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虐げられていた私を引き取ったのは、王国騎士団元帥でした!  作者: 青空一夏


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11 断罪・違和感

「嘘……どうして、こんなことを……自分が怪我をするんですよ!」


「お前が怪我するより、ずっとマシだろ。……それだけだ」


「でも……熱かったでしょう? 火傷したんじゃないですか? どうしよう……私を庇ったせいで……」


「いいから。俺は大丈夫だ」


 ダリルはそれだけ言って、視線を逸らした。

 オフェリーは思わず、その背中へ手を伸ばす。


 だが、パシッ、と乾いた音が響いた。


「触るな!……あ、いや、悪い。触られるの、あんまり好きじゃないんだ」


「ご、ごめんなさい……」


 弾かれた手を胸元に引き寄せながら、オフェリーは俯く。

 その沈んだ空気を察したのか、トリスタンが軽く肩をすくめた。


「オフェリー、気にするな。ダリルは大丈夫だ。こいつは俺に似て、妙に頑丈でな。多少のことではびくともしない」


 オフェリーは小さく頷いたものの、引っかかりは消えない。


(……ただ少し触れようとしただけなのに。もしかして……本当は嫌われてる?)


 けれど、すぐに首を振る。

 今はそれどころではない。


 テーブルの向こうでは、騎士達に縄でぐるぐる巻きにされたジェームスが、無様な姿で転がされていた。

 オフェリーは領主だ。

 この男に、罰を下さなければならないし、下町の人々を安心させなければならない。


 彼女は、下町の人々を広場に集めた。

 もちろんジェームスもその場へ連れて行く。

 自分がヴィダル伯爵としてこの領地を治めることになったと告げ、まだ至らない点も多いが、これからは安心して暮らせるよう整えていくと約束した。


 管理官の悪事も指摘しながら、その処分も宣言する。

「ジェームスから職を取り上げます。不当に得た財産もすべて没収します。その上で、この町のために働いてもらいます!」


 ジェームスの眉がひくりと動いた。

「……働くだと?」


「煙突や下水溝の掃除、並木通りの枝の剪定などです」

 その声音には、わずかな揺らぎもない。


 トリスタンが低く笑う。

「……ほぉ、なかなか大変な仕事ばかりだ。オフェリーは賢いな。この男には、一瞬で終わる罰では足りんからな」


 ダリルも「悪くないよ」と褒めた。


 「この私に煙突掃除をしろだと……? ふざけるな!」


 狭い煙突の中で身動きが取れなくなり、煤にまみれて息が詰まる。そんな光景が脳裏をよぎり、ジェームスの顔が引きつった。

 

「いい気味だ。散々威張り散らして。一生、その仕事だな!」

「ごろつきどもにも、罰を与えてほしいな」


 オフェリーは頷き、ジェームスの手下も仕事を手伝うように命じた。

 さらに、新しい領地管理官については無記名で信頼できると思う人物の名前を書いてもらうこと、その中で最も多く名前が挙がった者に任せたいという考えを示す。


 まだ幼いはずの少女が、迷いなく言葉を紡いでいく。

 その姿を、下町の人々は驚きと、次第に感じ始めた尊敬の眼差しで見つめていた。


「頻繁には来られないので、この広場に大きくて頑丈な箱を置きます。困りごとがあったらそこへ入れてください。中身は定期的に回収して、私がきちんと目を通します」


 静まり返っていた広場に、やがて誰からともなく拍手が起こった。


「素晴らしい領主様だ!」

「領主様万歳!」


 歓声が広がる中で、ぽつりと別の声が混じる。


「でも待てよ……まだ子供じゃないか。いろいろ不安だな」


 その言葉はオフェリーの耳にも届いたが、彼女は怒るどころか、柔らかく微笑んだ。


「私には信頼できるお父様がいます。トリスタン・ギラマン公爵です。実はこれらの政策は、すでにギラマン公爵領で行われている方法です。私はそれを学び、ここでも取り入れようと考えました」


