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異世界ギャル『異世界召喚されたのは勇者じゃなくてギャル五人でした ~魔族に荒らされた世界、でもウチらが来たからもう暗いままじゃ終わらせない~』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第21話 魚はある、でも売れない

セレストで迎えた最初の朝は、潮の匂いで目が覚めた。


 王都の朝は、石と花と静けさの匂いがした。

 レフィア村の朝は、乾いた土と、ぎりぎりで回っている生活の匂いだった。


 でも、この港町の朝は違う。


 塩気。魚。濡れた木。遠くで砕ける波。まだ火にかけられていない鍋の冷えた鉄の匂い。海辺の町でしか混ざらない空気が、宿の窓の隙間からじわじわ入ってくる。


 それだけなら、少しわくわくする朝でもおかしくない。


 なのに、目を開けた瞬間に胸の奥へ来たのは、昨日見た町の“空き方”の方だった。


「……景色いいのに、テンション上がりきらないのなんでだろ」


 るなは天井を見ながら呟いた。


 隣のベッドから、ももかのくぐもった声が返ってくる。


「わかる……。海の町なのに、なんかずっと曇ってる感じ」

「天気は晴れてるのにね」

 みうの声もする。

「うん」

 るなは寝返りを打った。

「町の中だけ、ずっと天気悪いみたいな」


 起き上がって窓を開けると、朝の風がまっすぐ入ってきた。少し冷たくて、でも重くない。王都よりずっと抜けがいい風なのに、見下ろした通りを歩く人たちの足取りは軽くない。


