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異世界ギャル『異世界召喚されたのは勇者じゃなくてギャル五人でした ~魔族に荒らされた世界、でもウチらが来たからもう暗いままじゃ終わらせない~』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第46話 商都ルクレツィア、小さな見本市開幕

 ルクレツィアの朝は、思っていたより静かに始まった。


 大見本市の復活――そんな大げさなものではない。

 通りを埋めるほどの客が来るわけでもない。

 領主の旗が立つわけでも、鐘が鳴るわけでもない。


 ただ、いつもの朝より少しだけ、人が“見るつもり”で通りへ出ている。


「……始まるね」

 みうが噴水広場の縁に立ちながら、小さく言った。


「うん」

 るなも頷く。

「まだ全然“小さい”けど」

「小さいからいいんだよ」

 えれなが言う。

「今のルクレツィアで、これ以上大きいと逆に潰れる」

「わかる」

 ももかが手を腰に当てる。

「でも、この感じ好き」

「どの感じ」

 るなが聞く。

「町が“何かあるらしい”でちょっとざわついてる感じ」

「それ」

 ジェシカが言った。

「“何かある”だけで、まだ十分」

「うん」

 みうも笑う。

「昨日まで“明日の話”してた町が、今日は“今日を見る町”になってる」


 噴水広場の周囲では、昨夜整えた小さな配置が、そのまま朝の光の中に立っていた。


 《ミエル菓子店》のリゼが作った小箱入りの菓子。

 《青鷺布舗》のニコとダリオが出した、一枚だけ主役になる布。

 ミナたち若手商人の、小さくても目を引く並べ方。

 セルトが最後まで迷って出した香油の瓶。

 フィオの色の札。

 ラウルの奥から出てきた小物たち。


 どれも“ほんの少し”だ。


 でも、それが大事だった。


「……見本市、って言っちゃだめなんだよね」

 ももかが小声で言う。

「今はね」

 えれなが答える。

「昔の見本市と比べられたら終わる」

「でも、気分はそれ」

 るなが笑う。

「“今のルクレツィア版”」

「うん」

 みうが頷いた。

「小さな見本市」


     ◆


 最初の客は、意外とあっさり現れた。


 若い母親と、その後ろをついてくる小さな男の子。

 通りを抜けるだけの足取りだったのが、《ミエル菓子店》の前でぴたりと止まる。


「……あら」

 母親が言う。

「今日は何か違うのね」

「いらっしゃいませ」

 リゼの声は少しだけ緊張していた。でも、昨日までの“仕事顔だけの笑顔”より、明らかに温度がある。

「果実を使った小箱入りの焼き菓子です」

「小箱」

「はい。

 少しだけ贈り物みたいな感じで」

「……かわいい」

 母親が、素直にそう言った。


 るなは、少し離れた場所からそれを見ていた。


 “かわいい”。


 その一言が、どれだけ大きいか。

 ルクレツィアでは、ずっと“安い”“得”“どれだけ持つ”“値は下げられるか”ばかりが先に来ていた。

 そこへ、“かわいい”が戻ってくる。


 それだけで、通りの空気は少し変わる。


「……来た」

 ももかが小さく言う。

「うん」

 るなも答える。

「最初のやつ」

「“得か損か”じゃない感想」

 ジェシカが言った。

「それ、大きい」


 男の子が箱を覗き込む。


「これ、たべていい?」

「今すぐはだめ」

 母親が言いながらも笑う。

「でも一つ買って帰ろうか」

「やった」

 その短いやり取りだけで、リゼの顔が一瞬だけ変わった。


 売れたから、ではない。

 自分の出したものが“見た瞬間に嬉しいもの”として届いたからだ。


「……」

 リゼは一瞬、箱に触れた手をぎゅっと握った。

「リゼちゃん」

 みうがそっと近づく。

「うん」

「今、顔」

「……」

「すごくよかった」

「やめて」

 リゼは少しだけ恥ずかしそうに笑う。

「今それ言われると、緊張して変になる」

「でもほんと」

 みうも笑った。


     ◆


 通りの向こうでは、《青鷺布舗》の前で若い娘二人が足を止めていた。


「この色、前からあった?」

「いや、見てない」

「きれい」

「巻いたらどんな感じだろ」


 ニコが、ぎこちないながらも前へ出る。


「よければ、軽く当てますか」

「え」

 娘たちが少し驚く。

「いいの?」

「はい」

 ニコは頷く。

「少しだけなら」


 その様子を、ダリオが店先の奥から腕を組んで見ていた。


 渋い顔のままだ。

 でも、止めない。


 娘の一人へ布が軽く当てられる。

 朝の光で、藍の奥から薄い朱が浮く。


「わ、すごい」

「ね」

「これ、ただの青じゃない」

「……」

 ニコの目が少しだけ見開く。


 “ただの青じゃない”。


 それは、この布のために一番欲しかった言葉の一つだろう。


「……来たね」

 るなが布通り側を見ながら言う。

「うん」

 えれなが頷く。

「しかも、“安い”じゃない」

「“きれい”で止まってる」

 ももかが言う。

「それが大事」

「見せる勝負」

 ジェシカが言った。

「ちゃんと戻ってる」


 ニコが、ふとこちらを見て小さく笑う。

 その顔は、昨日よりだいぶ前向きだった。


 ダリオはまだ何も言わない。

 でも、客が布に触れ、色の違いを口にするたび、その目が少しずつ変わっていくのがわかる。


 腕は、ずっとあった。

 ただ、前へ出ていなかっただけだ。


     ◆


 噴水広場の周囲でも、変化は少しずつ起きていた。


 ミナの店先では、小物の並びを見ていた女二人が「あっちも見てみよう」と、通りの別の店へ視線を向ける。

