雪のない夏
雪がない。そりゃあ今は夏だから当たり前だ。照り付ける太陽は全く容赦がない。日本の何処かでは今日も更新してほしくはない記録が更新されている。近日中に最高気温40度を狙えそうな気配だから、「今年は『冷夏』になる」と言っていた気象予報士が、
<あの時の私はきっと血迷っていたのだ>
と少し後悔しながらソーダ味のいかにも涼しげなアイスキャンディーを頬張っていると思ったら、微妙に嬉しいようなそうでもないような。
『炎天下』という言葉を聞くだけでも厭なこんな日に、ギラギラとした光線をその身に浴びながら公園の砂場で熱心に砂の城を作ろうとしている親戚の子供の兄弟の面倒を見てと言われた僕は、何とかして彼らの砂への興味を失わせようと企図している。そして出来れば海とか川とかプールとか水に関係する場所に誘い出せれば万事オーライである。
「おじさん、またお城できたよ!!」
先ほど造られた城は出来栄えをとにかく褒めちぎろうと思ったその「おじさん」が砂場に足を取られてすっ転んでぺしゃんこに潰れてしまっていた。逞しい兄弟は慣れっこなのか「あーあ」と言ったあとおかしそうに笑いだすとちっとも動じずに城を再建しはじめた。壊れても当たり前のように一から作り直すという精神に感動しながらも、多少挫けてもう作業が嫌になってもらった方がその後の展開を考えると僕としては悦ばしいのだが、実際そうならないのは彼等の教育者が「始めたことは最後までやり通す」という美学を兄弟に教え込んでいるからに違いない。
「いいね。凄くいいよ!!」
僕はとにかく昨今のネット上でありふれている『いいね』を連発すれば兄弟が満足してくれると信じていた。しかし現実は違うらしい。
「どのへんが?どんなかんじでいいの?」
少しませている弟の方が、少しつっこんだ質問をしてくる。正直言って困る。パッと見で良さそうなところは城の頑丈さだろうか。先ほど潰された事に対しての反省からか城壁は分厚く設計され、念には念を入れているのか何度も水道の水で固められていた。というかそういう入念な工事をしたから時間が掛かって、見ているこっちが汗ダラダラなのだ。
「うんとね…「頑丈さ」かな。これなら宇宙人がレーザー光線を放って攻撃してきてもびくともしないね」
弟の方は多分よくは分ってはないけれど具体的に答えてもらったのを確かめて満足そうである。だが今度は少し知恵をつけてきている兄の方がちょっとだけ不思議そうな顔をして聞いてくる。
「「宇宙人」はお城を攻撃するの?」
「えっと、それはね…」
冷静に考えてみるとこの物語の中に出てくるような城はたぶん歴史的には中世から近世だろうし、その頃に宇宙人がUFOに乗って飛来してきたという目撃証言は多分ないだろうし、そもそもその宇宙人は歴史的にも価値がありそうな建造物を破壊しようとするだろうか。むしろ文化的に興味深いので保存しようとするという意図があってもおかしくはない。「宇宙人が攻撃する」という設定を迂闊に作ってしまったのが失敗である。それもこれも暑さのせいだ。答えに窮した僕はとりあえず、
「実は調査に来た「宇宙人」の一人が城に囚われの身になっていて、それを助けるために威嚇したんだよ」
と言って誤魔化す。弟は既に何を言っているのか分からなそうな顔をしているが、兄の方は何となく納得している。
「そっかぁ。そういう事情があるなら仕方ないね。でもこの城に住んでいる人はそんなに悪い人じゃないんだけどな…」
「どんな人が住んでいるイメージで造ったの?」
「うんとね、偉い貴族!!」
おそらく何か本で読んだものをイメージしていたのだろう。具体性には欠けるが、城=貴族という了解は間違ってはいない。ただ、貴族=偉い≒正義みたいな感じになっているのはよくありがちといえばありがちである。僕は彼に向かって一般論を述べる。
