06 守られる(マリレーヌざまぁ)
オフェリーは先日会ったエミとニコルを思い出す。
素直で明るくて可愛らしい子たちだった。
公爵家の役に立とうと、一生懸命に自分の能力を使っていたことも思い出す。
(私よりもまだ幼くて……あんなに良い子たちが、これからそんな目にあうの?)
そんなことはダメだ。
そんなことは到底受け入れられない。
「だったら私がそうなる前に、あの子たちを助けるわ!」
「ふっ。馬鹿みたいですわ。あなたはここではただの駒なのですわ。養女になったからって、いい気にならないでくださいませ。どうやって助けるつもりなのかしら?自分だって使い捨てにされるのに」
「私は……私は……」
オフェリーは言い返す言葉が見つからない。
まだ自分は子供で、お金も力もない。
「どうやって助けるか」と問われても、具体的な案はひとつも思い浮かばなかった。
オフェリーが言葉に詰まった、その時。
すぐ脇の薔薇の茂みが、がさりと揺れた。
その陰から、ダリルが姿を現す。
「マリレーヌ、馬鹿はお前だよ。妄想が過ぎるだろ!」
「ダ、ダリル様、いつから聞いていたのですか?」
マリレーヌの得意げだった表情が固まる。
視線が落ち着きなくあちこちに飛んだ。
「初めからだよ。オフェリーがマリレーヌに声をかけたところからだ。二度とここへは来るな!」
「ま、待ってください。トリスタン伯父様が異能者を集め、国防のために利用するという噂は誰でも知っています。それをオフェリー様に教えてあげただけです!」
「父上は、異能者を保護しているだけだ。ボロボロになるまで戦わせるわけないだろ!」
ダリルの眉がぐっと寄る。
鋭い視線がマリレーヌを射抜いた。
少し遅れて、トリスタンも姿を現した。ちょうど薔薇園を散歩していたところだった。
子供同士のやり取りに口を挟むつもりはなかったが、その内容はさすがに見過ごせるものではない。
そう判断し、彼は姿を見せたのだ。
「その通りだ。私はエミやニコルに居場所を与えたいだけだ。彼らを国防に利用するつもりなどないし、使い捨てにする気もない」
「ト、トリスタン伯父様……私はただ、噂をオフェリー様にお伝えしただけなのです。オフェリー様とは仲良くしたいと思っております」
オフェリーに向けていたあの高圧的な態度はどこへやら、マリレーヌは必死に体裁を取り繕っていた。
「マリレーヌ、君はよくエミ達を虐めているな?いつ、反省してやめるのかと見ていたが、オフェリーにまでこんなことを言うようでは、やはり出入り禁止を言い渡すしかないな」
「えっ! 大げさですわ。あんな異能者の子たちを少し虐めたぐらいで……。だって、不気味ですもの。ああいう子達、普通は避けるでしょう?」
「だったら、俺にも二度と近づくなよ」
「ど、どうして、そのようなことを仰るの?」
ダリルは苛立ちを隠そうともせず、吐き捨てる。
「俺も異能者なんだよ」
「嘘、嘘だわ。ダリル様も異能者だったなんて……」
「別に隠していたわけじゃねーよ。聞かれなかったし、お前にわざわざ教えることでもないだろ?」
その声には、はっきりとした嫌悪が滲んでいた。
トリスタンが静かに口を開く。
「正式にルーヴィエ伯爵家に抗議文を送る。マリレーヌは出入り禁止だ、とも書き添えよう」
「えっ! お父様に? やめてください。そんなことされたら、ここには二度と来られないし、社交界でも家でも私の立場がなくなります」
「自業自得だろ? ギラマン公爵家で保護しているエミ達を虐めて、俺の妹を惑わせた。俺はマリレーヌの顔なんて、二度と見たくないね」
バサリと切り捨てるダリル。
その言葉に、周囲の空気が一気に冷えた。
マリレーヌは何かを言い返そうとして、しかし言葉が出てこない。歪んだ表情のまま踵を返し、その場から逃げるように駆け去っていった。
その背を見送りながら、オフェリーは張り詰めていた息をようやく吐き出した。
「ったく、オフェリーもマリレーヌなんかのくだらない戯れ言に動揺してんじゃねーよ! お前はギラマン公爵令嬢なんだぞ。もっと堂々としていろ!」
ダリルはじれったそうに、ため息をついた。
