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異世界ギャル『異世界召喚されたのは勇者じゃなくてギャル五人でした ~魔族に荒らされた世界、でもウチらが来たからもう暗いままじゃ終わらせない~』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第31話 港町に、声が戻る

昼を過ぎた頃のセレストは、朝とは明らかに違う顔をしていた。


 広場に集まる人の数が、少しずつ増えている。


 大勢が押し寄せる、というほどではない。

 昔の海鳴り祭を知る人間からすれば、きっと「こんなもの」と鼻で笑えるくらいの規模かもしれない。

 でも、今のセレストにとっては十分だった。


 魚を炙る香りに足を止める人がいる。

 子どもたちの絵を見て立ち止まる女がいる。

 港の道具を覗き込む子どもたちの後ろで、無口だった父親が少しだけ口を挟む。

 それぞれがほんの少しずつ、“通るだけ”ではなくなっている。


「……これ、ほんとに広がってる」

 るなが広場の端でぽつりと言った。


「うん」

 みうが隣で頷く。

「朝より、人の流れが変わってる」

「“見に来ただけ”の人が、“ちょっと留まる”に変わってる」

 えれなが冷静に言う。

「それで、留まった人がまた別の人を呼んでる」

「口コミ最強」

 ももかが言う。

「そこ、現代っぽく言わない」

 るなが笑う。

「でもほんとじゃん」

「ほんとだけど」


 ジェシカは少し離れたところから広場全体を見ていた。


「広場が“広場”になってる」

「え」

 みうが聞き返す。

「昨日までは通路」

 ジェシカが言う。

「今は、人が止まる場所」

「……」

「それ、でかい」


 るなは、その言葉を聞いて胸の奥がじんと熱くなる。


 そうだ。

 この場所はずっと“昔は祭りがあった広場”でしかなかった。

 でも今は、“今のセレストで人が集まる場所”に、一瞬だけでも戻っている。


 それだけで、町の景色そのものが少し変わって見えた。


     ◆


 魚市場の台の前では、ザルグが思っていた以上によく喋っていた。


「こっちは朝の便で上がったやつだ」

「こっちは炙ると脂が立つ」

「小さいが味は悪くない」


 昨日までなら、値と量の話ばかりしていた男が、今日は魚そのものの魅力を口にしている。


 その変化を、るなは遠目から見ていた。


「……ザルグさん、顔違わない?」

 ももかが小声で言う。

「うん」

 るなが頷く。

「完全に“売れればいい”顔じゃなくなってる」

「“見てほしい”顔だ」

 ジェシカが言う。

「それ」

 るなが言う。

「それが言いたかった」


 ちょうどその時、町の女が一人、台の前で足を止めた。


「今日はずいぶん前に出してるじゃないか」

「たまにはな」

 ザルグが返す。

「たまにじゃ困るよ」

 女は少し笑う。

「こっちの方が見やすい」

「……そうか」

「うん、そう」


 ほんの短いやり取り。


 でも、その短いやり取りの中に、昨日までのセレストにはなかった温度があった。


「……声、戻ってるね」

 みうが言う。

「うん」

 るなは頷いた。

「魚の声」

「魚の声って何」

 えれなが反射で突っ込む。

「いや、魚そのもののって意味じゃなくて」

「わかるけど雑」

「でも、雑なまま通じるくらいには今の空気いい感じ」

 ももかが言う。

「それは認める」


 宿屋側も同じだった。


 セシリアたちは、最初こそ表情の硬いまま器を運んでいたが、昼が近づくにつれて動きに“仕事のリズム”が戻っていた。

 ただ作業をこなしているのではない。

 足を止めた人を見て、タイミングよく声をかける。

 小さな子に熱い器をそのまま渡しそうになった若い娘へ「ちょっと冷ましてから」と声をかける。

 食べ終わった人がいると、自然に次の器を出す。


 かつて宿屋街が持っていたであろう“迎える動き”の名残が、少しずつ蘇っている。


「セシリアさん」

 みうが近づく。

「大丈夫?」

「大丈夫じゃなきゃ回らないよ」

 セシリアは息を吐く。

