痴漢されました。でも私触っていたのは人間ではありませんでした
このお話は、私が実際に体験した出来事を元に書いたものです。
満員電車の中で感じる「ただの気のせい」が、本当にただの気のせいなのか……。
通勤・通学で電車を利用されている方は、どうか背後にお気をつけください。
痴漢されました。でも私を触っていたのは人間ではありませんでした。
すぐ目の前だったので間違いはないはずにございます。
すし詰め状態の満員電車の中、冷たく湿った感触が腕を這い上がる。ぬめり気のある無数の指のようなものが、肌をゆっくりとなぞっていく。私は、声を歯みしめて声を圧し殺した。
いやらしい撫で回し方に鳥肌が立つ。手の表面は脂とドブの匂いが混ざり合ったように汚らしい。嫌悪感で胃液が込み上げ、助けを呼ぼうと口を開いた。しかし喉がひき攣ったように、声が出ない。
背中の方から、カチカチと歯を鳴らす不気味な笑い声が聞こえてきた。抵抗もできず、ただ異形の慰み物にされる恐怖と悔しい思いだけが、冷たい車内を満たしていた。
「いやだ。汚らわしい」
そゆな声だけを力の限り絞り出した。「大丈夫ですか?」
親切そうな男性に肩を叩かれ、ハッと我に返ると、満員電車はいつの間にかガラガラになっていた。
安堵して息を吐いた瞬間、彼の袖口からチラリと覗く、ドブの匂いを纏った無数のぬめる指と目が合った。
「……ずっと、触りたかったんですよ」
扉が閉まり、電車は次の闇へと走り出した。
必死の思いで車掌室へ駆け込み、監視カメラの映像を確認してもらった。
画面に映っていたのは、一人で虚空に向かって身をよじる私の姿だけ。
安堵したのも束の間、映像の中の「何もない空間」がじわじわと形を結び、画面の中の私ではなく、画面の外で画面を見つめる今の私に向かって、ぬめった指を伸ばしてきた。
【了】
本作をお読みいただきありがとうございます。日常の象徴である「満員電車」が、一瞬で逃げ場のない異界へと変貌する恐怖を描きました。最後の「画面の外」への視線によって、読者の皆様の日常にもほんの少しの不気味な余韻を残せたら幸いです。




