05 オフェリー立ち向かう
「なっ、生意気なことおっしゃらないでよ!オフェリー様はただの使い捨ての駒なのですわ。なのに公爵令嬢になった気で、私に強い態度を取るなんて。身の程知らずですわっ!」
そんなマリレーヌの言葉に、オフェリーはしばし黙り込んだ。
自分の立場を、あらためて胸の内でなぞるように考えた。
確かに、ただの使い捨ての駒かもしれない。
愛され、望まれてここにいるわけではない。
トリスタンとはそれまで面識もなく、養女に迎えられるほど心を通わせるような出来事など、ひとつもなかったのだから。
「確かに、マリレーヌ様のおっしゃる通りかもしれません。ですが、今の私はギラマン公爵令嬢です。マリレーヌ様よりも高い身分のはずでしょう?」
「なっ、なんですって!?半分しか貴族の血が流れていないくせに、偉そうにしないでよ!」
マリレーヌがオフェリーに手を上げようとした、その瞬間、ふわりと風が巻き上がった。花びらのように広がったドレスの裾が、大きくめくれ上がる。
「え!?きゃぁー!嘘でしょう?」
必死に押さえようとするが、下から吹き上げる風にあおられ、裾は収まらない。
レースの下着が露わになる。流石のマリレーヌもこれには困った。
「ちょ、ちょっと……下から風が吹くなんておかしいじゃない!……やめてよ、やめてったら!私に恥をかかすなんて許さないんだから……覚えてなさいよっ!」
顔を真っ赤にしたまま、マリレーヌは逃げるように駆けて行った。ルーヴィエ伯爵家の紋章の入った馬車に飛び乗る姿が見えた。そのまま馬車は、公爵家の門を抜けて走り去っていった。
オフェリーが首を傾げていると、少女が悪戯っぽく笑った。
ライトブラウンの髪をふたつに分け、三つ編みにしている。可愛らしい顔は、笑うとえくぼが浮かんだ。
「まさか……あなたがやったの?」
「うん。だって……マリレーヌ様はいつも意地悪するし、叩こうとするから嫌い」
少女は少しだけ顔を曇らせる。
「……叩かれたの?」
オフェリーは気遣うようなまなざしを向けた。
「ううん。その前に風を使って防いだから大丈夫。この前は髪につけていたリボンを飛ばしたら、それを追いかけ始めたから叩かれなかったわ」
「そう、そう。僕もマリレーヌ様に力を使うことがあるよ」
少年はどこか誇らしげに胸を張った。
少女と同じライトブラウンの髪と瞳。
鼻のあたりには、うっすらとソバカスが散っている。
「……ふふっ、そうなの?ちゃんと自分で撃退できていたのね。偉いわ」
ふと、オフェリーはマリレーヌの学習能力のなさに気づく。
異能力者に意地悪をして、毎回そんな目にあっているのなら、普通は二度と関わろうとしないはずだ。
それでもやめないのは不思議だと思う。
(……どうしてなのかしら。きっと、周りがよく見えていないタイプなのね……)
オフェリーは少女たちに名前を聞き、自分も軽く自己紹介をした。
少女はエミ、少年はニコルと名乗った。
他愛のないおしゃべりをしていると、エミとニコルが思い出したように声を上げる。
「あっ、私、これからお仕事しなくっちゃいけないんだった」
「そうだ、忘れるところだった。僕もお仕事しなくちゃ」
(仕事!……まさか、私より小さい子たちが、これから厳しい特訓をするのかしら?)
