09 下町へ(ルードざまぁ)
「えっ?今、何かおかしなことを言われた気がしますけど……公爵様、ダリル様。この人は何を言ったんですか?」
オフェリーは理解が追いつかなくて トリスタンやダリルに聞き返したが、二人もあまりにも荒唐無稽な申し出に一瞬言葉を失った。
「オフェリーがいなくなってわかったんだよ。自分にとってどんなに大切な子だったかって」
「はい?……私はあなたに意地悪しかされてませんけど……」
「好きな子には素直になれなかっただけなんだ。君が困ってる顔を見ると、つい構いたくなってさ。今のオフェリーを見て自分の気持ちに改めて気づいたんだ。すごく綺麗になったし完璧な貴族の令嬢だよね。 眩しいくらいさ」
「ひっ……」
オフェリーは喉の奥で悲鳴をあげた。
(き、気持ち悪い……何の冗談なのかしら?)
「ずっと君を大事にすると誓うよ。婚約発表はいつにする? パーティを開かないとね。もちろんこの公爵邸でいいと思うんだけどさ。婚約者が早く決まった方が、オフェリーも安心できるよね」
「そうね。早い方がいいと思うわ。オフェリーのことを本当の娘のように思っていたのよ。こうして義理でも娘になってくれるなんて、とっても嬉しいわ」
サビーネがにっこりと微笑んだ。
「私の母について、いつも酷いことをおっしゃっていましたよね。狭くて汚い部屋に押し込められて、朝から晩まで働かせましたよね?」
オフェリーは真っ直ぐにサビーネを見つめる。
サビーネは目を逸らしながらも、優しげな声で誤魔化した。
「あ……それはね。あなたにしっかりした子になって欲しくて心を鬼にして厳しくしただけなのよ。それに働くことは悪いことじゃないわ。朝早く起きて体を動かすのは健康のためでもあったのよ。怠け癖がつかないようにね」
「健康にいいわけねえだろ! ここに来た頃のオフェリーは、ガリガリで髪も肌もボロボロだったんだぞ! どんなに取り繕っても、虐待としか思えねえよ」
ダリルが、険しい表情で吐き捨てた。
「ギラマン公爵家からの援助や持参金が目当てなのか? おおかた、私から受け取った金が底を尽きたか?」
トリスタンがルードを鋭い目で睨む。
「ち、違いますとも。本当に私どもはオフェリーが心配で……」
ルードは目を泳がせた。
「オフェリー。過ぎた過去は水に流しましょうよ。私たち従姉妹同士じゃない?やっぱり親戚同士は助け合うべきだと思うわ。これからは 親しく交流して、お互い支え合っていきましょうよ」
媚びるような笑みを浮かべたのは、マルグリットだった。
「えっ! 親しく交流?……お互い支え合って? 私にあんな酷いことをしてきたのに?」
オフェリーは笑い出した。自分でも堪えきれない。
幸せになれると信じていた。
なのに裏切られて、 母の悪口を毎日のように言われた。
食べるものも碌に与えられず、毎日ひもじい思いをしていた。
いつもギリギリの精神状態だった。
それなのにルードたちは、さも善人のような顔をして、今までしてきたことをすっかり忘れたように、オフェリーに微笑みかける。
これが滑稽でなくて、なにが滑稽といえるのか!
オフェリーが怒りを感じた、その瞬間――
庭園のイバラが窓を突き破り、一斉に侵入した。
そして、ルード一家をトゲトゲの檻に閉じ込める。
トリスタンはオフェリーを宥めるように抱きしめ、背中を擦った。
「オフェリー、落ち着け。もう終わったことだ。思い出さなくていい。ほら、深呼吸をしてごらん」
オフェリーはトリスタンにしがみつきながら、ゆっくりと息を吸った。
「こんな人達は嫌いです! 嘘つきで母の悪口ばかり言っていたわ……大っ嫌いよ」
すすり泣く声がサロンに響く。
ダリルは「ヴィダル伯爵家の奴らは絶対に許さねぇ」と低く呟いた。
トリスタンの瞳が、わずかに細められた。普段と変わらぬ無表情のまま、その瞳の奥に、冷たい怒りが宿っていた。
「よし、よし。わかったよ。こいつらは二度とオフェリーには会いにこない。約束するよ。感情に揺さぶられると、まだ異能の力が突発的に出てしまうようだ。心を落ち着けて、制御する方法をゆっくり学んでいこうな……大丈夫だ」
オフェリーはトリスタンの声に安心して、しっかりと頷いた。
「父上、オフェリーはちゃんと制御できてますよ。だって、トゲをあいつらに直接突き立てることもできたのに、檻にして閉じ込めただけです。オフェリー、偉いぞ」
少しづつ褒め方が上達しているダリルが、オフェリーの髪を一瞬撫でてようとして、すぐに手を引っ込めた。
