第1話 勇者召喚のはずが、来たのはギャルでした
空は、何年も前から青さを忘れてしまったようだった。
王都アストレアの夜は、かつて白亜の城壁と水路に映える光の都として知られていたという。だが今、王城の最上階にある高窓から見下ろせる景色は、闇に沈む石造りの街並みと、ところどころに灯る心細い明かりだけだった。城下を囲う防壁の向こう、さらに遠くには、黒々とした焼け跡がまだいくつも残っている。かつて豊かな麦畑だった平原には、灰色の土がむき出しになり、魔族の軍勢が通ったあとの爪痕が、大地そのものをひび割れさせていた。
王は、その景色を見下ろしながら、ゆっくりと息を吐いた。
アストレア王国国王、レオンハルト・アルス・アストレア。五十を越えたその男は、王としての威厳を纏いながらも、ここ数年で一気に老け込んだように見えた。広い肩はまだ鎧に耐えうる重みを持っているが、その背には目に見えぬ疲労が積み重なっている。魔族との戦いは十年を超えた。南の三都市は陥落し、西の穀倉地帯は焼かれ、東の交易路は絶たれた。北方の砦群がいまだ踏みとどまっているのは奇跡に近い。
しかし、最も深刻なのは土地ではなかった。
人だ。
兵は戦い疲れ、民は明日を諦め、貴族は保身に走り、神官は沈黙し、商人は口数を減らした。街にはまだ人がいる。国はまだ崩れていない。だがそれだけだ。生きてはいる。だが、生きようとはしていない。そんな空気が、王都全体を包み込んでいた。
「陛下」
後ろから、静かな声がかかった。
振り返れば、白銀の装飾が施された濃紺の法衣に身を包んだ老神官が、扉のそばで深く頭を垂れていた。大聖堂を預かる大神官ベルナードである。その脇には、宮廷魔導長、騎士団長、宰相が揃っていた。どの顔にも、緊張と疲労が色濃く刻まれている。
「刻限です」
王はしばし答えず、もう一度だけ城下を見た。
灯りは少ない。笑い声は届かない。夜の王都は、昔なら宴の音や楽師の旋律がどこかしらから聞こえたものだ。今は風が石畳を撫でる音しかない。
この国は、まだ滅びてはいない。
だが、このままでは、遠からず死ぬ。
「……分かった」
短くそう返し、王は窓辺を離れた。
長い外套の裾を翻し、重々しい足取りで廊下へと出る。宰相リヒャルトが一歩後ろにつき、騎士団長ガルドがさらにその後ろを守る。宮廷魔導長ソルディスの手には、古代語の刻まれた金属板が抱えられていた。今夜のために、王宮の宝物庫の最奥から持ち出されたものだ。ベルナードは数珠のような祈祷石を指の間で繰り、絶えず小さく何事かを唱えている。
彼らが向かう先は、王城の地下深く。
王家と神殿が共同で封じてきた、古代召喚陣の眠る大聖堂だった。
◆
地下大聖堂は、息を呑むほど広かった。
王城の地下にこれほどの空間があることを知る者は、ごく一部の重臣と神官に限られる。高い天井は闇に溶け、幾本もの白い石柱が円形の広間を支えている。壁面には色褪せた壁画が並び、翼ある人々と異界の戦士が並び立つ古の戦いが描かれていた。床面の中央には巨大な魔法陣。銀と蒼の鉱石を砕いて埋め込んだ線が幾重にも円を描き、その周囲には古代文字と神聖符がびっしりと刻まれている。
その魔法陣を取り囲むように、王国の中枢が集っていた。
大臣たち、神官たち、騎士たち。皆、声を潜めている。誰ひとりとして今夜の儀式を軽く見てはいない。誰もが失敗の恐ろしさを知っている。そして、成功したとして、その先に何が起きるのかも分からない。
魔族による侵攻が始まった頃から、古文書の研究は水面下で続いていた。古代、世界が一度魔に覆われた時、異界より現れた英雄が戦乱を終わらせた――その伝承に賭けるしかなくなったのが、今のアストレアだった。
玉座も王冠も、今夜ばかりは無意味だ。
国を立て直すために必要なのは、威厳ではなく、救いだった。
王はゆっくりと階段を降り、魔法陣の正面に設けられた石段の上へ立った。隣には王妃セレフィーナがいる。白銀の髪を結い上げ、深い青のドレスに身を包んだその人は、静かな湖のような瞳で広間全体を見つめていた。年を重ねてもなお気品を失わず、ただ美しいだけではない凛とした強さを感じさせる。王が苦悩を見せられる数少ない相手でもある。
