異世界における平凡な朝の一幕
あの世界で殺し屋一家の三男として生きて十数年。
そして、突然異世界に飛ばされて早1ヶ月。
俺の周囲は今日も朝から賑やかだ。
早朝、足音で目を覚ましたけれど、まだ寝ていようと無視をした。
しかし、布団をひっぺがされて、小紅が布団の中に潜り込んでくる。
「あらあら、奇しくも狩刃様と同じ褥に入ってしまいましたわ」
「奇しくもって、鼻歌歌いながら小紅が入って来たんだろ」
「これは運命ですわ。子作りをしましょう」
小紅は長い黒髪と黒い目が印象的な、大人びた雰囲気の年上の女性。
しかし、その正体はこの世界で人間を超える力を持つ神竜の一種が変身した姿。
なぜか俺に懐いていて、暇さえあれば子作りをせがんでくる。
「ルカ、朝ごはんはまだー……って、また!!」
ドアを開けたアリベルが、俺の布団に潜り込んでいる小紅を見て固まった。
「不潔!!出て行け!この色バカ竜!」
「まったく、弱き者は朝から喚いて元気ですわね。狩刃様」
「早朝から子作りをせがんでくる小紅ほどじゃないと思うけど」
「ソフィアがいるこの家で、そんなこと許さないんだから!」
アリベルが近くにあった本を投げつけると、小紅はひらりと躱して布団から出てきた。代わりに俺の顔に本が激突する。
「では、狩刃様。朝餉の後にでも。この小紅はいつでもお待ちしております」
「その後もダメー!!」
俺はのんびりと起き上がった。
「うるさいなぁ……」
「ルカが悪いんでしょ!ソフィアが待ってるんだから早く起きなさい!」
アリベルは赤い髪と緑の目の女の子。
口が悪くて気が強くて、物を投げてくるのが挨拶代わり。でも、本当は優しい。
メイド服を好んで着ていて、俺の雇い主であるソフィアの幼馴染だ。
そのソフィアが珍しく早起きをしている。
というのは嘘で、今日も徹夜だ。また恋愛小説でも読んで遊んでいたんだろう。
ダイニングに下りると、ソフィアがデスクで本を広げていた。
銀色の長い髪と、いつでも閉じられている両目。
足が不自由で、車椅子がないと動けない。
地位も財産もない、神王の不義の子。
どう考えても最弱の神王候補だ。
でも俺は、この1ヶ月でソフィアが最弱だとは思わなくなっていた。
「おはようございます、ルカ君。今日も朝ごはんを作ってくれるんですか?」
「ああ。はちみつトーストでいいか?」
「はい!」
目が見えないのに、ソフィアはちゃんと俺の方を向いて笑う。
不思議な奴だと最初は思ったけど、最近は慣れてきた。
俺はソフィアの護衛として、この世界で生きている。そして、ソフィアを神王にしなくてはならない。
正直、勝ち目は薄い。
でも、命が懸かっているなら真面目にやるしかない。
朝食の準備をしていると、裏口の辺りから殺気を感じた。
次の瞬間、窓が割れる。
「狩刃ー!死ねー!」
飛び込んで来た眠水みむねは、日本刀を抜いて迷わず斬りかかって来た。
俺はスープの火加減を見つつ、おたまで刀を受け止める。
「お前さぁ、殺し屋ならせめて気配を消して襲いかかるとかできないのかよ」
「貴様にその手は通用しないとわかったからな!正々堂々と正面から殺ることにした!」
「そこまで言うなら、果たし状とか持ってこいよ。おたましか持ってない相手に日本刀ってどうなんだよ」
「うるさーい!卑怯な狩刃にはこれで十分だ!」
みむねは廃業した殺し屋一家の、自称次期当主。
俺はみむねを羽交い締めにして抱えたまま、裏口から外に出た。
なるべく戻って来ないように、できるだけ遠くに捨ててこよう。
「あ、狩刃くん、おはよう」
後ろから声をかけられて、みむねをぶら下げたまま振り返る。
委員長が、眠そうな笑顔で俺に手を振っていた。
きっと、夜の営業が終わった時間だからだ。
「みむねちゃんとお散歩に行ったんだけどね、途中で『狩刃の臭いがする!』って走ってっちゃったんだ。ルカくんのお家、このあたりなんだね」
「眠水の能力をもってすれば簡単なことだ!あとちょっとで狩刃を仕留めることができたのだが……」
「ふふ、みむねちゃん、ルカくんに遊んでもらったんだね」
日本刀を持つみむねに、委員長は優しく微笑む。
委員長——柄本巴は、俺と同じクラスの普通の女子高生。
俺やみむねと同じように、この世界に突然来てしまった。
殺し屋の俺やみむねと違って、常識人で真面目な普通の子。
なのに、案外この世界でうまく生き抜いている。
「委員長、おはよう。よかったら朝ごはん食べてく?」
俺が言うと、委員長は嬉しそうな顔をした。
でも、堪えきれないあくびを漏らして、首を横に振る。
「ううん、ごめんね。寝ちゃいそう。また今度、誘ってくれたら嬉しいな」
「そっか」
「うん、また店にも遊びに来てね」
委員長は、俺からみむねを受け取ってそのまま帰って行く。
ふらふらと眠そうだけど、みむねがいれば大丈夫だろう。
俺が見送っていると、背後にアリベルが立っていた。無言で俺を睨んでいる。
「アリベル、なんだよ?」
「別に」
アリベルが不満そうな顔で短く言った。
すると、その後ろに並んでいたソフィアと小紅が深く頷く。
「嫉妬ですね」
「嫉妬じゃのう」
「うるさい!!!」
アリベルが2人に向かって叫んだ。
なんだか俺が話しかけるとアリベルが余計に怒り出しそうだから、そっとキッチンに戻る。
これが、俺がこの世界に来てからの1ヶ月だ。
まぁ、悪くはない。