「でも」

「でも?」

「忙しい方が、まだマシだね」

「……」

「空いてる部屋見てるより、よっぽど」


 その言葉に、みうは静かに頷いた。


「うん」

「なに」

「忙しい顔の方が、似合う」

 みうが言う。

「……変なこと言うね」

 セシリアはそう返したが、口元は少しだけ緩んでいた。


     ◆


 港の側では、イアンたち若い漁師のところへ子どもたちが集まっていた。


 網を触る。

 浮きを持ってみる。

 船の名前を聞く。

 「どこまで行くの」「朝って暗いの」「魚ってどこにいるの」――質問は尽きない。


 イアンは最初こそぶっきらぼうだったが、子どもに「この網、重い?」と聞かれて、思った以上に丁寧に答えていた。


「それはな、小さいやつだからまだ軽い」

「じゃあ大きいのは?」

「大きいのは一人じゃ無理だ」

「へえ」

「で、引く時にこう――」

 手で形を見せる。


 ケイトがその横で真剣に見ている。

 ノアも少し離れた場所から聞いていて、ルクは浮きの色を指差して「あれ、海の色」と言っていた。


「……」

 るなは、その光景を見て少しだけ言葉を失う。


 昨日まで、海を見ても静かだった子どもたちだ。

 その子たちが今、港の話に前のめりになっている。


 大声ではしゃいではいない。

 でも、目が違う。


 “見てるだけ”の目じゃない。

 “知りたい”の目だ。


「……これ、やばい」

 ももかがぽつりと言う。

「うん」

 るなの声も少し震えていた。

「やばいね」

「ケイトくん、めっちゃ聞いてる」

 みうが言う。

「うん」

「前より顔が全然違う」

「そう」

 ジェシカが短く言う。

「子どもって、空気が変わると戻るの早い」


 その言葉が、るなの胸に刺さる。


 戻るのが早い。

 それはたぶん、子どもたちが“前はこうだった”をまだ身体で覚えているからだ。

 止まっていただけで、完全に失ってはいなかった。


 ノアがふとこちらを見て、少しだけ手を振った。


 るなは思わず笑って、大きく振り返す。


 その横でルクが、さっきまで静かにしていたのが嘘みたいに、ケイトへ何かを言って笑っている。


「……戻ってる」

 みうが小さく呟く。

「うん」

 るなは頷く。

「少しだけ」

「でも、それでいいんだと思う」

 えれなが静かに言う。

「いきなり全部じゃなくて」

「そうだね」

 みうも頷いた。


     ◆


 昼のいちばん明るい時間を過ぎる頃、広場の空気はさらにやわらいだ。


 町の大人たちが、最初よりも長く足を止めるようになった。

 魚を見て、少し食べて、港の方を見て、子どもの絵を見て、それから隣の誰かと一言二言交わす。


 その“一言二言”が、今のセレストではとても大きい。


「ねえ、あれ」

 ももかが広場の反対側を指さす。


 魚市場で値段のことでよく揉めていたらしい中年の魚屋と、宿屋街の若い従業員が、同じ串を見ながら何か話している。

 笑っているわけではない。

 でも、険悪でもない。


 別の場所では、宿屋の女たちがザルグの台の前で「この魚、明日の朝に回せる?」と相談していた。

 昨日までなら、それぞれの持ち場でしか動かなかった人間たちが、“広場”という同じ場所で少しずつ言葉を交わしている。


「……きた」

 るなが小さく言う。

「なにが」

 えれなが聞く。

「町の声」

「……」

「戻ってる」

 るなは広場全体を見る。

「大声じゃないよ。昔みたいに賑やかでもない。

 でも、“必要なことだけ”じゃない声が増えてる」

「それ」

 ジェシカが言う。

「一番大事」

「うん」

 みうも頷く。

「“何これ”“これ好き”“見て”“そうなんだ”みたいな声」

「生活を回すためだけじゃない声」

 えれなが補足する。

「そう」

 るなは嬉しくて、でもどこか泣きそうだった。


 セレストはまだ立て直っていない。

 問題は何も終わっていない。

 魚の流通も、宿の客足も、海路の不安も、そのままだ。


 でも、それでも。


 町に、“必要以外の声”が戻り始めている。