 フィオの色札に若い男が「前より見やすいな」と言う。

 セルトの香油の瓶は、最初こそ誰も触れなかったが、しばらくすると一人の客が足を止めた。


「……これ、前からあった?」

 その問いに、セルトは少しだけ間を置く。

「いや」

「新しい?」

「……最近、入れた」

「香り、見てもいいか」

「……どうぞ」


 瓶の蓋が少しだけ開く。

 香りは強すぎない。だが、一瞬だけ風に乗って広がる。


「……あ」

 客が目を細める。

「これ、好きかも」


 その一言で、セルトの表情が固まる。


 たぶん予想していなかったのだ。

 “好きかも”なんて感想を、自分の店先で聞くのを。


「……」

「セルト」

 るなが少しだけ近づく。

「うん」

「今の顔、かなりよかった」

「やめろ」

「でも」

「やめろ」

「はい」

 るなは素直に引いたが、口元は笑っていた。


 広場には、少しずつ人が留まり始めていた。


 大勢ではない。

 でも、“何もない広場”ではなくなっている。


 通りすがりが、一度立ち止まる。

 立ち止まった人が、隣の店先にも目をやる。

 その視線がまた別の店へ流れる。


 るなは、その流れを見て胸の奥がじわっと熱くなった。


 これだ。


 “見る”が戻る。

 “比べる”が戻る。

 “あっちも見たい”が戻る。


 それが商都ルクレツィアの空気を変える最初の動きなんだ。


     ◆


 昼が近づく頃、噴水広場の一角では、町の子どもたちまで少しずつ混ざり始めていた。


 王都やセレストみたいに、最初から大きく笑うわけではない。

 でも、親の後ろから店先を覗き込む。布を見て“どれが好き”と指さす。菓子箱を見て“それなに”と聞く。


 “買い物の町”だったルクレツィアが、“見て楽しい町”へ半歩戻る。


「……子ども、来てる」

 みうが言う。

「うん」

 るなが頷く。

「それ、でかい」

「大人が値段の話しかしない通りって、子どもはすぐ退屈するから」

 ジェシカが言った。

「そうだね」

 みうも頷く。

「でも今は、“見てる時間”がある」

「通りの空気が、ちょっとだけ広がった」

 えれなが言う。

「うん」

 ももかは目を細める。

「商都っぽい」

「商都っぽいって何」

 るなが聞く。

「見て楽しくて、比べて楽しくて、でもちゃんと売りたい感じ」

「……」

「雑だけど合ってる」

 ジェシカが言う。


 その時、少し離れたところで、若い商人同士のこんな会話が聞こえた。


「あっちの店、今日ちょっといいな」

「うん」

「悔しい」

「……わかる」

「でも、うちももう少し出し方変えたい」

「……」


 るなたちは思わず顔を見合わせる。


「……」

「来た」

 るなが言う。

「うん」

 みうも笑う。

「“落ちろ”じゃなくて、“うちもやりたい”」

「それ」

 えれなが言う。

「前向きな勝負」

「戻ってる」

 ジェシカが短く言った。


 ももかが、ちょっと感動した顔になる。


「やば」

「なに」

「普通にうれしい」

「わかる」

 るなが答える。

「めっちゃわかる」


     ◆


 午後に入る頃には、通りの空気は朝より明らかに違っていた。


 見本市というほど大きくはない。

 それでも、“何かが違う日”にはなっている。


 人が止まり、比べ、話す。

 若い商人や職人たちは、自分の店先の反応を見ながら、隣の店の工夫も気にする。

 その視線は、昨日までの“値で負けるな”とは違う。


 “あれ、ちょっといいな”

 “悔しいな”

 “うちももっと工夫したい”


 その感情が、ちゃんと前を向いている。


「……ねえ」

 みうが小さく言う。

「うん」

「今のルクレツィア、悔しいのにちょっと楽しい顔してる」

「……」

 るなは、その言葉を聞いて少し笑った。

「それ、めっちゃいい表現」

「ほんとだ」

 ももかも頷く。

「“悔しいのにちょっと楽しい”って、最高じゃん」

「最高、なの?」

 えれなが聞く。

「最高だよ」

 ももかは真顔だった。

「だって、競争がちゃんと生きてるってことじゃん」

「……」

「ルクレツィアに必要だったの、それだと思う」

 るなが言う。

「仲良しごっこじゃなくて」

「うん」

「“悔しい、でも自分ももっとよくしたい”って思える空気」

「そう」

 ジェシカが言った。

「今まで、それが死んでた」

「うん」

 えれなも頷く。

「競争が全部、削る方へ行ってたから」

「でも今日は違う」

 みうが静かに言う。

「前向き」


 るなは噴水広場の真ん中を見た。


 そこには大舞台もない。

 旗もない。

 司会もいない。

 でも、人が通り、留まり、比べている。


 十分だ。


 今のルクレツィアには、それで十分だった。


「……よし」

 るなが小さく言う。

「なに」

 ももかが聞く。

「これ、いける」

「うん」

 えれなが答える。

「まだ小さいけど」

「でも、ちゃんと始まった」

 みうが言う。

「商都ルクレツィア」

 るなが少しだけ笑う。

「小さな見本市、開幕って感じ」

「見本市って言葉はまだ外で言わない」

 ジェシカが言う。

「わかってる」

「でも気分はそれ」

 ももかが言う。

「うん」

 るなは頷いた。


 華やかだったのに苦しかった町に、

 ほんの少しだけ、“見せるための勝負”が戻り始めている。


 それは大きな歓声ではない。

 でも、ルクレツィアにとっては十分すぎるくらい大きな、確かな一歩だった。

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