 港町セレストの宿屋街。

 朝だというのに、人の動きに勢いが足りない。


 荷を担ぐ男はいる。水を運ぶ女もいる。宿の前を掃く若い従業員もいる。

 なのに、どこか全員が「今日を始めるために動いてる」というより、「今日も止まらないために動いてる」感じだった。


「……しんど」


 るなが小さく言うと、後ろからえれなの声が飛んだ。


「起きて最初の感想がそれ?」

「だってほんとに」

「まあ、わかるけど」

 えれなも窓の外を一瞥して、小さく息を吐く。

「今日は魚市場だっけ」

「たぶん」

 ジェシカが短く答える。

「昨日、港の空気が一番わかりやすかったから」

「魚あるのに元気ないって、相当だよね」

 ももかが髪をまとめながら言う。

「港町って、もっとこう……朝から“今日も売るぞ!”みたいな感じじゃない?」

「そのイメージはある」

 みうも頷く。

「でも昨日は、匂いだけ元気だった」

「それ」

 るなが指をさす。

「匂いはちゃんと港町なのに、人の顔がついてきてない」


 えれなが身支度を整えながら、現実的な声で言う。


「今日は昨日みたいに、すぐ何かするのはやめとこうね」

「わかってるって」

 るなが言う。

「たぶん」

「“たぶん”をつけるな」

「いやでも、見たらたぶん色々思うし」

「思うのは勝手。すぐ口に出すなってこと」

「難題」

「難題じゃない」


 そのやり取りをしているうちに、部屋の空気が少しだけいつもの五人に戻る。


 重い町ほど、自分たちまで重くなりすぎると動けなくなる。

 たぶん昨日のうちに、その感覚をみんな掴んでいた。


     ◆


 朝食の席に現れた女将マレーナは、昨日と変わらず疲れた顔をしていた。


 ただ、ほんの少しだけ違ったのは、五人を見た時に「面倒な客を見る顔」一色ではなかったことだ。

 困惑と警戒はある。あるけれど、その下にうっすら「こいつら、何を見る気なんだ」という興味が混じっている。


「今日は魚市場を見たいんだけど」

 るなが席に着くなり言う。


 マレーナはパン籠を置きながら眉を上げた。


「朝一番に?」

「朝一が一番わかりそうだから」

「何が」

「町の元気」

 るなが答える。


 マレーナは数秒黙って、それから鼻で笑った。


「そんなもん、見りゃすぐわかるよ。ないんだから」

「うわ、言い切る」

 ももかが呟く。

「でも、知ってる人の“ない”って、外から見た“ない”とちょっと違うじゃん」

 るなが言う。

「だから見たい」


 マレーナは少しだけ目を細めた。


「……変なところで真面目だね」

「よく言われる」

「褒めてないよ」

「知ってる」


 みうが出された温かいスープをひと口飲んで、小さく息をついた。


「おいしい」

「当たり前だ」

 マレーナが言う。

「宿だよ」

「でも、こういうの大事」

 みうが真顔で返す。

「朝、ちゃんとおいしいもの出ると、ちょっとだけ頑張れる」

「……」

 マレーナは何も返さなかったが、ほんの少しだけ表情が和らいだ。


 ジェシカがその様子を見て、小さく言う。


「女将さん、料理はまだ諦めてない」

「何それ」

 ももかが聞く。

「味」

 ジェシカは短く言った。

「疲れてても、そこは落としてない」


 マレーナが腕を組んだ。


「お前たち、ほんとに人の顔と空気と味ばっか見てるんだね」

「あと匂い」

 るなが付け足す。

「そこ追加いる?」

 えれなが言う。


 宿の入口の方から足音がして、ガルドと若い騎士が入ってきた。

 出発の時間らしい。


「準備はいいか」

 ガルドの低い声。

「うん」

 るなが立ち上がる。

「今日は魚市場」

「勝手に決めるな」

「いや見たいって言ったら、たぶんそこだと思って」

「……そこへ行く」

 ガルドが答える。

「ほら」

 るなが少し得意そうに言う。

「それで当たるのやめて」

 えれなが本気で嫌そうな顔をした。


     ◆


 朝の魚市場は、昨日夕方に見た時よりもずっと生々しかった。


 朝日が海の方から斜めに差し込み、濡れた石畳が白く光る。

 船から下ろされたばかりの魚が木箱に並び、冷えた石の上に広げられている。銀色の鱗。赤い腹。青みの残る背。ものとしては、ちゃんと強い。


 匂いもある。

 潮。魚。海藻。濡れた縄。人が働く匂い。


 なのに。


「……やっぱ元気ない」

 るながぽつりと言う。


 市場には人がいる。

 漁師も、魚をさばく女たちも、買いに来る町の者も、卸しの商人らしき男たちもいる。

 でも、全員がどこか“必要最低限”の動きしかしていない。


 大声で客を呼ぶ者はいない。

 「今日のおすすめ」を前へ出す熱も薄い。

 魚を並べる手つきも雑ではないのに、見せ方に勢いがない。


 ももかが通りを見渡しながら言う。


「魚、普通においしそうなのに」

「うん」

 みうが頷く。

「見せ方が暗い」

「暗い、って言い方だと雑だけど、近い」

 えれなが言う。

「全部が“売れればいい”で止まってる感じ」

「“買いたくなる”になってない」

 ジェシカが静かに補足した。


 るなはそれを聞いて、昨日の港の光景と今目の前にある市場を重ねる。


 たしかにそうだ。


 王都の市場は“埋もれていた”。

 でもセレストの魚市場は、“諦めが前に出ている”。


 魚そのものは悪くない。むしろ海の町らしい力がある。

 でも、それを売る側の顔が先に沈んでいる。


 ちょうどその時、近くの店先で中年の漁師らしき男が、若い買い手とやり取りしていた。


「この値じゃ無理だ」

「無理って言われても、こっちだって売り先が減ってんだよ」

「だからって安く叩かれてたまるか」

「叩いてるんじゃねえ、回らねえんだ」


 声は張っていないのに、苛立ちがにじむ。


 えれなが小さく息を吐く。


「売れてないっていうより、“売っても報われない”の方が近いかも」

「それ」

 るなが言う。

「市場の空気って、けっこうそこ出るよね」

「うん」

 みうも真面目な顔になる。