「トゲトゲで足の裏ぐらい攻撃しても良かったかもしれないわ」
エミが小さな声で呟いた。
「頭もトゲトゲで攻撃して、二度と髪の毛が生えなくなっちゃってもいいと思う」
ニコルは、ソバカスが散った鼻の頭に皺を寄せた。
「ど、どうしたらいいんだ。このままでは破産だ……あんなたくさんの請求書をどうしたらいいんだ」
檻の中のルードから本音がポロリと出た。
「やっぱりか。そんなに困っているのなら、私が払ってやってもいいぞ」
トリスタンが、何でもないことのように言った。
途端に、ルードがパッと顔を輝かせ、明るい声を出す。
「本当ですか? あー、ありがたい! やはり 持つべきものは金持ちの親戚だ。助かります!」
「言っておくが、お前らと親戚になった覚えはない。ぬか喜びは早いぞ! 誰もただで金をやるとは言っていない」
トリスタンの言葉などルードたちには聞こえていない。借金がなくなったとばかりに喜んで領地に帰り暢気に暮らしていると、やがて複数の男達がやって来た。
「離せー! どこへ連れていく気だ!」
「痛いわよっ! 離してったら! いったいどういうつもり?」
ルードとサビーネが抵抗する。
イザックとマルグリットも、ジタバタと足をばたつかせた。
「決まっているだろう。働き口へ連れて行くんだよ」
「「は……?」」
ルードたちが、間の抜けた声を出す。
男は鼻で笑った。
「ギラマン公爵様の指示だ。あんたらの借金はすべて公爵様が肩代わりされたのは知ってるだろう?」
「そうだ! 公爵様が払ってくださったんだ! もう終わった話だろう!」
「なに言ってんだよ! 借りたら返す。常識だろ?」
ルードの顔から血の気が引く。
「そ、そんな……」
ルードの膝が崩れた。
男は冷徹な声で言い放った。
「お前らは公爵様の逆鱗に触れたのさ。お前と息子は鉱山送りだ。しっかり働けよ! そっちの女達は鉱山の麓の飯屋で下働きな! 逃げたら鞭が飛んでくるぜ」
◆◇
王都を中心にして西にギラマン公爵領、王都の南にヴィダル伯爵領があり、ギラマン公爵領とヴィダル伯爵領は、王都を挟んでL字に位置している。
ヴィダル伯爵家は当主不在となり、血筋の関係からオフェリーが継承権を得ることとなった。オフェリーはトリスタンから、自分がヴィダル伯爵を継ぐことになったと知らされ、王城へと赴いた。
初めて足を踏み入れたその中は息を呑むほどの荘厳さで、自分がここにいていいのかと不安になるほどだった。
玉座の間に膝をつく。
王の声が、静まり返った空間に響いた。
「オフェリー。そなたにヴィダル伯爵位を継がせる。領地と民を預かる者として、つつがなく治めよ」
「……謹んで、お受けいたします。この身に代えても、その務めを果たしてまいります」
その瞬間、彼女は確かに“ヴィダル伯爵”となった。
数日後。
王都からギラマン公爵領に戻り、オフェリーはサロンで寛いでいた。
「公爵様、私がヴィダル伯爵になったなんて、全然実感が湧きません」
「だろうな。しかし、ルードがあんなだったから、あの領地はかなり厄介なことになっているはずだ。領主としてやるべきことをやっていなかっただろうからな」
「だったら私、 ヴィダル伯爵領を視察しに行きたいと思います。あそこには私がお世話になった下町もあるし…… 服飾店のおばさんや定食屋の女将さんにはとてもお世話になったから」
「領地を見に行くのは賛成だ。一緒に見に行って、改善策を考えていこう。大丈夫だ。私がついている」
最近のトリスタンは、以前のぶっきらぼうな口調とは変わっていた。どこか優しくて父親らしい響きがあった。
オフェリーはそんな変化も感じ取り、 気持ちがふんわりと温まるのを感じた。
(最近の公爵様は、私の不安を先回りして取り除いてくれるみたい。何かすごく安心できる)
「オフェリー、俺もついてるぞ!」
ダリルがオフェリーに向かって、ボソリと呟く。
「オフェリー様、私もついてますよ!」
エミが三つ編みのお下げを揺らした。
「僕もいます!」
ニコルがそばかすの散った愛嬌のある顔で微笑む。
カーラーは無言で頷いて、温かい眼差しで見ていた。
(もう一人じゃないわ……家族ができたんだ!)
視察に向かった初日、まずは思い出の下町に向かった。
下町に着くと、そこはオフェリーがいた頃とは、まるで違っていた。そこは……
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