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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

猟奇的存在証明

作者: 白沢 遼

 猟奇的。この言葉を見聞きすると、思わず心が躍る。

 何故、ここまで心が動くのか、俺にはよく分からない。

 だが、それと同時にこう思う。

 意味を求める必要などないのではないか、と。


 俺は猟奇的な人間だ。

 こう自称してしまう時点で、頭のネジが数本外れてるか、異常者振りたいイタイ人間だと思われても仕方ないが、そう表現するしかなかった。

 世界を遍く照らす眩しい日の光よりも、薄汚く底知れない路地裏の闇に世界の真理を見出せそうな気がするほどには、異常だという自覚があった。

 今日も悪い噂の絶えない繁華街の路地裏をあてもなく歩き回る。

 途中、何人か危ない目つきをしたおっさんに出くわしたりするが、当たり屋でもないかぎり目を合わさなければどうということはない。

 そうしてあるゴミ捨て場に差し掛かった時、俺は見つけてしまった。

 生来の好奇心の強さから、様々な厄介ごとに首を突っ込んできたが、今目の前に広がる光景は、今まで見たことのない光景だった。

 それを端的に示すなら、人の死体。

 さらに詳しく説明するなら、その死体には下半身が無かった。

 断面は切れ味の鈍い刃物で無理やり押し切られたかのように潰れており、固いサーロインステーキをなまくらのナイフで力任せに切ったかのような汚い断面だった。

 本来なら見えてはいけないはずの臓物が安っぽい蛍光灯の光に照らされ、赤やピンクの色彩でもってその存在を誇示していた。

 腸らしき細長い内臓に、血塗れの白い骨。これが牛や豚のものであったなら美味しそうなどと思ったりするのだろうか。

 赤いチェック柄のブラウスを着た茶髪の男は、目を見開いたまま口から赤黒い血を垂れ流しており、周りがその血で汚れているところを見ると、死の直前までもがき苦しんでいたようだった。

 目を覗きこんでみると、瞳孔は完全に開ききっていた。

 黒い瞳孔がより黒く見え、底なしの井戸を見ているような気分になってくる。

 夏の蒸し暑さでより不快感の増した血の匂いにむせながら、血の痕を視線で追うと、ここよりもさらに暗く深い路地裏にまで続いていた。

 おそらく、男の下半身を引きずった痕だろう。

 まるで証拠隠滅という言葉を知らないかのような有様だ。

 しかし、犯人は何故男を殺し、下半身を持ち去ったのだろうか。

 殺すだけなら死体をその場に放置すればいいはずなのに、わざわざ下半身を持って行ったのには何か理由があるのだろう。

 しかし、その理由を推測するには材料が足りない。

 そもそも異常者のことを知るには異常者、それも本人に聞いてみるしか方法がない。

 だが、このパターンは危険だ。

 今接触すれば、このテケテケのような男とまではいかないが、確実に口封じに消されるだろう。

 だが、俺の中の好奇心が知りたい、知りたいと叫んでいる。

 このような奇妙な殺しを行った人間のことをもっと知りたい、と。

 初めて人の死を見たにも関わらず、その惨状を警察に知らせることよりも、犯人に対する興味が勝っていた。

 俺は内なる好奇心の赴くままに、血の道を辿る。

 暗く、昏い路地裏に歩みを進めていくと、一つの扉に辿り着いた。

 クリーム色の塗装が剥げて錆の浮いた鉄製の扉。

 下を見ると、掠れた血の道が扉の先まで続いていた。

 言い知れぬ緊張と興奮の入り混じった感情を抑えながら、周囲を確認する。

 しかし、気配らしい気配は感じない。

 もう一度、血の痕を確認して、俺はドアノブに手をかけた。

 鍵がかかっていると予想していたが、それに反して扉はあっさりと開いてしまった。

 中を覗いてみると、部屋の中にはゴミが散乱し、様々な臭いがない混ぜになった異臭で満たされていた。

 その強烈な臭気のせいで喉から酸っぱい液体がせり上がってきそうになるが、唾を飲み込んでそれを何とか抑える。

 異界と形容しても納得できるほどの有様になっている部屋に、靴を履いたまま踏み入る。

 部屋は外よりもさらに暗く、何が落ちているのかよくわからない。

 人が住んでいるとは思えない劣悪な環境だった。

 あまりここに長居していると嗅覚がやられてしまいそうだ。

 一体何が腐ればこのような臭いになるのか、全く見当がつかない。

 携帯の明かりを頼りに部屋の中を進むと、足元に赤い線が見えた。

 あの血の痕だ。

 ジワジワ心拍が上がっていく。

 きっと、この血の痕の先にあの男の下半身があるはずだ。

 もしかしたら、犯人もそこにいるかもしれない。

 期待と危機感とが同居する異常な心理状態を保ちながら、痕を辿る。

 埃まみれのフローリングを越え、謎のシミがついたカーペットに入る。

 そして血の痕は押入れのところで途絶えた。

 ここだ、ここに下半身がある。

 まさに禁忌、パンドラの箱と言うに相応しい。

 俺がこの襖を開ければ、二度と普通の生活を送ることはできないだろう。

 普通の人ならそこで踏みとどまってしまうだろうが、俺は普通ではなかった。

 むしろ異常であることを望み、そうありたいとさえ考える猟奇的な人間だった。

 ゆっくりと、戸に手を伸ばし、一気に引いた。

 果たして、押入れの中にあったのは、奇麗にしゃぶり尽くされた骨だった。

 ほんの少しの食べ残しすら存在しない白い骨は薄っすらと赤みを帯びていた。

 この骨の大きさを見るに、人間のもので間違いなさそうだった。

 器のような骨は骨盤だろうか?

