手を見ると、二本の指が少女の分泌液でべっとりと濡れていて、蛍光灯の明かりの中でぬらぬらと光沢を放っている。
ドロルフィニスが手の甲で口を拭う。
「ふう、ちとやり過ぎたか……」
「何がしたかったんだ、お前は……」
頭がくらくらしていて、そうつぶやくのがやっとだった。
身体の疼きはなかなか収まらない。
するとどうしたわけか、ドロルフィニスが僕の口の中に突っ込んでいた唾液だらけの指を、今度は自分の口に咥えてみせるではないか。
そして僕の方をちらと見て、言うのである。
「あにをしている、はやくしろ」と。
一瞬何のことだかわからなかったが、目線の合図により、自分もこの涎まみれの指を口に入れろということらしいと理解した。
それで首を傾げつつも、とりあえずは言われた通りにやってみる。
ドロルフィニスから分泌されたぬめり気のある液体が僕の舌に触れ、起源の異なる二種の粘膜が混ざり合う。
拡散、そして浸透……。
その瞬間、頭の上に突如として雷が落ちてきたような感覚を僕は味わうことになった。
身体中に電撃が走り、真っ白い閃光が目の前を覆い尽くす。
心臓の音が有り得ないほどの大きさにまで増幅され、耳のすぐそばで轟いているように感じられる。
次に、何か得体の知れない厖大な力が外から急激に流れ込んできて、自分の中に充満するのがわかった。それが下手をすれば肉体が破裂しそうになるほどの勢いなので、かなり注意して循環を作り、うまく外に出て行くようにしなければならないのだが、おそらく悲鳴を上げていたと思う。
ドロルフィニスが僕の身体をゆすぶり、何かを叫んでいるような気がしたが、聞き取ることさえできない。
急にものすごい不快感に襲われてトイレに駆け込み、たぶん吐いた。
全身の血液が逆流を始めようとしている。
それをなんとか押さえ込もうとしていると、そのうちに世界がぐるぐると回り出し、完全な暗黒が立ち上がり、次第に闇の顎門がそこに現前する様子がわかった。
僕はその深淵を覗き込む――
今日はここまでにしときます。
それではみなさん、さよなら~