頼まれると断れないタイプ
殺し屋なんてやっていると、働けば働くほど敵が増えていく。
いつ寝首をかかれるかわからないから、日頃からあんまり深く寝ないようにしていた。
だから、殺されそうになって飛び起きるなんて久し振りの経験だった。
確か昔、ゆぅ兄のゲームのデータを消しちゃった時、鉈の刃が顔に振り下ろされる瞬間に目覚めたことがある。
その時は、兄貴がフローリングに傷が付くから止めろとか珍しく常識的な事を言って止めてくれた。
この家は持ち家だからあんまり気にしなくていいんじゃないの、とか思ったけど。
とにかく、消しちゃったデータまで進めば命だけは助けてやると言われて俺の人生は今も続いている。
大きく馬車が揺れて、床にごちんと頭を打ち付ける。
俺が馬車に慣れていないせいなのかもしれない。
道は悪いし荷馬車にごろ寝だし、夜行列車で悠々旅行とはいかないのはわかるけど、もう少し快適な旅を期待してたのに。
この世界は、電気も通っているし水道も整備されている。
どうやら原理は違うけれど俺がいた世界とそう変わらない程度に発展しているらしい。
書いてある文字は日本語とは違うけど、何故か不思議な力が働いて言葉は聞き取れるし話す分には問題ない。
昔習ったラテン語の文法や綴りに近いから、しばらく生活していれば読み書きもできるようになるだろう。
アリベルとソフィアは、狭い荷台の隅っこで、2人で身を寄せて眠っている。
アリベルは「ソフィアに近付かないで!」と、ギャンギャン躾のなってない小型犬みたいに文句を言っていたけど、眠っていると大人しくて可愛い顔をしていた。
つやつや光る赤い髪に、大きな緑の瞳。
小さなソフィアの横にいるとメイドの格好もあって大人に見えたけど、俺と同い年か少し下くらいに見えた。
「あんまりアリベルをイジメないでくださいね」
アリベルの横にいたソフィアは、起き上がった俺に気付いて声を掛けて来た。
「この馬車、どこに向かってんだ?」
「北にある屋敷です。田舎で格安だったので買い取りました。首都よりも安全なはずです」
「なんか、逃げてるみたいだなぁ」
「ええ……先日、別の神王候補の支援者が私を殺そうとして、私を庇ったアリベルが怪我をしました……今は少しでも安全な所に行きたいんです」
「へー?アリベルの怪我はもう大丈夫?」
「アリベルは丈夫なので。でも……」
ソフィアは少しだけ口を閉じて、眠っているアリベルの方を見た。
「私のせいです」
そう言った時の声が、ほんの少し低くなったのが気になった。
「そういや、神王候補って何人いるんだっけ?」
「神王の実の息子のプロテシス、千年に一人の歌姫スピカ・シリナーダ、世界一の資産家のスコルピオン伯爵、そして私の4人です」
「すっごいメンバーだなぁ……で、ソフィアは何がすごいんだ?」
「私は、神王の不義の子です。田舎を訪問した時に街娘と火遊びをして出来た子らしいです」
「そ、それはすごいな……」
どうやら、俺の行く先には暗雲が立ち込めている。
何だか複雑な身の上らしいから、あんまり聞いちゃいけなかったかもしれない。
でも、正直、依頼する時に教えて欲しかった。
頼まれて安易にOKしてしまったけど、俺だったら神王の息子に全財産をベットするところだ。
「狩刃様」
「ルカでいいよ、ソフィア」
「では、ルカ君。ルカ君は私兵団の18人を殺した後、増援で来た兵士には抵抗せずに捕まったそうですが、倒せるのは20人くらいということですか?」
「いや、何人でも殺せた。でも、依頼もないのに18人も殺しちゃって悪いと思ったんだ」
そう、俺は断じて殺人狂ではない。
依頼があったらやるけど、依頼が無い時は人畜無害なか弱い少年だ。
起きたら殺されそうになって、びっくりして思わず手が出てしまい、18人も無意味に殺してしまった。
ちゃんと依頼を貰って殺していたら180万円の儲けだったのに。
本当に勿体無いことをしてしまった。
「もしかして、悪いと思っていたから、いつでも逃げ出せるのに大人しく捕まっていたんですか?」
「そう。それに、逃げ出したらもっと悪い事になるかもしれない。屋根がある所で寝れるってのは幸せだろ」
「清貧が過ぎるような気がしますけど……あ、そうだ」
ソフィアは何か思い付いて、揺れる馬車を這って荷物を探った。
馬車に乗った僅かな荷物の真ん中に、大きな車椅子が鎮座している。
ソフィアは杖があれば少し歩けるけど、いつもは車椅子を使っているらしい。
「どうぞ。何も食べてなかったですよね。到着までまだ少し時間がかかりますから」
渡されたのは、ソフィアの小さな片手に収まる赤い実。
少しだけ齧ってみると、酸っぱい林檎の味がした。
食べる物も俺がいた世界の物とあんまり変わらないみたいだ。
マックとかミスドとかは期待できないけど、食事には困らなそうだ。
「ルカ君の世界では、人を殺すのは普通なんですか?」
「まさか。俺も仕事以外じゃやったことないよ」
「そうですか。ルカ君は変わった仕事をしていたんですね」
ソフィアはそれ以上追及せずに、ただ小さく頷いた。
変わっている、とは言うけど、驚いた様子も怯えた様子もない。
18人殺した奴に果物を渡せるのは、余程図太いか、それとも別の何かを考えているかだ。
目が見えないのに、妙に人の事を見透かすような奴だと思った。
ソフィアが手を伸ばして、俺の額にぴたんと小さな冷たい手を当てた。
怪我のせいで発熱していた体温が一気に引いて、火照った頭がハッキリする。
「ソフィア、今、何したんだ?」
「アリベルが起きたら、石の力で治してもらいましょう。私の能力はあまり良いものではないですから」
ソフィアは何となく自虐的にそう言って、元の様にアリベルの横に収まると、マントに包まって動かなくなった。
更に問い詰めようとしたのに、アリベルが寝返りをうってソフィアを抱き締める。
俺がソフィアと話していることに気付いたら、この狭い荷馬車の上で剣を振り回すかもしれない。
無理に聞き出さなくてもいいかと考えて、俺は揺れる馬車の中で寝直した。