 他にも小さな骨から大きな骨まであったが、それがどの部分の骨なのかまで考えるのは流石に面倒だ。

 骨の観察を終えて襖を閉じると、足元に何か引っかかった。

 何があるのか確かめようと携帯の明かりをかざそうとした時、背後から物音がした。

 それに反応して振り返ろうした瞬間、何かに足をとられて後ろに転んでしまった。

「ってぇ……」

 ズキズキと痛む頭を押さえながら視線を上げると、そこには携帯の明かりでぼんやりと照らされた幽鬼のような女が、赤く汚れた唇を愉しそうに歪ませていた。

 まるで新しい獲物を見つけた肉食獣のように。

「見たわね」

 事実を確かめるかのように女は俺に問いかける。

 その手には刃こぼれの激しい錆びた鉈が握られていた。

 やばい、追い詰められた。

 出口の方に女が立っている以上、ここから逃げ出すことはできない。

 窓から逃げられないかと考えたが、窓があるはずの場所は何故かベニヤ板で塞がれており、それを剥がして逃げようとしても背後から鉈で襲われてそれでおしまいだ。

「見たんでしょ? そうなのよね?」

 闇に溶け込む黒い長髪を左手で弄りながら、女は再び問いかける。

 どうせこれに答えたところで助かる見込みなんてないんだ。それならいっそのこと、自分の好奇心を最後に満たして死んでやろう。

「茶髪の男を殺したのは貴方ですか?」

 突然質問を質問で返され、女は少し戸惑ったようだったが、紅い唇を舌でペロリと舐めると俺の質問に答え始めた。

「ええ、そうよ」

「どうして殺したんですか」

「あの男の足が見事だったからに決まってるじゃない! 普通に歩いているだけなのに、あんなに魅力的に見えるものは初めてだったわ……それに全力で逃げてる時の筋肉の動きも素晴らしかったし、これで斬ってる時の痙攣する様なんてもう……言葉で表すことなんてできないわ!」

恍惚とした表情で血と錆びに塗れた鉈を撫でながら、女は言葉を紡ぐ。

 彼女の語る動機は常識の範疇を軽々と越えていた。

 足に異様なまでに執着し、魅了された彼女にとっては十分な理由なのだろう。

 これが、本物なのか……

「陸上競技でもやってたのかしらね、あの大腿筋はなかなかの食べ応えだったわ」

「やはり押入れの中にあったのは……」

「ええ、あの男の下半身よ。奇麗な骨だったでしょう?」

 女はそう言うと、一歩前に進んだ。

 俺はそれに合わせて後ろに這いずる。

「君のはどんな感じなのかしらね? 柔らかいのも嫌いじゃないのよ」

 女はまた一歩俺に近づく。

 さらに後ろに下がろうとしたが、背中が壁にぶつかり、それ以上距離を取ることができない。

「ふふ、袋の鼠ってところかしら?」

 鉈を引きずりながらゆっくりと、しかし着実に距離を詰める。

 女の瞳は獲物をいたぶる悦びに満ちており、常軌を逸した光を湛えていた。

「さあ、心の準備はいいかしら? 切れ味悪いからすごく痛いと思うけど、諦めてね」

 恐ろしく物騒なことを、この女は笑顔で首を傾げながら言ってのけた。

 ああ、もう終わりか。

 人間は死の危機に直面すると走馬灯が走ると言われるが、俺の目にはゆっくりと凶器を振り上げる女の姿がスローモーションで映っていた。

 人間の血と恐怖と絶望を吸った鉈が限界まで振り上げられた瞬間、携帯の明かりが消え、視界がゼロになったかと思うと――


 翌日、陸上部所属の男子大学生の遺体が、路地裏のゴミ捨て場で上半身だけの状態で発見された。

 これまで三件発生していた殺人事件と遺体の状況が酷似していることから、同一犯による犯行だと推測されている。

 警察は現場から伸びていた血の痕から犯人の住居らしき場所を特定したが、すでにもぬけの殻となっていた。

 部屋の押入れからは、人間の下半身の骨がいくつも見つかり、それと共に下半身のない男子大学生の遺体も発見された。

 未だに捕まらない謎の殺人鬼に人々は恐怖し、さらにその殺人鬼は食人を行っているというセンセーショナルな情報がインターネットを中心に広がり、後に模倣犯を何人も生み出す原因の一つとなった。

 突如湧き上がった狂気は日常を侵食し、感化された者は厄災をまき散らす。

 しかし、そこから生み出される非日常性に惹かれ、それを求めてしまうのもまた人間の一つの姿なのかもしれない。

「うふふ、次はどんな足に出会えるのかしらね」

 うら若き殺人鬼はただ笑う。

 どことも知れない暗闇の中で血錆に彩られた鉈を撫でながら。


猟奇的というキーワードを中心に書いてみました。

ホラーになっているかどうかは甚だ疑問ではありますが、楽しんでもらえれば幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 状況や主人公がおかれている事態などをうまくまとめられており、主人公が恐怖におののく場面がリアルな感じでよかったと思います。
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