01② 騙される
「なんてことだ……妹にそっくりじゃないか。こんな幼い子が針仕事をしているなんて……私が来たからには、もうこんな苦労はさせない。お前はヴィダル伯爵家の血を引く子だ。本来なら綺麗なドレスを着て、何不自由なく暮らすべきなんだよ。私は君の伯父だ」
震える声でそう言うと、ルードは目元を押さえた。
オフェリーは戸惑いながらも、その言葉に耳を傾ける。
「私には君と同じ年頃の娘がいる。きっとすぐに仲良くなれる。息子もいるし、賑やかに楽しく暮らせるよ。決して、寂しい思いはさせないと誓おう」
優しく頭を撫でられ、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「妹の忘れ形見を、こんな場所に置いてはおけない……どうか、私に引き取らせてくれないか」
その言葉に、服飾店の女主人や定食屋の女将も、思わず顔を見合わせた。
「そういうことなら……この子を、どうか大事にしてやってくださいね。やっぱり身内がいるなら、そこで暮らしたほうがいいだろうしね。それにしても、まさか領主様の姪とは……」
「ええ、もちろん大事にしますとも。ヴィダル伯爵令嬢として適切な教育も受けさせ、立派なレディに育てます」
ルードは深く頷き、誠実そうな笑みを浮かべた。
オフェリーもまた、その優しげな態度にすっかり安心してしまった。
(もう、ひとりじゃないんだ……)
そう思えたことが、嬉しかった。
そんなわけで、オフェリーは差し出された手を、ためらいながらも握った。
両親と住んでいたアパートを片付け、ルードの馬車に乗り込む時、服飾店の女主人も定食屋の女将も見送りに来てくれる。
「まさかオフェリーの母親が、貴族だとは思わなかったよ。幸せになるんだよ」
そう言ってくれた二人の声は寂しげだった。オフェリーは何度も振り返りながら、手を振った。
◆◇◆
貴族の馬車に初めて乗るオフェリーは、窓の外から見える景色が次々と移り変わっていく様子を、物珍しげに眺めている。
「ルード伯父さん。馬車でこれほど長い距離を移動するなんて初めてだわ。あ、あれはなに?」
珍しい建物や景色を目にして、驚きの声を上げていると、ルードが舌打ちをした。
「ちっ!うるさいぞ!お前はメイドとして引き取ったんだ。妹は騎士と駆け落ちした時点で、ヴィダル伯爵令嬢の地位を捨てたんだ。だから、お前も貴族ではない。ただの使用人なんだぞ!」
ルードはオフェリーをじろりと睨みつけると、冷たい声で言い放つ。
その日から、オフェリーの生活は一変した。
ヴィダル伯爵家に着くと、ルードの妻サビーネ・ヴィダル伯爵夫人から、毛虫でも見るような目つきで睨まれた。
「マルグリッドと同じ年齢なのね。お前は使用人として置いてあげるだけよ。身の程をわきまえて、ここで生活できるだけ、ありがたいと思いなさい」
与えられた部屋は、屋敷の隅にある狭い物置のような一室だった。窓は小さく、昼でも薄暗い。
ベッドには汚れた薄い寝具が置かれているだけ。この季節の夜は冷える。
身体の芯まで凍えながら寝ることになった。
今まで住んでいたアパートのほうが、ずっと清潔で暖かい。
オフェリーの母は綺麗好きで、どこもかしこも、ピカピカに磨いていた。
父は騎士の身分を捨て、家具職人のもとで働いていたから、手先はとても器用だ。
オフェリーのためにベッドや机を作ってくれ、それは可愛らしく使いやすかった。
ルードの屋敷で出される食事は、残り物で冷めた料理だけだ。
「食べさせてもらえるだけありがたいと思え」と言われ、少しでも食べるのが遅いと、皿を取り上げられることも一度や二度ではなかった。
(あのまま下町にいれば、定食屋の女将さんの暖かい手料理を毎日、食べられたのに)
そう思いながら、オフェリーはため息をついた。
服もまた酷いものだった。用意されたのは使用人が着古したメイド服や、マルグリットのお下がりばかり。
袖は擦り切れ裾はほつれ、身体に合っているとは言い難い。
母がオフェリーに縫った可愛いワンピースは、全てマルグリットに取り上げられてしまった。
「なかなか良いのを持っているじゃない?私が着てあげた方がワンピースも喜ぶわよ」
マルグリッドはたくさんのドレスを持っている。
オフェリーは、なぜマルグリットが自分のワンピースを欲しがるのか、理解できなかった。
ヴィダル伯爵家に使用人の姿はほとんどなく、手入れも行き届いていなかった。
朝はまだ暗いうちから起こされ、水汲みや庭と屋敷の掃除をさせられる。
手を止めればすぐに怒声が飛んだ。
そして、そのすべての中心にいたのが、サビーネだった。
「まだ終わっていないの?のろますぎなのよっ!」




