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異世界ギャル『異世界召喚されたのは勇者じゃなくてギャル五人でした ~魔族に荒らされた世界、でもウチらが来たからもう暗いままじゃ終わらせない~』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第71話 湯上がりの一杯、たったそれだけで人の顔がほどける

翌朝のユノハ湯郷は、昨日までと同じように湯煙がやわらかく町を包んでいた。


 けれど、るなたちの目にはもう、そのやわらかさだけでは足りなかった。

 この町の本当のしんどさは、湯の外側にある。

 湯を守る人、迎える人、回す人、比べられる人。

 その全員が、ちゃんと“休み方”を失っている。


 だから今日は、考える日ではなく、試す日だ。


「……来たね」

 るなが宿の玄関を出ながら言った。


「うん」

 みうが頷く。

「実際にやる日」

「たったそれだけで変わるのか検証会」

 ももかが言う。

「言い方」

 えれなが返す。

「でも本質」

 ジェシカが短く言った。


 昨日のうちに、シオンとカヤ、それに数人の宿の者たちへ話は通してある。


 大きな催しではない。

 町じゅうを巻き込むものでもない。

 ただ、


朝のいちばん良い湯を、少しだけ言葉にする

湯上がりの人が、すぐ次へ流されない場所を作る

そこで一杯、甘味、風、座る時間を整える


 たったそれだけだ。


 でも、その“たったそれだけ”が、今のユノハ湯郷には足りていないのではないか。

 それを、今日は形にしてみる。


「……なんか緊張する」

 みうが小さく言った。

「わかる」

 るなが頷く。

「ハイレン村の時とはまた違う」

「向こうは“実りを見ていい”だった」

 えれなが言う。

「今回は“休んでいい”」

「しかも客だけじゃなく、町の側も」

 ジェシカが補足した。

「そこがむずい」

 ももかが言う。

「でも、やる」

「うん」

 るなは少しだけ笑った。

「たぶん今日、でかい」


     ◆


 最初の場所は、共同湯場に近い小さな湯処だった。


 大きな宿の内湯ではない。

 でも、朝の湯がいちばん素直にわかる場所として、シオンが選んだ。


 まだ客は少ない。

 町全体が動き切る前の時間。

 湯気も荒れていない。


 シオンはすでにそこにいた。

 いつも通り無駄のない動きで湯を見ているが、今日は少しだけ緊張が混じっているように見える。


「おはよう」

 るなが声をかける。

「……おはようございます」

「顔、ちょっと固い」

 ももかが言う。

「いつもです」

「今日はいつもより」

「……」

 シオンは返さなかった。

 図星らしい。


「大丈夫?」

 みうがやわらかく聞く。

「何がです」

「今日のこと」

「……」

「一つ言うだけでいいんだよね」

「はい」

「“今日の湯はこういう感じでいい”って」

「……」

「それだけ」

 るなが言う。

「知ってます」

「でも緊張してる」

「……」

「してない」

「してる」

「うるさい」

「やっぱしてる」

 ももかが言う。

「そこまで言わなくていい」

 えれなが返した。


 その時、カヤもやってきた。


 今日は旅館のきっちりした仕事顔より、少しだけやわらかい着物だ。

 それでも立ち居振る舞いは綺麗だが、“完全な接客の顔”ではない。


「おはようございます」

「おはよう」

 るなが返す。

「こっちも、ちょっと緊張してる顔」

「そう見えますか」

 カヤは少しだけ苦笑する。

「見える」

 みうが言う。

「でも、昨日よりいい」

「……」

「今日は“迎える”というより、“整える”ですものね」

「うん」

 るなが頷く。

「湯上がりの人が、少し止まっていい場所」

「はい」

「準備、できた?」

「なんとか」

 カヤが視線を向けた先には、湯場の外に小さな縁台と低い机が置かれていた。

 その上には冷やした飲み物と、小さめの甘味。

 風が抜ける位置で、しかも湯場を出た人が自然に目に入る場所だ。


「……いい」

 ももかが即答する。

「かなり」

「派手じゃない」

 えれなが言う。

「でも、ちゃんと“止まっていい”が見える」

「うん」

 ジェシカも頷いた。

「導線として自然」

「そこ狙った」

 カヤが少しだけ言う。

「え」

 るなが聞く。

「湯上がりで足がまだ少し熱い人が、無理なく視線を落とせる位置に」

「……」

「来たね」

 ももかが言う。

「若女将の本気」

「やめてください」

 カヤは小さく笑ったが、その笑いには昨日までより少し余裕があった。


     ◆


 最初の客は、年配の夫婦だった。


 共同湯場へ入り、しばらくして出てくる。

 頬がほんのり赤く、まだ身体に熱が残っている感じだ。


