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理想体重は80キロ  作者: 28号
事の終わり編【坊ちゃん】
8/11

待ちぼうけ

 目を開けると、そこにいたのは「本当にバカだな」という顔をした親父だった。

「お前は本当にバカだな」

 そして案の定、親父が口にした言葉は俺の予想通りである。

 でもどこかホッとした顔をしているので、一応心配もしてくれていたのだろう。

 なんだか酷く悪いことをした気がしたので、俺は笑顔の一つでも返してやろうと顔をゆがめる。

 だが不思議なことに、表情筋を含めた体中の筋肉の動きが妙に鈍い。

 そこで俺は、今更のようにここがホテルのロビーでない事に気がついた。

「ここは何処だ……」

 予想より遥かに掠れた声に驚けば、親父は落ちつけと言うように俺の肩を叩く。

「ここは病院だ。お前は倒れたんだよ」

 言われて、俺はそこが病院のERであることに気付く。

 同時に、今更のようにあのサイレンは俺を乗せるために駆け付けた救急車だったのだと思い知った。

「倒れた理由を覚えているか?」

 もちろんわかっていたけれど、覚えているとは言いづらい。古今東西、これほど間抜けな理由で救急車に乗り、ERに担ぎ込まれるのは俺くらいのものだろう。

「体に別状はないそうだが、これからは得体の知れない媚薬や精力剤は一気飲みするなと医者に言われたよ」

 他人の口から聞かされると酷く忌々しい気分になるが、何よりそれをやらかしたのが自分であることに腹が立つ。

「親父が、細い女達と向き合えって言ったんだろ」

「たしかに無理をさせすぎたと私も反省している」

 反省されるとそれはそれで腹が立つが、真面目にしょげられると怒る気にもなれない。

「今後は気をつける」

 むしろこんな事が二度も三度もあったら困ると考えて、それから俺ははっとした。

 理由は理由だが、今の俺は親父が凹むくらいの緊急事態に陥っている。

 ならばその緊急事態に、恋人の一人や二人駆け付けて来てもおかしくはないと思ったのだ。

 勿論二人もいないが、さすがのリナもこの状況なら見舞いに来てくれるかもしれない。むしろ俺の状況を見て、考えを変える気になるかもしれない。

『坊ちゃんを失うよう事になるくらいなら、私は一生あなたのお側にいます。勿論脂肪もまたつけます、坊ちゃんがストレスで死なないように沢山つけます』

 くらいのことを言ってくれるかもしれないと、俺は思ったわけである。

 だがいくらあたりを見回しても、俺の側にいるのは親父だけだった。

 ベッドを覆うカーテンを開け閉めしてみたが、外に見えるのは忙しなく動く医師と看護婦だけだった。

「誰かを捜しているなら、ここにはいないぞ」

 そしてまた、親父がいらんことを言う。

 だが探してないと嘘をついても仕方がないので、俺は単刀直入にきくことにした。

「リナは、来てないのか」

「連絡は入れたがな」

「ならすぐに来るのか」

「いや来ないな」

「でも来る気配くらいはあったろう」

「まったくないな」

「わかったぞ! 凄く心配してるけど顔をあわせづらいから、本当は遠くからこっそり見てるんだな!?」

「お前には悪いが、それもない」

 なんだか、また具合が悪くなってきた。

「……まさか、俺は本当に見捨てられたのか?」

「珍しいな、お前が後ろ向きなんて」

「だってERに担ぎ込まれたんだぞ、恋人だったら駆け付けるだろう普通」

「でも、俺だってそろそろ帰ろうかと思っていたくらいだぞ」

「あんたも冷たいな」

「ならお前も帰るか? 歩けるようになったら、ベッドをあけてくれと医者にも言われている」

「まだ吐きそうなんだよ」

「何度も言うが、待っても来ないぞ」

「頭も痛いんだ!」

 本当はそれほどでもなかったが、ここで帰るのは悔しかった。

「なら帰る気になったら連絡しろ。俺はちょっと、他にも見舞うところがあるから」

 むしろそれは好都合だと、俺は親父を急いで追い出した。

 帰りも一人で帰れるから良いと告げれば、親父は苦笑しつつもあっさりカーテンの向こうに消える。

 ホッとすると同時に少し吐き気が戻ってきたが、目がさめたときよりだいぶ気分は良い。

 その上運が良いことに、俺の様子を見に来たのは俺好みの看護婦だった。つまりサイズがでかい。

 だが何故か、心は大喜びしていたのに俺の下半身は妙に静かだった。

 相手は相撲取り並のお尻なのに、俺は下半身は1ミリも起きあがらなかったのである。

 途端に俺は恐怖に駆られた。媚薬の飲み過ぎで、逆に不能になってしまったのではないかと。

 看護婦が出て行くと同時に、俺は枕元に置かれたタキシードからリナの写真を引っ張り出し、不能になっていないことを確認しようとした。

 だが慌てた所為で、俺はうっかり写真を落としてしまった。

 カーテンの下に消えた写真に忌々しく舌打ちしながら、俺はその行く先を確認するため、カーテンを僅かに引き上げる。

 すると写真は二つ向こうのベッドの側まで滑ってしまっていた。

 あげく、それを拾い上げたのは細い女の指だった。

 何て運が悪いのだと思ったが、捨てられたら一大事である。

 俺はきっかり2分ほど悩んだ後、側に置かれていた洗面器を手にベッドを降りた。

 もちろん、洗面器は細い女を見たショックで吐いたときのためだ。

 女性の顔を見て嘔吐するのは失礼だと思ったが、正直今の体調ではこらえきれる自信がなかった。

 だがリナが来ない今、あの写真は俺の唯一の慰めだ。

 何としても取り替えさねば。そして不能になっていないかを確認せねばと、俺はふらつく足を必死に持ち上げた。

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