「“頑張ったら返ってくる”って思えてない感じ」

「だから見せ方まで落ちる」

 ジェシカが言った。

「どうせ売れない、どうせ儲からない、どうせ以前ほど回らない」

「うわ」

 ももかが顔をしかめる。

「その“どうせ”が前にあると、マジで何しても沈むやつだ」

「そう」

 ジェシカは短く頷く。


 ガルドは少し離れた位置で市場全体を見ていたが、やがて口を開いた。


「セレストは魚がまったく獲れぬわけではない」

「それは見ればわかる」

 るなが言う。

「普通に並んでるし」

「問題はその先だ」

 ガルドは続ける。

「海路が不安定で遠方へ流しにくい。内陸へ運ぶにも護衛や馬車が要る。干物や塩漬けに回すにも量が読めぬ。結果、獲れても売り切れぬ日が出る」

「……」

「売れ残れば値を下げる。値を下げれば漁師が疲弊する。漁師が疲れれば質も見せ方も落ちる。さらに客が減る」


 るなは聞きながら、胸の中でひっかかっていたものの形がはっきりしていくのを感じた。


「悪循環じゃん」

「そうだ」

 ガルドは即答した。


 みうが魚の並んだ台を見ながら、小さく言う。


「もったいない」

「うん」

 るなも頷く。

「ほんとに」

「魚はある」

 ももかが言う。

「でも売れない」

「そのタイトル回収やめて」

 えれながつっこむ。

「でもまんまだよね」

「まんまだね」


 その時、横の店先で魚をさばいていた年配の女が、五人の会話を聞いていたらしく、ちらりとこちらを見た。


「なら買ってくかい」

 ぶっきらぼうな声。

「え」

 ももかが少し固まる。

「いや、買うのは……」

「買わないなら、そこで“もったいない”なんて言っても腹立つだけだよ」

 女は包丁を止めずに言う。


 るなは一瞬、返す言葉に詰まった。


 たしかにそうだ。

 外から見て“もったいない”と言うのは簡単だ。

 でも、この市場の人間からすれば、それが何になると思うだろう。


 るなが少し真面目な顔になるより先に、みうが小さく頭を下げた。


「ごめんなさい」

 女の手が少しだけ止まる。

「悪く言いたかったんじゃなくて……ほんとに、そう思っただけで」

「思うだけなら誰でもできる」

 女は冷たい声で返す。

「王都の連中は大体そうだ」


 その言い方に、るなは少しだけむっとする。

 でも反射で返す前に、ジェシカが先に言った。


「王都から来たのは本当」

 女がそちらを見る。

「でも、思っただけで終わるつもりもない」

「……」

「まだ何をするか決めてないけど」

 ジェシカは淡々としていた。

「見もしないで分かった顔する気はない」


 女はしばらく五人を見ていたが、やがて小さく鼻を鳴らす。


「変な娘たちだね」

「うん」

 るなが頷く。

「知ってる」

「それ、返しとして便利すぎない?」

 ももかが小声で言う。

「事実だから」

 えれなが返した。


 女は魚を包みながら続ける。


「獲れないわけじゃないんだよ」

「……うん」

 みうが答える。

「見ればわかる」

「昔なら、朝のうちにもっと捌けた」

 女の目は魚ではなく、少し遠くを見ていた。

「昼まで持ち越す量じゃなかった」

「でも今は違う」

 えれなが静かに言う。

「違う」

 女は短く答える。

「買う側も減った。買っても運ぶ先が減った。船が出ても戻りが読めない。そうなると、みんなだんだん声を出さなくなる」

「……」

「張り切ったって、空回りするとしんどいからね」


 るなは、その言葉を聞いて胸の奥に鈍い痛みを覚えた。


 それだ。


 市場の沈み方の正体の一つは。


 元気がないんじゃない。

 元気を出しても返ってこないから、出さなくなっている。


「なるほどね……」

 ももかが珍しく真面目な顔で呟く。

「これは、単純に盛ればいいとかじゃないやつだ」

「盛ればいいとか最初から言ってない」

 えれなが言う。

「でも、言い方としては近いもの考えてたでしょ」

「……ちょっとは」

「でしょ」


 ジェシカが市場全体を見渡す。


「魚の見せ方だけの問題じゃない」

「うん」

 るなも頷く。

「気持ちの見せ方も落ちてる」

「それ、うまいこと言ってるっぽくてだいぶ本質」

 えれなが少し感心したように言う。


 ガルドが一歩前へ出た。


「まずは宿屋街も見る」

「宿屋街?」

 みうが聞き返す。

「港だけじゃないから」

 ガルドは言った。

「魚が売れぬ、旅人が減る、宿が埋まらぬ、商人が来ぬ。セレストは全部が連動している」

「やっぱ町全体が下がってるんだ」

 るなが言う。

「そういうことだ」

 ガルドは短く頷いた。


 るなは市場をもう一度見た。


 魚はある。


 売る場所もある。


 人もいる。


 なのに、売れない。


 そこには単なる不景気とか運の悪さだけじゃない、もっと町全体の“気持ちの止まり”があった。


 そして、その止まりは一つの場所を直せば終わるものでもない。


「……これ」

 るなが小さく言う。

「セレスト、思ったより“でかい問題”かも」

「たぶん最初からそうだよ」

 えれなが返す。

「ただ、今やっと輪郭が見えた」

「うん」

 るなは頷く。

「でも逆に、輪郭が見えたならやりようも探せるかも」

「その前向きさは嫌いじゃない」

 ジェシカが言う。

「今はまだ早いけど」

「うん、今はまだ見よう」

 るなが答えた。


 潮風が強く吹き、魚市場の上を抜けていく。


 海の町の朝は、本来ならもっと騒がしくていいはずだ。


 そのことを知っているような、知らないような顔で、セレストの人々は今日も魚を並べ、値をつけ、売れない魚を見ていた。


 るなはその光景を胸の奥へ刻みながら、次に向かうべき宿屋街の方へ視線を向けた。


 魚はある。

 でも売れない。


 それはこの港町の問題を、そのまま一言で表しているようだった。

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