03①オフェリーお嬢様になる
(戦わせる?あぁ、買われたということは、そういうことか……そういえば王国騎士団で一番偉い人だと言っていた)
「ふふっ。怖いでしょう。逃げたらいかが?今ならトリスタン伯父様もダリル様もいません。さきほど、馬車でどこかに出かけるところを見ましたわ」
オフェリーは頷き、逃げようと上掛けをそっとめくって、ベッドから抜け出した。
だが、靴を履いた瞬間、思いとどまる。
考えてみれば どこにも行く当てはない。
ルードのところには戻れないし戻るつもりもない。
下町の服飾店の店主や定食屋の女将の顔も思い浮かんだけれど、ここからどうやってそこまで行けるのかがわからない。
そもそもオフェリーはお金を持っていないのだ。
(しばらくは、ここにいるしかないわ)
オフェリーはそう思い直すと、またベッドに潜り込んだ。
それを見た少女はイライラしたように叫んだ。
「なにをぐずぐずしていますの?早く逃げなさいよっ!今が絶好のチャンスですわ。こんな機会はそうそうありませんことよ?私が見張っていてあげるから、さあ早く……」
オフェリーは首を横に振った。
「しばらくは、ここにいます」
「なっ、なんで?……どうなっても知りませんわよ。きっと、厳しい特訓のようなものがあって、痛い思いをたくさんしますわ」
廊下から、コツコツと部屋へ近づいてくる足音が響いた。
マリレーヌは途端に口を閉じる。
やがてドアが軽く叩かれ、ダリルの声がした。
「おい、起きてるか?入るぞ」
「……は、はい。どうぞ」
オフェリーは緊張しながら答えた。
(さっき、パン粥と甘くて美味しい桃を食べさせてもらった。この子の言うように、きっとこれから厳しい特訓が待っているのかも……)
ルードの屋敷では何かを与えられたら、必ず対価を払わなければならなかった。
粗末な服も冷めた料理も、すべては労働と引き換えだったのだ。
ここでは、着ていた粗末な服でベッドを汚してしまった上に、桃まで口にしている。あれは平民では手に入らないような高級品だ。
甘さも柔らかさも、忘れられないほどだった。
(こんなものをもらったのに……このままで済むはずがない)
ダリルはゆっくりとドアを開け、少女の顔を見るなり顔をしかめた。
「なんでマリレーヌが、ここにいるんだよ?」
「あら、私達は従兄妹同士ではありませんか。そんな冷たいことをおっしゃったら悲しいですわ。それより、その手に持っている箱やら袋は何ですの?」
ダリルはマリレーヌの質問をまるっと無視して、オフェリーにそれらを渡した。
「ほら、お前のドレス。とりあえず間に合わせで、父上と一緒に買ってきたんだ」
さらにドアを叩く音がして、今度はトリスタンが姿を現した。
やはり両手に、リボンのついた箱を抱えている。
そっとオフェリーの前にそれらを置くと、「気に入るといいんだが」とだけ言い、ダリルと一緒に部屋を出ていってしまった。
マリレーヌはオフェリーの許可もとらず、そのうちのひとつを乱暴に開ける。
中からドレスが現れると、震える声で呟いた。
「う、嘘だわ……これは何かの間違いよ。こんな子に……私が着ているものより、ずっと上等なドレスを与えるなんて……」
さらにドアが叩かれ、マリレーヌは慌てて手にしていたドレスを、オフェリーに押しつけた。
カーラーが部屋に入ってきて、満面の笑みでオフェリーに呼びかける。
「旦那様がオフェリーお嬢様のために、たくさんドレスを買ってきてくださいましたね。ダリル様とご一緒に選ばれたそうですよ。湯浴みをして綺麗になってから、お着替えしましょうね。さあ、浴室へ行きましょう」
当然のように言われて、オフェリーは戸惑いを隠せなかった。
カーラーはちらりとマリレーヌの方へ視線を向け、遠慮がちな声で言った。
「マリレーヌ様。オフェリーお嬢様はお疲れでございますから、お引き取りいただけますでしょうか。これからお着替えもございますので」
「は?今、この子をお嬢様と呼びましたの?おかしいですわよ。だって異能者でしょう?国防に使う駒が、お嬢様と呼ばれるなんて……」
マリレーヌの声には、露骨な侮蔑が滲んでいた。
上品な言葉遣いとは裏腹に、その顔には隠しようもない底意地の悪さが滲んでいたのだった。