 不意に「お父様」と呼ばれ、トリスタンは一瞬、目を見開いたまま言葉を失った。

 やがてゆっくりと息を吐き、わずかに表情を緩めると、町の人々へ向き直る。初めて「お父様」と呼ばれた余韻が、胸の奥にじんわりと広がっていた。


「私がギラマン公爵だ。オフェリーは血こそ繋がっていないが、実の娘以上に思っている。彼女を支え、そして皆の幸福のために力を尽くすことを誓おう。この地を、我が領と同じく豊かな場所にしてみせる」


 シンと静まり返っていた広場に、次の瞬間、歓声が巻き起こった。


 ギラマン公爵といえば国王の弟であり、王国騎士団の頂点に立つ存在。その領地は豊かで、民にとっては憧れの地として知られている。


 さらに、異能者を集めて国防に使っているという噂もあったが、土砂崩れをイバラで防いだという一件によって、その印象は大きく変わりつつあった。

 これまで恐ろしい力として語られていた異能は、人々を守るためのものとして受け入れられ始めている。


 そしてそれは同時に、ギラマン公爵に対する見方も変えていた。

 冷酷に力を利用する人物ではなく、守るためにそれを預かっているのだと、少しずつ理解され始めていたのだ。


 つまり、これ以上ない後見人を持つ、賢く美しい少女の領主が誕生したことになる。


「「イバラの領主様、万歳!」」


 歓声に応えるように、オフェリーは手を振り、思わず笑みをこぼす。


「イバラかぁ……ふふっ。操れるのが、もっと素敵で優雅な植物だったら良かったわ!」


 茶目っ気たっぷりにそう言った、そのとき。


「……イバラだってなんだって、オフェリーは可愛いからいいんだよ」


 ダリルがぼそりと呟いた。


「えっ?」


 オフェリーの耳が「可愛い」という言葉を拾う。

 途端に胸の奥がふわりと浮き立ち、頬がほんのりと熱を帯びた。


 その瞬間、広場の中央に植えられていた薔薇の蕾が、ひとつ、静かにほどけた。

 誰もがそれに気づく。


 次の瞬間、もう一輪、また一輪と、連なるように花が開いていく。

 まるでオフェリーの心に応えるかのように。


「……あれ?」


 ざわり、と人々の間にざわめきが広がった。


 それに気づいたオルガが声を張り上げる。


「薔薇だってイバラの一種ですからね! 花を咲かせたのはオフェリー様でしょう!」


「嘘……そんなわけないわ……だって、私はとげとげの太い茎や蔓しか操れないんじゃ……」


「オフェリーは可愛くて綺麗なんだから、薔薇ぐらい操れるだろ」


 ダリルがよく通る声で当然のように言った。


「さっきは手を撥ねのけられた……でも……今は可愛くて綺麗だって……」


 思わず頬が緩む。


 すると、それに応えるように、薔薇はさらにいくつも花を咲かせ、やさしく揺れた。


「薔薇の領主様、万歳!」

「綺麗な領主様、万歳!」

「俺たちの領主様は可愛いぞー!」


 歓声に包まれ、オフェリーは顔を真っ赤にしながら、思わず笑みをこぼした。

 そして新しい領地管理官は、なんとオルガに決まった。

 昔から人に優しく、情け深い人柄であることを、町の誰もが知っていたからだ。


 その夜、一行は下町の宿屋に身を落ち着けた。

 簡素ではあるが、どこか温かみのある部屋だった。


 オフェリーはやはり、ダリルの肩の火傷が気になっていた。


「傷、見せてくれない?」


 そっと手を伸ばす。


「やだよ! 男の体を見ようとすんなよ」

「ち、違うわ! そういうことじゃなくて……ただ、心配なのよ」


 言いながら、もう一度手を伸ばす。

 だが、またピシャリと弾かれた。


(あれ……どうして? さっきはあんなに褒めてくれたのに……なんで、こんなに心配してるのに、迷惑そうに手を跳ね除けるの?……)


 オフェリーは俯いた。

 触れようとした指先に、前に拒絶された感触も残っている。

 ほんの少し前までダリルは近くにいたはずなのに、急に手の届かない場所に行ってしまった気がした。



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