その少し後ろには王女エリシア。十六になったばかりの姫君は、父と母の緊張を感じ取ってか、緊張した面持ちで胸元の指を組んでいた。淡い金の髪に、控えめな真珠飾り。薄い青のドレスは彼女の慎ましさを映しているようだった。だがその瞳には、怯えだけではないものも宿っている。国を憂う父を、戦い続ける兵を、泣かずに耐える民を見てきた少女の、静かな祈りだ。
王は正面を見据えた。
魔法陣の向こう側で、宮廷魔導長ソルディスが深く一礼する。
「準備は整いました、陛下。これより、古式異界召喚を執り行います」
「……始めよ」
低く、重い声が大聖堂に響く。
その一言を合図に、神官たちが一斉に膝をついた。
詠唱が始まった。
古代語だ。現代では祈祷書にしか残らぬ言葉。その響きは人の言葉というよりも、石や星に染み込んだ記憶を呼び起こす呪いに近かった。幾重もの声が重なり、地下大聖堂の空気が震え始める。白い石柱の表面を青白い光が走り、床に刻まれた紋様がじわじわと明るさを増した。
ソルディスが金属板を掲げる。
「境を越えよ、遠き理の客人よ」
ベルナードが祈祷石を捧げる。
「神々の沈黙の果てに、なお残された祈りを聞き届けたまえ」
王は目を閉じた。
願ったのは、戦う力だった。
剣でも、魔法でもいい。知恵でもいい。誰か、この世界をもう一度前へ進められる存在を。
焼かれた村の子どもたちのために。帰らぬ兵のために。諦めかけた商人のために。祈ることすら忘れた神官のために。何より、王である自分の無力の先に、まだ道があるのだと示してくれる誰かを。
「どうか」
王の唇から、祈りがこぼれた。
「どうか、この世界を救う英雄を」
その瞬間。
魔法陣の中心が、太陽のように爆ぜた。
白い。
とにかく白かった。
広間の誰もが反射的に目を細め、腕で光を遮る。空気が一気に熱を帯び、次の瞬間には風が逆巻いた。高い天井から粉塵が落ち、神官たちの法衣がはためき、燭台の炎がすべて横倒しになる。
成功した。
それは誰もが悟った。
召喚が、成ったのだ。
息を詰める音が重なる。
騎士団長は剣の柄に手を置き、宰相は顔を強張らせ、王女は祈るように両手を組み直す。王妃だけが細く目を開いたまま、光の中心を見つめていた。
やがて、光は収束し始める。
輪郭が、見えた。
人影だ。五つ。いや、五人。
細い足。華奢な身体。揺れる長い髪。ひらりと翻る布。片手を上げている者。しゃがみ込んでいる者。肩を寄せ合うようにして立つ者。
そして。
「ちょっ、まぶし! まぶしっ、やば!」
甲高く、よく通る声が、静寂を真っ二つに割った。
大聖堂全体が、凍りついた。
「え、え、待って待って待って、ここどこ!? 知らん天井なんだけど!」
「は!? なにこれ!? 床、光ってる! 無理無理無理!」
「てかなんでこんな人いんの!? ドッキリ!? いや規模デカすぎん!?」
「ちょっと誰か説明して。えれな、これなに?」
「知らないわよ! むしろこっちが聞きたいんだけど!」
「……夢じゃないっぽいね」
光が完全に引いた。
そこにいたのは――
剣を携えた勇者ではなかった。
白銀の聖女でも、漆黒の賢者でも、鎧を纏った戦士でもない。
まばゆいほど派手な、五人の少女たちだった。
◆
最初に目に飛び込んできたのは、真ん中に立つ少女だった。
明るいハニーブラウンの長い髪を大胆に巻き、胸元で緩く結んだピンクのトップスに、丈の短いデニム。脚はすらりと長く、健康的な明るさがそのまま形になったような笑顔をしている。驚いてはいるのに、その驚き方に怯えより勢いが勝っている。空気を読むより先に自分が空気になるような、そんな存在感の持ち主だ。
その隣で「やばいやばいやばい!」と小動物のように跳ねているのは、小柄で派手に愛らしい少女だった。ピンクベージュのふわふわした髪を高く結び、ネイルもアクセサリーもきらきらしている。目は大きく、表情はころころと変わり、全身で「かわいい」と「うるさい」を同時に体現していた。
一歩引いた位置に立つ、黒髪ベースのセミロングの少女は、明らかにこの五人の中でいちばん「まとも」そうな顔をしていた。整った顔立ちにやや鋭い目元。唇を引き結び、周囲を素早く見回している。驚いているのは同じだが、騒ぎながらも状況を把握しようと必死なのが見て取れた。
少し柔らかな印象の少女もいる。ミルクティー色のふわりとした髪に、色白の肌。目元はたれ気味で、あどけない甘さの残る顔立ちだ。しかし彼女は彼女で、怯えるより先に自分の腕や首元を確かめ、周囲の光の入り方まで気にしているように見えた。
