08 求婚される
その瞬間、ルードの目が、ぎらりと光った。
「ふふふっ……いい金蔓を見つけたぞ」
屋敷に戻って、サビーネとマルグリット、イザークをサロンに呼んだ。
「なあ、お前達。可愛いオフェリーに会いに行きたくなったよな?あの子は大事な家族だ。やはり頻繁に会いに行って、交流を測らなきゃいけないと思わないか?」
ルードはニヤついた顔で家族に問いかけた。
「はぁー? 何を言ってるのよ? あんな子がいなくなって、せいせいしたわ。それより、私のドレス代を早く払ってちょうだい。催促の通知が来ているのよ!」
サビーネは、テーブルに積まれた請求書の山を顎でしゃくった。
「お父様、急にどうしたの? まあ、オフェリーがいなくなって寂しいのはわかるわ。だって、虐める相手がいなくなったんだもの」
「ははっ、確かにな。鬱憤晴らしできる相手がいなくなると、さすがに退屈だよな」
イザックは、肩をすくめながら軽く笑った。
罪悪感の欠片もない、楽しげな顔で。
「お前たち。オフェリーは、金の卵を産む鶏だ。だから、これからは虐める相手じゃない。褒めておだてて利用して、金を用立ててもらう相手だ」
「なぁに、それ?意味わかんないわよ」
マルグリットがプクリと頬を膨らませた。
「あんなみっともない女なんかに、ペコペコできるかよっ! ここにいた頃はガリガリで、いつも汚い格好をしていたじゃないか」
イザックは自分たちが食べ物もろくに与えず、服も取り上げていたことをすっかり忘れていた。
「オフェリーは今、ギラマン公爵に溺愛されているそうだ。その一人息子にもな。つまり信じられないことだが、あの厄介者が、今では公爵領の民からも慕われる存在になっているらしいのだ」
「ふん! 私はそんなこと信じないわよ。あんな子がそんな幸運を手に入れるわけないじゃない。今頃はギラマン公爵に戦う術を教え込まれて、傷だらけになっているわよ」
「そうだよな。噂だとギラマン公爵は国防のために異能者を使い捨てにするって話だっただろう?オフェリーなんか、もう生きてるかどうかもわからないよ」
噂を信じ込んでいるマルグリットとイザックは、ルードの言葉をまるで信じていなかった。
「とにかくそんな噂を聞いたのだ! 確かめるだけでもギラマン公爵領に行ってみようじゃないか。実はもう金がすっかり底をついてしまったんだ。オフェリーが頼みの綱なんだよ」
ルードは家族に、詐欺にあったことを打ち明ける。サビーネとマルグリットは呆れ果て、ルードを散々に責め立てた。
イザックは何も言わずに押し黙っていた。だが次の瞬間、いいことを思いついたとばかりに口を開いた。
「僕はオフェリーを婚約者にするよ! そうすればギラマン公爵は義理の父になるし、ヴィダル伯爵家に援助もしてくれる。お金だっていくらでもくれるよね。だって僕は娘婿になるんだし。結婚したら、あいつをこの家でこき使ってやれば、新しくメイドを雇わなくても済むよ!」
「まぁ、素晴らしい考えだわ! さすが私の息子ね。賛成よ」
「お兄様、なかなかいい案だと思うわ。あんな汚らしい子が義理の姉になるなんて嫌だけどしょうがないわよね。でもちょっと待って。ねぇ、お父様、従兄妹同士って結婚できるの?」
「あぁ、できるとも。確かに名案だな。これでヴィダル伯爵家は安泰だ」
ルードはイザックの賢さを自分譲りだと思い、これで全て解決できる、と安堵のため息をついた。
◆◇◆
いつものようにエミが洗濯物に風を送り、ニコルは雨雲を動かして草木に水をやっていた。
ニコルは最近オフェリー付きの従者見習いになったばかりだ。
それをのんびりと見ながら、オフェリーはガゼボで紅茶を飲んでいた。
「私はオフェリーの伯父だ!ここを通せ!」
門の方で大きな声が響いた。
「オフェリーお嬢様。僕が何事か聞きに行ってきますね」
雨雲をそのままに、ニコルが門の方へと素早く走っていく。
すぐに戻ってくると、眉を顰めた。
「すごく威張った男が、オフェリーお嬢様に会いたいとわめいています。他に三人いましたが、口々に『オフェリーが大切にしていたワンピースを持ってきたから会わせろ』と言っています。どうしますか?」
(マルグリッドに取り上げられたワンピースのことを言っているのかしら? 確かに、あれは母さんが作ってくれた大事なものだけど……なんで今さら?)