「ちょっと待って。私も一緒に行っていい?」
オフェリーは、エミとニコルに尋ねる。
二人とも元気に「うん」と返事をしたので、慌てて駆けていく後を追った。
エミが立ち止まったのは、メイドたちが干し終えた洗濯物の前だった。
屋敷中の洗濯物がずらりと並んでいる。けれど今日は、生憎の曇り空だ。太陽は雲の隙間から時折顔を覗かせるだけ。気温も高くない。
「これじゃあ、今日中には乾かないわね……こんなに干してしまって、まさか明日までこのままにしておくつもりかしら」
オフェリーが呟いた、その時だった。
エミが指先をくるりと動かす。すると、どこからともなく風が生まれた。洗濯物へまんべんなく、そよそよとやさしく吹き付ける。強すぎず、弱すぎず、ちょうどいい風が洗濯物を楽しげに揺らした。
「これで、夕方までには全部乾くのよ」
エミがにっこりと笑う。
「凄いわ!エミの魔法は、とても生活に役立っているのね」
オフェリーが褒めると、エミは嬉しそうに顔を輝かせた。
ニコルはといえば、ブランケットほどの大きさの雲を生み出していた。それは低く浮かび、そこから細かな雨が静かに降り始める。庭園の草木や花を、均一に濡らしながらゆっくりと移動していく。
「凄い!天候を操れるの?」
「違うよ。そんなにすごいことはできない。小さな雨雲を作って、動かすことしかできないんだ」
ニコルは眉尻を下げ、少しだけ照れたように笑った。
「それだけでもすごいわよ。ところで仕事ってこれなの?えぇっと、戦う訓練とかはしないの?」
ニコルとエミは顔を見合わせて、首を傾げた。
「戦う訓練?なに、それ?私は洗濯物を乾かすように言われてるだけよ」
「僕は庭の植物たちに水をあげるように言われてる。これが僕たちの仕事だよ」
(えっ?どういうこと……?戦うための訓練は?)
オフェリーが、すっかりわけがわからなくなって考え込んでいると、ダリルがやって来た。
「なんだ、こんなところにいたのかよ。靴職人が来たから早く来いよ。もうニコル達と、仲良くなったのか?こいつらとてもいい子たちだから、オフェリーも可愛がってやってくれ」
ニコルとエミはダリルが好きらしく、ニコニコしながら側に寄っていく。
手を伸ばしてなにかを強請っていた。
「ほら、甘いキャンディ。食べ過ぎるなよ」
ダリルはキャンディを二人の手のひらに落とした。
「本日は、お嬢様のお足の寸法を測らせていただきます」
柔らかな物腰で一礼する靴職人は、緊張しているようで手が震えていた。
トリスタンもその場にいて、ダリルもオフェリーが足の寸法を測るのをじっと見ているからだ。
「いいか?ギラマン公爵令嬢に相応しい靴を作るように」
「そうそう。俺の妹に相応しい靴だぞ」
ソファに座る二人の圧がすごい。
靴職人の顔にうっすらと汗が滲んだ。
「レモン色の靴を一足でございましたね」
「いや、違う。白と水色もだ」
「父上!黒や、赤い靴も必要だと思います」
「うむ。全ての色だな」
「あのぉ、私の足は二本しかないのですよ。そんなに要らないです。レモン色の靴だけでお願いしますっ!」
「いいえ。お嬢様。ドレスに合わせて靴の色は変えないといけません!お嬢様はギラマン公爵令嬢なのですよ」
カーラーはいつものようにサロンの隅に控えていた。
その言葉に、オフェリーは小さくため息をつきながら、渋々頷いた。
「……わかりました。でも、いただいてばかりというわけにはいきません。私は、なにをすればいいんですか?」
オフェリーは思い切ってトリスタンに尋ねた。
「親が子に靴を買い与えるのは当然だ。気にするな」
トリスタンは相変わらず淡々とした口調で言う。
「は?お前、なに言ってるの?なにをすればいいかなんて、決まってるだろ。たくさん食べて、ちゃんと寝ることだよ」
ダリルが心底驚いた声を出した。
「それじゃ仕事といえません!だって、私はお金で買われたんですよ?」
「だからさ、お前の仕事は早く元気になることだよ。それしかないだろ」
ダリルは呆れたようにため息をついた。
(……それだけで、いいの?)
翌日、マリレーヌはなにごともなかったように公爵家を訪れた。ちょうど庭園を歩いている姿に気づき、オフェリーは彼女に近づいて話しかける。
「エミ達にいつも意地悪するのはやめてください。戦闘訓練があるというのも嘘だったわ。エミ達の仕事は洗濯物を乾かすことだったり、植物に水をあげることだもの」
マリレーヌは一瞬だけ真顔になると、次の瞬間にはクスクスと馬鹿にしたように笑い出した。
「当然じゃありませんの。まだあの子たちも、オフェリー様も子供でしょう?もう少し成長してから始めるのよ。そんなことも分かりませんの?いずれは厳しい戦闘訓練を受けて、ボロボロになるまで国のために戦わされる……使い捨てにされる運命ですのよ」
マリレーヌはオフェリーの表情を見て、なおさら愉快そうに笑い声をたてた。
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マリレーヌ、嫌な女ですよね。
次回は、やっとマリレーヌのざまぁです!
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