デブ断ちと身辺整理
坊ちゃんのデブ断ち決行を決意した私が始めに行ったのは、彼の身辺整理であった。
ようは、彼の周りにある彼の歪んだ性癖を増長させるアイテムの破棄だ。
エロ本、AV、ポスター、フィギュア等々、坊ちゃんが愛してやまない「オデブちゃん」関連アイテムがその対象だ。
坊ちゃんが出かけた隙に部屋に忍び込んだ私は、ゴミ袋を片手に部屋をざっと見回した。
金持ちだろうと何だろうと、世の男のエロ本の隠し場所というのは古今東西一緒であると執事頭からアドバイスは貰っているので、まず手始めに、私は無駄に大きなベッドのマットレスを持ち上げる。
かなり重いが、デブはデブでも私は動けるデブだ。
相撲取りよろしくマットレスを持ち上げ、私は魔の巣窟の扉をこじあげた。
「うわぁ……」
そして後悔した。マットレスとベッドの木枠の間に挟まっていたのは、1冊残らずオデブちゃんが写るエッチな本である。
こういうマニアックな物って結構あるのだと感心しかけたが、特に使用頻度が高そうな枕元の本の間に挟まった自分の写真を見たとたん、私はげんなりした。
そう言えば最近、仕事が忙しくてその手のことをしていない。その上彼が望んでも色々な理由を見つけては行為を拒んでいたのだ。
別に坊ちゃんの体がいやというわけではなかったが、お互いいい年だし、そろそろ使用人としてのけじめをつけねばと思っていたのである。
その所為で坊ちゃんは「お前の写真をおかずにしてやる!」と馬鹿なことを叫んでいたが、まさか本気でやっているとは思わなかった。
わかっていはいたが変態だ。これは何としても矯正せねばなるまい。
気を取り直した私は、今度こそ魔の巣窟の解体にかかった。
とりあえずエロ本は全て処分、昔私があげた相撲の雑誌も一時的に引き上げることにする。
本当は捨てても良かったが、エロ本と違いベッドの下に隠された箱に厳重にしまわれていたそれは、まるで宝物のような扱いだったから、さすがに問答無用で処分するのは忍びない。
とはいえ相手は変態、これをおかずにしだしたら困るので、一般的なエロ本で事をいたせるようになるまでは避難である。
その後、クローゼットの奥やら本棚の後ろなど、ありとあらゆる場所に隠されたデブな雑誌やビデオ等の関連アイテムを全て処分し、最後は様々な場所に散っていた私の写真を回収する。
一緒に写っている物がほとんどだが、私の寝顔などいつ取ったのかと驚くような写真も多い。
今更だが彼の撮った写真を見ていると、ちゃんと女の子として見られていたのだなと少しだけ感動した。
彼は私を好きなのではなく、私の脂肪が好きなのだとずっと思っていたからだ。
なにせ出会ったときの彼は脂肪欠乏症状態だったし、告白されたときも今も、彼の周りにはデブが本当に少ないのだ。
病的なデブ専である一方、坊ちゃんは大手企業の社長子息である。
故に彼の周りを取り巻く人々もセレブばかりで、その手の人種にデブは殆どいない。
男子はまだしも特に女子はその殆どがモデル並みに美しく、脂肪吸引を趣味と言い張る者達ばかりだ。
そんな女子達にもにこやかに接してはいたが、勿論それは見た目だけ。
家に帰ると必ず「あんな棒みたいな女にキスなんてしたくない!」と坊ちゃんが激怒するのは日常茶飯事である。
だから一番側にいて、大好きな脂肪にまみれた私を愛でるのは当然のことだった。
彼にとって、唯一の癒しが私だったのだろう。
そして私は人並みの感性だったから、美しい顔で愛を囁かれてうっかりOKしてしまったのだ。
褒め言葉が酷いことに目をつむれば、坊ちゃんは優しい。デートの時のエスコートは完璧だし、私が食べたいと思ったものは何でも食べさせてくれる。
だから拒む理由はなかった。他に好きな相手はいないし、今後出来るとも思ってなかったからだ。
その結果、私達はもう10年以上付き合いだ。
けれど彼と結婚できるなんて図々しい事は勿論思っていない。私はただのメイドで、坊ちゃんは性癖さえ直れば立派な青年だ。
だから写真を破り捨てていく私の手に躊躇いはない。
映画などでは良く昔の恋人の写真を破るシーンがあるが、今の状況はまさにそれに近い。
だがまだ100枚ほど写真が残っている状態で、予想外のことが起きた。
坊ちゃんが、帰ってきたのである。