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理想体重は80キロ  作者: 28号
事の終わり編【坊ちゃん】
7/11

天使との出会い

「君のことは全く好きじゃないし今後愛する予定もないが、俺と一晩だけ付き合ってくれないか? ちなみに俺には心から愛する人がいるので挿入はしないし君の肌に手を触れるつもりもない。ただ君の裸を見て欲情できるか検証したいんだ」

 酷く真面目な顔で、500ドルを差し出しながらそう言ったのに、返ってきたのはまたしても平手打ちだった。

 どうやら今日は厄日らしい。カウンセリングの女も含めるともう10回は右頬を叩かれている。

 怒気をまき散らしながら歩き去る女を見送ると、俺は一息つくために背を預けていた調理台の上に腰を下ろした。

 人がいれば咎められただろうが、俺のいる厨房に人気はないのでその点心配はない。

 今日俺達親子が呼ばれたパーティ会場は、この厨房から少し離れたサロンで行われている。そもそも会場自体リニューアルオープン前のホテルなので、サロン周辺以外は工事を行っている箇所も多く、本来ならばここも立ち入り禁止の場所だ。

 しかしさすがに今夜一晩俺の下半身のために協力してくれと、人の多い場所で言うのはさすがの俺でも気が引ける。

 まあ正直いつもの俺のテンションならやれただろうが、どうも出かけに飲んだ媚薬に当たったらしく調子が出ないのだ。

 媚薬だけでなく、刺客達が置いていったありとあらゆる置きみやげをラッパ飲みしたのは少々やりすぎたようだ。

 気分が良くなるどころか、駆け寄ってくる細身の女達を見た瞬間、俺が覚えたのは吐き気で、ここに女を連れ込むのも至難の業だった。

 それでも二度三度と繰り返していたが、さすがにそろそろ限界だ。

 俺は妙な汗が出てきた額を拭いつつ、誰も来ないのを良いことに調理台の上に横になる。

 ステンレス製のそれは酷く冷たいが、火照った俺の体と頬にはむしろ心地良い。

 正直もう一歩も動きたくなかった。

 あれだけ媚薬を飲んだのに俺の下半身は無反応。にもかかわらず、いつもより積極的な俺に女達はみな妙なやる気をたぎらせている。

 叩き付ける提案に無理がありすぎる所為で、一部では俺の評価は酷く低下しているようだが、それでも俺が会場に戻ればムッとするほどの色香を漂わせた女達が、代わる代わる俺の所にやってくる。

 正直それがしんどい。これがリナだったら100人でも200人でもドンとこいだが、細い女は駄目なのだ。

 吐き気がしてくるほどの甘い視線をうっかり思い出してしまい、俺は一人で身もだえする。

 こう言うときはリナだ。リナを補給しよう。

 震える手でタキシードの内ポケットをさぐり、俺は親父から貰った写真を撮りだした。

 写真のリナは酷く暗い顔をしているが、それでもやっぱり俺には天使に見えた。

 実際、初めて出会ったとき俺は親父にこの子は天使なのかと聞いたほどだ。

 確かあれは10歳の時、両親を事故で失ったリナを、親父が親友の忘れ形見だからと引き取ってきたときのことだ。

 本当は養子にするつもりだったらしいが、年の割に妙に大人びたリナはそれを頑なに拒み、使用人になりたいと言い張ったのだという。

 勿論そんな少女は雇えないが、どうしてもという彼女の気持ちをくんだ親父は、俺の世話係というあってないような仕事を与えたのだ。

 そのころ、俺も母を亡くしたばかりでとにかく寂しかった。だから彼女が一生懸命世話を焼いてくれようとするのが嬉しくて、いつも彼女に甘えていた。

 甘えがすぎるようになり、それが恋に転じるのはあっという間だった。

 俺に寄ってくる女達と違い、彼女は俺に理想を押しつけない。知った風な口も聞かない。

 ただ俺のあるがままを受け入れ、間違いがあれば否定してくれた。

 あのころから彼女の物言いは冷めていたが、俺を理解しようと常に努力してくれるところや、寂しいときはかならず側にいてくれる彼女が、俺は好きで好きでたまらなかった。

 そしてそれは、もちろん今も同じだ。

「愛人になれ」

 なんて本気で言うわけがない。ただちょっとマンネリ化していた関係に刺激を与えようと、そして彼女が積極的になるようにと思った上での言葉だったのだ。

 なのに彼女が積極的になったのは全く見当違いの方面で、そのお陰で俺は窮地に立たされている。

 自業自得なのはわかっている。だからこそ、俺は別人になって帰ってくるリナが恐ろしい。

 この2ヶ月で、自分がいかに普通の女に反応しないかはよくわかった。

 リナだけを愛しているから。と格好いいことを言いたいところだが、残念ながらリナが言うように俺はその手の方面がちょっと変質的である。いやちょっとではなく多分相当だ。

 勿論細くてもリナなら俺は側にいたい。キスもしたいしそう言うこともしたい。

 でも体がその気にならなければ無理だ。細くても良いと彼女を抱きしめたところで「体は正直ですよ」とか言って俺の想いを理解しない可能性は大だ。

 そしてそのまま、リナが離れていくのが何より怖かった。

 その上違う男と結婚などされたら、俺はもう絶対に立ち直れない。

 頭を駆けめぐるありとあらゆる悲劇に、俺は酷く酷く凹んだ。こう見えて、俺は結構打たれ弱いのだ。

 とはいえ今回ばかりは、ウジウジ凹んいるわけにはいかない。泣いたって言ったことは取り消せない。ならば愛人宣言は嘘だと証明できるほどの愛を見せつける他はない。

 俺は悲劇の妄想を振り払うべく、隠し持っていた薬を取り出した。

 液状のそれは媚薬と同じく、刺客達が置いていった俺の下半身に効く特製アイテムである。

 それをグイとのみ、それから写真のリナにキスを落とし、俺は気合いを入れて立ち上がった。

 足下はふらついたが、負けるわけには行かないと、俺はこの日何度目かになる決意の言葉を繰り返した。

「俺は絶対に勝つ。死んでも勝つ」

 柄にもない熱い独り言を呟きながら、俺は人気のない厨房を抜け、パーティの行われているサロンに向かった。

 だが途中、ホテルのロビーを通り過ぎあたりで妙なことが起きた。

 急に動悸が激しくなり、目が回り始めたのだ。

 やばいと思う間もなく、俺はおろしたてのソファーに倒れ込んでいた。

「どうしました!?」

 自分でもダイナミックな倒れ方だと驚いたくらいだから、周りから見たら相当おかしな様子だったのだろう。

 気がつけば、歪む視界の向こうから大勢の人たちが駆け寄ってくる。

 そんな血相を変えなくても、と呑気に笑うつもりだったが、何故だか顔の筋肉が動かない。

 それどころか手も足も指の先すらも動かない。

 なんだか酷くまずいことになっている。

 死んでも勝つなんて言うんじゃなかったと気付いたのは、遠くにサイレンの音が聞こえてきたときだった。

※1/13誤字修正しました(ご指摘ありがとうございます)

※1/15一部文章変更しました。

※1/20誤字修正しました(ご指摘ありがとうございます)

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