01①オフェリー覚醒
「か、母さんは……!ふしだらな女なんかじゃないー!」
オフェリーはサロンで絶叫していた。
「ひっ……やめろ……!」
「きゃぁー。オフェリー、やめなさい!あ、謝るから……お願いだから……落ち着いてよ」
ヴィダル伯爵夫妻が、悲鳴を上げた。
この場には二人の子供、マルグリットとイザックもいる。
屋敷全体が揺れていた。
ヴィダル伯爵家の庭園に植えられたトゲのある植物が狂ったようにうねり、屋敷全体をギュウギュウに締め上げていたのだ。
壁が軋み、イバラが窓を突き破って室内へとなだれ込む。まるで、屋敷そのものが“攻撃されている”ようだ。
「な、なんだこれは……!」
ヴィダル伯爵家当主ルードは、床に這いつくばり、震えながら顔を上げる。
妻のサビーネも怯えながらオフェリーを見つめた。
その視線の先にいたのは、ひとりの少女だった。
手入れのされていないプラチナブロンドの髪は、くすんで白髪にしか見えない。
精巧なビスクドールのように整った顔は怒りに歪み、いつもは穏やかなアクアマリンの瞳は怒りで大きく見開かれていた。
痩せ細った身体がワナワナと震えている。
「か、母さんは……!ふしだらな女なんかじゃない!なんでもかんでも母さんのせいにするなーーっ!」
空気が、歪む。
その瞬間、床に大きな亀裂が入り、ルードとサビーネはその大きな裂け目に滑り落ちそうになりながら、必死に柱にしがみついていた。
マルグリットとイザックはソファにしがみつくも、ソファごと亀裂に嵌まり、必死にもがいている。
「私の母さんは、父さんと二人で必死に働いて、私を育ててくれたの!どれだけ大変でも、いつもニコニコしてた……!優しくて、綺麗で……私の誇りなのよ!
それを……これ以上、悪く言うなぁー!!」
オフェリーが言葉を紡ぐたびに、屋敷が壊れていく。
「や、やめろぉ、オフェリー!お前にこんな力があったなんて……化け物か!? わっ、私の屋敷が……壊れてしまうじゃないか」
いきなり目覚めた不思議な力。
その反動で気を失ったオフェリーは、気づけば豪奢な部屋のベッドに横たわっていた。ふかふかなベッドは柔らかく、見慣れない天井がぼんやりと視界に映る。
「やっと起きたな。今、父上を呼んでくる。おとなしく寝てろよ」
声のした方を見ると、そこにはダークネイビーの髪に、グレーの瞳をした少年が立っていた。
年の頃はオフェリーより少し上に見える。研ぎ澄まされた美貌の少年だった。
黒を基調とした衣装には、繊細な金糸の刺繍が施されている。
仕立ての良さは一目で分かり、その佇まいだけで高位貴族の子息だと知れた。
(いったい、ここはどこ?ルード伯父さんの屋敷じゃないわ……それに、どうしてこんな場所に?)
胸の奥がざわつく。
(……そう言えば、私……ルード伯父さんの屋敷を、壊した?)
途切れ途切れの記憶を手繰り寄せた瞬間、嫌な予感が背筋を走った。
◆◇◆
オフェリーの母は、かつてヴィダル伯爵令嬢だったが、屋敷に仕えていた騎士の一人と駆け落ちした。
二人は貧しかったが確かに愛があり、オフェリーが生まれてからも、慎ましく穏やかな日々を重ねていた。
流行病で両親が亡くなり、身寄りをなくしたオフェリーだったが、服飾店の女店主は「ここにそのまま住んでいい」と言ってくれた。
彼女は母の雇い主であり、オフェリーが住むアパートのオーナーでもあった。
オフェリーはその恩に報いるように、店で針仕事を手伝うようになった。
向かいの定食屋の女将もまた、オフェリーを気にかけてくれた。
「ほら、あんたはまだ子供なんだから、ちゃんと食べな。出世払いでいいよ」
豪快に笑いながら差し出された温かい食事は、ひとりになったオフェリーの心を何度も救った。
寂しさは消えなかったけれど、それでも周りの人々に支えられて、ここでなら何とか生きていける――そう思っていた。
ところがそんなある日のこと。
服飾店で働くオフェリーの前に、ルードが現れた。
初めて会ったにもかかわらず、ルードはいきなりオフェリーを抱きしめる。