「とりあえず、庭で立ち話もなんだ。サロンに行ってお茶でも飲もうぜ。マリレーヌの胸糞悪い話を聞いたら、喉が乾いちまった」
オフェリーたちはサロンへ向かった。
◆◇
「まさか……マリレーヌの言葉を鵜呑みにしていたのか? いや、ショックだな……私の顔はそんなに悪人顔なのか……」
「あっ……ご、ごめんなさい。だって、いきなり養女にしてくれるなんて、なにか裏があるのかなって。ルード伯父さんには酷い目に遭いましたから。公爵様とは面識もなかったし」
「あの日、ヴィダル伯爵がここへやって来て、オフェリーを買ってくれと言い出したんだ……」
先触れもなく現れ、格上の貴族に娘を買ってほしいなどと言う者はまずいない。
トリスタンは呆気にとられた。
だが、気を失ったまま連れてこられた少女は、痩せ細りボロボロのメイド服を着ていた。
「ギラマン公爵様のコレクションのひとつにしてください。恐ろしい力を持っているんですよ。国防に役立つかもしれません」
噂を信じ込み、コレクションなどと言い出すヴィダル伯爵に、訂正する気も失せた。
妹が平民出身の騎士と駆け落ちしてできた子で、流行り病で両親を亡くし、仕方なく引き取った――そう語る一方で、宝石を盗んだだの、娘を虐めただのと並べ立てる。
だが、その体に浮かぶ痣を見れば、虐められていた側だろうと推察できた。
さらに、力を暴走させ、屋敷を半壊させたとも聞いた。このまま放置すれば、いずれ誰かに悪用される危険もある。
だからトリスタンは、その申し出を受けた。
公爵家の養女として囲い、誰の手にも渡らないようにするために
――トリスタンはそう語った。
「手癖が悪い? 酷い……ヴィダル伯爵家で盗んだものなんて、ひとつもありません。狭くて暗い部屋で寝かされて、毎日メイドのように働かされていました。ルード伯父さんに引き取られるよりも、下町にいた方が、ずっと楽に暮らせていました」
オフェリーは、震える声を押さえながら、トリスタンとダリルに真実を語っていく。
ルードに迎えに来られなければ、定食屋の女将から食事を分けてもらえたこと。
服飾店では針仕事を任され、わずかながらも対価を得ていたこと。
アパートにもそのまま住んでいいと言われており、オフェリーにとっては、引き取られるよりもずっと穏やかに暮らせる環境だったこと。
「……ヴィダル伯爵って奴、許せないな。父上、潰しましょうか?」
「うむ……クズだな。要するに、ただ働きする使用人が欲しくてオフェリーを迎えに来たということか」
“道具として使い捨てされる”――それが大きな誤解だとわかり、オフェリーはほっと息をついた。
安心したと同時に急にお腹が空きだした。
フルーツタルトを乗せた小皿に手を伸ばす。
マナー教師に教わった通りに、縦にそっとフォークを入れた。
口に入れるとフルーツの酸味と生クリームの甘さが溶け合い、思わず頬が緩む。
「おや、オフェリーは、もうそういう食べ方ができるのか」
淡々としたトリスタンの声。
そっけなく聞こえるその声音の奥に、優しさがある。
「おっ、悪くないね」
ダリルは、ほんの少しだけ口角を上げた。
(……なんだか、ここは温かいわ)
それからマリレーヌは姿を見せなくなった。
オフェリーは公爵令嬢として、日々多くの学びを積む。
痩せていた体は少しずつ健康を取り戻し、髪や肌の艶も戻ってきた。
人の言葉に怯えることも減り、屋敷での穏やかな日々が増えていく。
そんな折、トリスタンは異能の力を制御するため、異国から教師を招いた。
数日後、指導が始まり、オフェリーは少しずつ力の制御を掴み始める。
そして、激しい雨が続いたある日。
トリスタンは土砂崩れの危険を案じ、現地視察を決めた。
ダリルも同行すると言う。
その時、オフェリーは思わず「私も行きたい」と口にしていた。
今ではすっかり懐いたエミは、幼い侍女見習いとして常にオフェリーのそばにいる。
そのため、エミも同行することになった。
馬車で向かうこと半刻。
村に着いて、オフェリーとエミが馬車から降りたその時だった。
ゴォォォォォ……!!
腹の底を揺らすような地鳴りが、空気を震わせた。
次の瞬間、山肌が崩れ落ちた。