「貴族っていうのはね、基本的には領地を持っていて、領地に不法で侵入してきた者に対しては厳しいはずだよ。多分、その宇宙人は調査する為とはいえ、勝手に領地に入り込んだんだよ。そして見張っていた兵士に捉えられたとかじゃないかな」
「あ、なんかそういう話知ってます。そっかー!確かにそれならそうだ」
ようやく兄はその問題だらけの設定でも『問題がない』と判断したようである。僕はちょっとだけ変な事を教えてしまったような気がしたが、暑さのせいで変な事を口走ってしまったという事で許されるだろうと勝手に判断して次の事を考え始める。
「ねえ君達、城もできたしそろそろ涼しいところに行きたくないかな?」
「すずしいところ?」
「そう」
「たとえば?」
弟がそう訊き返してくることは想像出来た。むしろ好都合である。
「そうだね例えば…あたまに『プ』がついて、お尻に『ル』が付く3文字の場所とかは?」
子どもをその気にさせるにはクイズ形式というのは常道である。そしてまちがいなく夏の涼しいところという情報が加わっているから、答えは一つしかない。
「プ…プ…ル、ル…」
「…」
灼熱の太陽は我々に無慈悲な熱を与える。
「プ…、、、、、、ル・・・・」
「…」
弟は真剣に悩んでいるがなかなか答えに辿り着けない。兄は私を見つめたまま動かない。既に日焼けして赤くなった腕と首筋。永遠とも思えるほど長い時間が経ったような気がするが、その状況が変わらない。色々な意味で焦れてしまった僕は、
「正解は、プールでした!!!」
とおちゃらけて言った。弟の方は「そうか」という顔をしているが兄の方は尚も表情が変わらない。
「どうしたの?」
気になって兄の方に尋ねると、
「ぼく、昨日も行きました。プール」
「そ、そうなんだ。でも暑いし毎日行っても良いよね」
「お父さんとお母さんが、いつもプールしか連れて行ってくれないんです。今日はおじさんが遊んでくれるから期待してたんです」
「そ…。そうなのか」
兄の言葉は子どもながらに切実なもののように思えた。子どもだからと言って、安直な発想でいつも同じことばかりしていれば、いつしか彼等は期待しなくなってしまう。僕が彼等にとって「ただのそこらへんのおじさん」なのか「凄いお兄さん」なのかの違いは、こういうところでいかに工夫できるかではないだろうか?
そう自問した瞬間、僕の頭は熱でオーバーヒートするかと思われるほど活発に動き出した。
<何かあるはずだ…この状況で僕も嬉しい、子供も喜ぶ、しかも涼しい…そんなペストプレイスが世界の何処かに…>
僕の中には少しだけ思いつくことがあった。兄との対話にヒントが隠されていた。
「じゃあさ、『図書館』とかどうかな?お兄ちゃん実は本とか好きでしょ?」
「え…なんで分ったんですか?」
「勘…かな」
「宇宙人がお城を攻撃する」という話に食いついてくる子だからそうだと思ったというくらいなのだが、当たっていたようである。
「図書館とかあんまり行った事ないでしょ?県立の」
「あ…ないです…」
彼等の住む家からだと図書館は少し遠いのであまり連れて行ってはもらっていないだろうと思ったがその通りだった。まあ、基本的には涼しい場所といえばそこが浮かぶくらいには普段から図書館に行っているので僕らしい発想といえばそうなのだが、彼等にとっては意外な場所になるのである。
「連れて行ってくれるんですか?」
「うん。良いよ」
「としょかんってどこにあるの?なんメートルさき?」
「車で20分くらいだよ。メートルに直すと、20000メートルくらいかな」
「20000メートル????」
「実際に行ってみれば分るよ」
「うんわかった!」
特に何という事もないのだけれど、図書館で兄の方が宇宙人についての本を探していたのが印象的だった。