 いつものユノハ湯郷なら、このまま次の場所へ流れていくのだろう。

 だが今日は、湯場の外に“止まっていい場所”がある。


 夫婦は自然にそちらを見る。


「……あら」

 妻の方が言う。

「ここ、こんなのあったかしら」

「今朝だけ、少し」

 カヤがやわらかく答える。

「湯上がりに、風を受けていただければと」

「へえ」

「冷たい飲み物も少し」

「……」

 夫の方が縁台を見る。

「座っていいのか」

「はい」

「では、少し」


 二人が腰かける。


 その瞬間、るなたちは小さく顔を見合わせた。


「……」

「来た」

 るなが言う。

「うん」

 みうも頷く。

「第一歩」


 カヤは、すぐに何かを勧めすぎない。

 ただ、一呼吸だけ待ってから言う。


「今朝の湯は、朝の冷えが少し残っていたので、身体の芯まで入りやすいと思います」

「そうねえ」

 妻が笑う。

「たしかに、すごくよく温まった」

「今朝は湯がまだ静かですから」

 そこでシオンが、少しだけ硬い声で言った。

 言ったあと、自分で少し驚いたような顔をする。


 夫婦がそちらを見る。


「静か?」

「……はい」

 シオンは一拍置いて続ける。

「朝は、まだ湯の使われ方が荒れていないので」

「……」

「やわらかい当たりになりやすいです」

「へえ」

 夫が言う。

「そういうの、わかるもんなんだな」

「……」

「管理してますから」

 シオンはぶっきらぼうに答える。


 でも、その“管理してますから”のあとに、年配の夫婦は笑った。


「なるほどな」

「だから今日は、なんかすごくよかったのね」

 妻も言う。

「……」

 その言葉に、シオンの目がほんの少しだけ揺れた。


     ◆


 次に来たのは、若い女二人組だった。


 観光客らしく、最初は“足湯の次はどこ行く?”みたいな会話をしていた。

 だが、湯上がりの縁台と甘味が見えると、自然に足が止まる。


「え、なにここ」

「かわいい」

「ちょっと座ろ」

「今だけですか?」

 一人がカヤへ聞く。

「はい」

 カヤが答える。

「湯上がりに、少しだけ」

「いいじゃん」

「飲み物もある」

「え、うれしい」


 二人が座り、冷たい飲み物を口にする。

 その瞬間、表情がふっとほどけた。


「……あ」

 一人が目を閉じる。

「なんか、これめっちゃいい」

「わかる」

 もう一人も笑う。

「お湯出てすぐ歩かされるより、こっちの方が全然いい」

「……」

 るなたちは、その一言を聞いてまた顔を見合わせた。


「来たね」

 ももかが小さく言う。

「うん」

 えれなが頷く。

「かなり本音」

「シンプルだけど強い」

 ジェシカが言った。


「今日は、どこの湯がよかったですか?」

 みうが自然に聞く。

「今のとこ、ここ」

 女の一人が即答する。

「え、ほんと?」

「うん」

「なんか、お湯出たあとに、ちゃんと“休んだ”感じする」

「……」

「それ」

 るなが言う。

「かなり大事」

「え?」

「いや、こっちの話」

「なんか変な人たち」

「合ってる」

 ももかが言う。

「否定しないんだ」

「今さらだし」


 シオンは、そのやり取りを少し離れたところで聞いていた。


 彼の顔は相変わらず大きく変わらない。

 でも、さっきまでより明らかに“聞いてしまっている”顔だ。


 客の感想が、自分の湯の先にある場所で返ってきている。

 それを、今たぶん初めてまともに見ている。


     ◆


 昼近くになるにつれて、同じような反応が少しずつ積み重なった。


「今日の湯、なんかよかった」

「ここで一回座れるの助かる」

「甘いのちょっとあると、すごくちょうどいい」

「次へ急がなくてよくなる感じする」

「これ、他の宿にもあるの?」


 大きな絶賛ではない。

 でも、そのどれもが自然な本音で、しかも今のユノハ湯郷が失っていたものそのものだった。


「……」

 カヤが、小さく息をつく。

「どうした」

 るなが聞く。

「いえ」

「うん」

「思っていたより」

「うん」

「お客様って、ちょっと止まれるだけで、こんなに顔が変わるんですね」

「……」

「来た」

 みうが言う。

「うん」

 るなが頷く。

「今のかなり大事」

「ずっと、“お待たせしないこと”ばかり考えていました」

 カヤは続ける。

「……」

「流れを止めないこと」

「次へ綺麗につなぐこと」

「……」

「でも」

「……」

「止まってもらうこと自体が、休みになるんですね」

「そう」

 えれなが言う。

「この町、それ忘れかけてた」

「……」

「客に急がせないことも、癒やし」

 ジェシカが言った。

「うん」

「しかもそれが、宿の側を少し楽にする可能性もある」

「……」

 カヤは、その言葉に少しだけ黙った。