 それはたぶん、港町にとってものすごく大事なことだった。


     ◆


 午後遅く、空が少し赤みを帯び始める頃。


 広場の端でマレーナが腕を組み、静かに全体を見ていた。


 るながそちらへ行くと、女将は視線を広場から外さないまま言った。


「……思ったより、声があるね」

「うん」

 るなも隣に立つ。

「ちょっとずつだけど」

「前みたいな騒がしさじゃない」

「うん」

「でも」

 マレーナは少しだけ息を吐いた。

「死んでない声だ」

「……」

「それが、わかっただけでも大きい」


 るなはその言葉を聞いて、胸の奥がじわっと熱くなった。


 死んでない声。


 それはまさに今日のセレストに戻り始めたものだ。


 港町に必要なのは、派手な奇跡じゃない。

 この町はまだ終わっていない、と人が自分の耳で確かめられるくらいの“声”だったのかもしれない。


「女将さん」

「なに」

「今日、たぶん結構でかい日だよ」

「……」

「昔みたいじゃなくても、町が“町の声”出せた日」

「変な言い方」

 マレーナは言う。

「でも」

「でも?」

「嫌いじゃないね」


 その言葉に、るなは少しだけ笑った。


     ◆


 夕方、広場の片づけが始まっても、空気は朝とはまるで違っていた。


 魚は全部売れたわけじゃない。

 料理も余ったものはある。

 飾りだって、風で何枚か外れた。


 でも、誰も“だから無駄だった”という顔をしていない。


 ザルグは「このくらいなら次も出せるかもしれん」と低く言った。

 セシリアは「宿の若い子たちが久しぶりに笑って働いてた」と呟いた。

 イアンは「甥が“次も見る”って言った」と少しだけ困ったように笑った。


 それぞれの口から出るのは、まだ控えめな言葉ばかりだ。


 でも、それが逆に本物っぽかった。


「……これ」

 ももかが片づけをしながら言う。

「めっちゃ大成功! って叫ぶ感じじゃないけど」

「うん」

 るなが頷く。

「じわっとくるやつ」

「町に、声が戻った感じ」

 みうが小さく言う。

「そう」

 えれなが答える。

「広場だけでも」

「でも、広場だけじゃない」

 ジェシカが言う。

「港も、魚市場も、宿屋街も、全部少しずつつながった」

「うん」

 るなは支柱に残った子どもの絵を見上げる。

「だから、“町に声が戻った”でいいと思う」


 その時、ノアとルクが帰り際にこちらへ走ってきた。


 昨日までなら、こんなふうに自分から走ってくることはなかったはずだ。


「また、やる?」

 ルクが聞く。

「え」

 るなが少し驚く。

「また?」

「うん」

 ルクは真っ直ぐだった。

「きょう、たのしかった」


 その一言で、みうが目を細める。

 ももかは思いきり顔をくしゃっとさせる。

 えれなは少しだけ視線を逸らし、ジェシカは静かに息を吐く。


 るなはしゃがみ込んで、ルクと目線を合わせた。


「うん」

 ゆっくり答える。

「また、やろう」

「ほんと?」

「ほんと」

 隣でノアが、少し恥ずかしそうに笑う。


 その笑顔を見た瞬間、るなは思った。


 ああ。

 これだ。


 魚が売れることも、宿に客が来ることも、町が回ることも大事だ。

 でもその前に、こうして「またやる?」って聞ける顔が戻ること。それが、きっとこの町には必要だった。


 広場の上を夕方の風が吹き抜ける。

 小さな飾りが揺れる。

 海の方から、かすかに船の木が鳴る音がする。


 セレストはまだ暗さを抱えている。

 でも今日、この港町に、たしかに“声”が戻った。


 大きな歓声じゃない。

 昔の祭りのような熱狂でもない。

 それでも、人と人が交わす小さな言葉、笑い、呼びかけ、ためらいの抜けた呼吸――そういうものが、広場から町へ少しずつ戻り始めている。


 それは、今のセレストにとって十分すぎるくらい大きな前進だった。


 るなは夕暮れの海を見ながら、胸の中でそっと呟く。


 港町に、声が戻る。


 その一歩目は、ちゃんと今日、ここで始まった。

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