愛人のすゝめ
「結婚することになった。だから、お前は今日から愛人だ」
まるでそこにある醤油とって、くらいのノリで、坊ちゃんは私にそう言った。
美しい指で器用に器用に箸を動かし、納豆をかき混ぜている坊ちゃんことクリストファー様は私の雇用主であり幼なじみであり恋人だった。
正直私が彼の恋人である自信はまったくないし認めたくはなかったが、愛人になれと言うくらいだから坊ちゃんはそう認識しているのだろう。
「結婚するのはあの、何て言ったかな、前にケントおじさんの誕生パーティーであった子だ」
「アンヌ様ですか?」
「ちがう、もっと細くて赤いドレスの」
「ジュエル、キャサリン、リンダ、ナオミ、リリー、ロイス」
この手の問答は非常に時間がかかるため、私は細くて赤いドレスを着ていた女性の名前を列挙する。
すると坊ちゃんはパチンと指を鳴らし「リンダ!」と叫んだ。その手のキザなポーズも、腹が立つほど似合っている。
「そうだ、名前を思い出したら忌々しくなったきたぞ! あのガリガリ女はリンダだ!」
「坊ちゃん、レディーに対してガリガリ女はいけません」
「だってみただろうあの細い腕と腰、まるでチョップスティックだ」
と言いつつ納豆の糸を引く箸を振りまわす坊ちゃんを落ち着かせ、私はため息をつく。
「いいですか坊ちゃん、あなたはもう27です。そろそろその偏った趣向と性癖と女の子の好みを改めるべきです」
それから私はこの手の話題の締めくくりに使う決まり文句を口にした。
「お忘れのようですが、坊ちゃんはカンパニーの跡取りなんですから」
途端に、坊ちゃんは無駄に美しく育った顔をこれでもかとゆがめる。
「跡取り息子だろうが何だろうが僕は男だ。なんと言われようと、たたない物はたたないんだ!」
そう言う即物的な話しているわけではなかったが、まあそれも原因のひとつなので否定は出来ない。
「ですが結婚なさるのでしょう。それに跡取りはどうなさるおつもりですか」
「体外受精ですますから問題ない」
本当にすませられる金があるからたちが悪い。
「だから僕は彼女とはやらない。けれどそれじゃあ欲求不満になるだろう、だから僕には君が必要だ」
そういうと、坊ちゃんは誓約書と書かれた紙を私の前に差し出した。
「これからは世話係ではなく愛人になれ。そして僕の体を慰めろ。俺の体を男に出来るのは、そのデカイ尻しかない!」
「坊ちゃん、いくら何でもそれは私に失礼です」
「事実を告げることの何が悪い! 僕はお前が好きだ、その脂肪まみれの体に丸い顔に太い足! かといって豚のように醜すぎもしない顔はキスをするのに最適だ」
だから愛人になれと迫る顔が魅力的でないとは言わないが、勿論ここサインなどするはずもない。
かわりに私は、坊ちゃんに冷静になって頂くべく、彼のかき混ぜていた納豆を無礼を承知で彼の頭にぶちまけた。
「デブ好きも大概にしないと、痛い目見ますからね」
むしろ痛い目を見せてやると決意した私の笑顔に、坊ちゃんは望むところだと肩を怒らせていた。
他作のアンケートで頂いておりました「デブ専の彼を矯正」というオーダーより作成させて頂きました。
よろしければお付き合いの方、よろしくお願い致します。
※1/5 誤字修正しました(ご指摘ありがとうございました)