 たぶん今、自分の中で仕事の形が少しずつずれている。


     ◆


 午後、五人は一度だけシオンを湯場の外へ引っ張り出した。


「少しだけ」

 るなが言う。

「仕事中です」

「知ってる」

「なら」

「三分」

「短い」

「今のシオンさんにはちょうどいい」

「……」

 シオンは不満そうな顔をしながらも、結局出てきた。


 縁台の少し後ろ、湯気の流れが見える位置へ立つ。


「どう?」

 るなが聞く。

「何がです」

「今の流れ」

「……」

 シオンは、湯上がりの客たちを見る。

 座る。

 飲む。

 少し喋る。

 風を受ける。

 それからようやく、次へ立つ。


「……」

「シオンさん?」

 みうがやわらかく呼ぶ。

「……」

「客の顔、違う?」

「……少し」

「うん」

「湯を出たあと、すぐ次へ行く時より」

「うん」

「力が抜けてる」

「……」

「それ」

 るなが言う。

「今までなかった?」

「……」

「なかったわけじゃありません」

 シオンは言う。

「でも」

「うん」

「こんなふうに、最初からそこを作ることはあまり」

「……」

「だよね」

 るなが頷く。

「今までは町全体が“次へ流す”方へ寄ってた」

「……」

「でも」

「……」

「こうやって少し止めるだけで、湯の良さってちゃんと残るんだね」

「……」

 シオンはすぐには答えなかった。


 やがて、とても小さく言った。


「……今日」

「うん」

「なんか、すごくよかった」

「……」

 その言葉を言ったのは、近くの縁台に座っていた旅人の男だった。

「え?」

 るながそちらを見る。

「いや」

 男は少し照れたように笑う。

「湯もよかったけど」

「うん」

「出たあとに、ちゃんと休めたのが」

「……」

「なんか、町の印象まで変わった」

「……」

「来た」

 ももかが言う。

「直球」

「かなり」

 えれなが頷く。

「強い」


 シオンは、その言葉を聞いていた。


 客が“湯がよかった”ではなく、“町の印象まで変わった”と言う。

 それは、湯そのものだけじゃなく、湯上がりの時間まで含めて“良さ”になったということだ。


 つまり、湯守の仕事が、町の休み方にちゃんとつながったということだ。


「……」

「シオンさん」

 るなが言う。

「なんです」

「今の、どう」

「……」

 シオンは湯気の向こうを見る。

 そして、少しだけ目を細めて言った。

「……届く形だと」

「うん」

「こうなるんですね」

「……」

「うん」

 みうが静かに頷く。

「たぶん、そういうこと」

「……」


     ◆


 夕方前、五人は高台へ戻った。


 湯煙の町は今日もきれいだ。

 でも、今の五人にはそのきれいさが“表面だけじゃないかもしれない”と少しだけ思えた。


「……すごかった」

 みうが言う。

「うん」

 るなが頷く。

「たったそれだけで」

「人の顔がほどけた」

 えれなが言う。

「しかも客だけじゃない」

 ジェシカが言った。

「カヤも」

「シオンも」

 ももかが言う。

「そう」

 るなは笑った。

「ここ大きい」

「カヤさんの“止まってもらうこと自体が休みになる”も」

「シオンさんの“届く形だとこうなる”も」

 みうが指を折る。

「かなりでかい」

「うん」

「この町、やっぱり“良い湯”はある」

 えれなが整理する。

「足りなかったのは、“その良さが町全体で休みに変わる形”」

「そう」

 るなが頷いた。

「“湯の見せ場”って、派手な祭りじゃなくても作れる」

「一杯」

「甘味」

「風」

「席」

「ひと言」

 ジェシカが並べる。

「それだけで」

「町が少し深呼吸できる」

 ももかが言う。

「うん」

 みうは湯煙を見ながら、小さく笑った。

「いいね」

「何が」

「深呼吸って言い方」

「うん」

「今のユノハ湯郷にすごく合う」

「たしかに」

 るなも頷く。


 しばらくして、るなが言った。


「次、たぶん来る」

「何が」

「“これならできるかもしれない”」

「うん」

「町の人たちの中で」

「そう」

 えれなが答える。

「たった一回の実演でも、客の顔が変わって、働く側の感覚も変わった」

「なら」

 ジェシカが言う。

「小さく広げる入口になる」

「来たね」

 ももかが言う。

「次、町の空気変わり始めるやつ」

「うん」

 るなは深く頷いた。

「やっと、“休んでいい空気”の入り口」


 風が吹いて、湯煙が少し流れた。


 ユノハ湯郷はまだ、休ませるために消耗している町だ。

 でも今日、その町にたった一杯ぶん、ちゃんと呼吸できる時間が生まれた。


 それはきっと、小さいようでいて、すごく大きな変化だった。

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