ちょうど首を傾げていたところに、トリスタンとダリルがやって来た。
「私がそのワンピースを受け取ってこよう。オフェリーは部屋に戻るんだ」
トリスタンはそう言い、ダリルとともに門へ向かう。
トリスタンの姿に気づいたルードは馬車から降り、勢いよく手を振った。
頑丈な門扉の前で叫ぶ。
「公爵さまー! おぉ、ダリル様も! 私ですよ、オフェリーの伯父でございます。あの子が大事にしていたワンピースを持ってまいりました。会わせてください。ずっと姪のことを気にかけていたのです。元気なのでしょうか?」
「ちっ! お前のところにいた頃よりは、ずっと元気さ。今さら一体何の用だ? ワンピースは俺がオフェリーに渡しておく。寄こせ」
装飾の施された鉄格子の隙間から、ダリルが手を伸ばした。
ルードはにやりと笑い、首を横に振る。
「これは本人にしか渡せません。妹がオフェリーのために作った、大事なワンピースでございますから」
「……わかった。門を開けろ。ダリル、こいつはオフェリーと会わなければ渡さないつもりだ。私たちが立ち会っていれば問題はないだろう」
内心では会わせたくないと思っていたトリスタンも、大事にしていたワンピースならば、オフェリーも取り返したいはずだと考えた。
一方、オフェリーは部屋でおとなしく刺繍をしていた。
側にはエミとニコルがいる。
「お嬢様、サロンにお越しください。ヴィダル伯爵が、お嬢様に会わなければワンピースを渡さないとおっしゃっています。お姿を一目見るまでは安心できないと……」
カーラーがドア越しに告げる。
「安心できない? 意味がわからないわ……私はルード伯父さんに、いつもひどい目に遭わされていたのに?」
ポツリと呟くと、エミとニコルはルードへの憎しみを滲ませた。
エミは拳を握りしめ、ニコルも同じように力を込めている。
二人は、ダリルからオフェリーが公爵家へ来た経緯を聞いていた。
ルードに対して、初めからいい印象はないのだ。
オフェリーはサロンへ向かった。
するとルードが満面の笑みで手を広げた。
「おぉ、オフェリー! 元気だったか? 久しぶりに会えて嬉しいよ」
思わず、オフェリーは後ずさる。
その間にさっと割り込んだのはダリルだった。
「オフェリーに触るな!」
「ダリル様、そんなに怒らないでください。久しぶりに会うので、感激のあまり抱きしめたくなっただけでございます。身内の自然な感情なのですよ」
ますます意味がわからず、オフェリーは戸惑うばかりだ。
(久しぶりに会って感激されるほど、可愛がられた覚えはないけど?)
トリスタンは厳しい顔つきでルードを睨んでいる。
「ワンピースを持ってきたのだろう? 早く出せ」
トリスタンに促され、ルードは革袋から数着のワンピースを取り出した。
サロンのテーブルに無造作に置かれたそれを広げると、所々にシミがあり、裾もほつれている。
「ごめんなさいね。肌触りがとても良かったから、寝巻き代わりに着ていたのよ」
マルグリットは、悪びれる様子もなく肩をすくめた。
トリスタンとダリルは顔色を変え、エミとニコルはぷるぷると拳を握りしめる。
二人は、危うく異能の力が飛び出しそうになるのを、必死で抑えていた。
がっかりしたように肩を落とすオフェリーに、カーラーが励ますように声をかける。
「生地は染め直せます。私にお任せください。裾も直せば、きっと綺麗になりますよ」
オフェリーは静かに頷いた。
用は終わったとばかりにソファから腰を上げ、部屋へ戻ろうとした、その時。
「オフェリー、待ってくれ! 僕を君の婚約者にしてくれないか?」
イザックが口を開いた。
以前の馬鹿にしたような眼差しとは違い、キラキラとした瞳でオフェリーを見つめていた。




