坊ちゃんの地団駄
「何してる」
酷く驚いた顔した坊ちゃんが登場したのは、二人のツーショット写真を真ん中から破った丁度そのときだった。
「身辺整理です」
ずれたままのマットレスやすき間の空いた本棚に、聡い坊ちゃんはすぐさま状況を把握したようだ。
「プライバシーの侵害だ!」
「坊ちゃんのためです」
雑誌を先に運び出しておいて良かったと思いつつ、私は写真を手に立ち上がる。
勿論坊ちゃんはそれを奪おうと腕を伸ばしたが、その動きは予想のウチだ。
小さな頃からよく取っ組み合いの喧嘩をしてきた仲でもある、彼の動きは誰よりも良くわかっている。
「それは俺のだぞ!」
「おかずに使われると困るので」
そう言ってエプロンのポケットに残りの写真を突っ込めば、坊ちゃんは年甲斐もなく地団駄なんぞを踏んでいる。
「おかずにされて困るなら、お前が相手をすればいいじゃないか!」
「残念ながらその提案は却下です。ご結婚が決まっている方と夜を共にするつもりはありませんし。ついでに言うと、自分の写真をおかずにされたくもありません」
私は一言一言にこれでもかと言うほど怒りを込めた。
なのに何故か、坊ちゃんはそこで嬉しそうな顔をした。
「お前、もしかして結婚のことを怒っているのか?」
その上そんな当たり前のことを尋ねる彼に、私の堪忍袋は見事にぶち切れる。
「笑い事ではありません! あなたはあまりに不誠実すぎます! そして、変態すぎます!」
言うと同時に激しく睨めば、さすがの坊ちゃんも地雷を踏んだと気付いたようだ。
だが思う遅い、そんな脅えた顔をしても私は絶対に許さない。
「私決めたんです、坊ちゃんをまっとうな人間にすると」
「私はまともだ」
「まともな人間は80キロ越えのデブなメイドを捕まえて愛人になれだなんて言いません」
そして私は愛人など願い下げだと、この場できっぱり宣言する。
「だから差し出がましいとは思いましたが、あなたの性癖を矯正させて頂きます。お相手の方にも失礼ですし、このままだと坊ちゃんの下半身ははデブと結婚しない限り暴走を続けてしまいます。それはあなたの元カノとして、お世話係として、幼なじみとして、見過すわけにはいきません」
「ならお前が……お前が俺の暴走を止めればいいだろう!」
「正直に申し上げます。私は、ど変態な坊ちゃんにウンザリしているんです」
それも心底ウンザリしていますと付け加えれば、坊ちゃんはいつもの勢いを完全に失った。
「…たしかに俺は少し普通とは違うかもしれないけど」
「少しどころじゃありません」
「でっでも俺以外にも、世のなかには沢山デブ専がいるだろ。お前の台詞は、俺を含めた世界のデブ専にを敵に回すせリフだぞ。人権侵害だぞ」
と、今度は話題の軌道修正を試みる坊ちゃん。だが勿論そんなことは許さない。
「慎みがないのが問題なのです。どんな方を愛するのもご自由ですが、結婚相手をながしろにしてまで私を愛人にするなど言語道断。私が断ったとしても、お相手と180度違う女性をおかずになどしたら相手の方が傷つきます」
だから矯正します。言い訳は聞きません。
私のがんとした態度に、最後に坊ちゃんが行ったのは色仕掛けである。
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ」
そう言って私に何度も何度もキスをして、坊ちゃんは考えを改めさせようとする。
「お前の贅肉が良いんだ! お前の脂肪が側になきゃ生きていけないんだ!」
縋るようなキスにほんの少しだけ心が揺れたのは事実だ。
けれど私は頑なに目と口を閉じ、それをなんとかやり過ごした。
勿論お腹にも触らせなかった。
「おっしゃることはそれだけですか?」
最後は唇を乱暴にを拭い、それから私は彼を押しのける。
「あなたの性癖を矯正するためのプログラムを用意致しました。詳細は執事頭のアナベルよりお聞きください。ちなみに私はその間お暇を頂きますので」
ぎゅっと腕を取られたが、勿論振り払った。
あっけなく離れた腕に、それだけ彼が衝撃を受けているのがわかったが、ここで甘やかすから彼は変態の道を突き進んでしまったのである。
「お部屋の掃除を続けますので、どうか出て行ってください」
自分で驚くほど冷たいその声に、いつもは傍若無人な坊ちゃんがトボトボと部屋を後にした。
※1/8誤字修正しました(ご指摘ありがとうございます)