そして最後の一人。
やや褐色の肌に銀がかった長い髪を流した少女は、五人の中でいちばん落ち着いていた。落ち着いているというより、気だるげと言った方が近いかもしれない。大人びた目元で広間を見渡し、状況の異常さを理解しながらも、必要以上に騒がない。だが、そのぶん漂う雰囲気がひときわ異質だった。
全員、年若い。
おそらく、王女とそう変わらぬ年頃。
そして、全員が、あまりにも――
「……娘たち?」
王の口から、ようやく絞り出された第一声は、それだった。
英雄でも勇者でもなく、娘たち。
それ以外に、表現のしようがなかった。
そのひとことに、広間の誰もがようやく現実へ引き戻されたらしい。ざわ……と低いざわめきが広がる。
「な、なんだあれは」
「まさか召喚の失敗では」
「いや、人型ではあるが……」
「異界人、なのか……?」
「王の御前だぞ、あの態度は」
騎士たちの目は警戒と困惑に染まり、大臣たちは露骨に眉をひそめる。神官の何人かは、祈りの姿勢のまま硬直していた。魔導長ソルディスでさえ、珍しく言葉を失っている。
だが、当の召喚された五人はというと。
「え、ちょっと待って、マジで王様っぽい人いる」
「いや王様“っぽい”じゃなくて、たぶん王様じゃない? 服めっちゃ重そうだし」
「ドッキリなら金かかりすぎ。日本じゃ無理」
「日本っていうか、ここ日本じゃないでしょもう」
「てか足元冷たっ。こういう演出いらないんだけど」
がやがやと、よく喋る。
どこまでも、よく喋る。
それが怖れから来る早口なのか、素なのか、王にはまだ判断がつかなかった。だが少なくとも、彼女たちの口から発せられる音は、この数年、王宮で久しく聞かなかった種類のものだった。重苦しさを切り裂く、生っぽい人間の温度。悪く言えば騒音。良く言えば、生命力。
しかし、今それを感傷的に受け止めている場合ではない。
王は一歩、前へ出た。
「静まれ」
ひと声で、広間のざわめきが引く。
少女たちもさすがに反応し、視線を向けてきた。真ん中のハニーブラウンの少女が、ぱちぱちと瞬きをする。黒髪の少女は露骨に身構え、ピンクの少女は「わ、圧」と小さく漏らした。色白の少女は条件反射のように背筋を伸ばし、褐色肌の少女は半歩だけ前へ出る仲間たちの後ろで、王を見据えた。
「余はアストレア王国国王、レオンハルト・アルス・アストレアである」
王の声は、大聖堂の石壁に重く跳ね返る。
「おぬしたちは、古き召喚の儀によってこの地へ招かれた異界の者たち。突然のことで混乱していようが、まずは――」
「いやいやいや」
王の言葉を遮ったのは、真ん中の少女だった。
広間の空気が、再び凍る。
騎士団長のこめかみが引きつり、宰相が小さく息を呑む。王女エリシアは目を見開いた。神官の一人が「不敬」と囁きかけ、王妃セレフィーナだけが、すこしだけ口元を緩めた。
少女は王を見たまま、まっすぐ言った。
「まず順番に説明してもらっていい? こっち、マジで状況わかってないから」
王は、言葉を失った。
この数十年、王に向かってこんな口調で話した者は、酔った老将軍が昔一人いたきりだ。その老将軍はすでに鬼籍に入っている。
だが目の前の少女は、そんな宮廷の常識など一切知らぬのだろう。いや、知っていてもたぶん変わらないのだろうという予感すらあった。
「るな……!」
黒髪の少女が小声でたしなめる。
「いやだってそうじゃん。知らん場所で、知らん人たちに囲まれて、いきなり名乗られても追いつかないって」
「それはそうだけど言い方!」
「でも、えれなの言うことも分かる。説明は欲しい」
「まず安全かどうか知りたいんだけど」
「あと普通に、帰れるかどうかも」
次々に口を挟む少女たち。
誰もが彼女たちの発言に度肝を抜かれていたが、当人たちは当人たちで必死なのだろう。それは王にも分かった。恐怖で黙り込むのではなく、喋ることで平常を保っているのだ。
騎士団長ガルドが一歩前へ出かけた。
「陛下、無礼が過ぎます。まず拘束を――」
「待て」
王が手で制した。
ガルドが不満を押し殺して引き下がる。王は少女たちを見た。五人。全員、衣服も装飾も言葉も、この国のどこにも属していない。だがそれでも、誰一人として他人に寄り添わずには立っていない。互いの距離が近い。知らぬ世界に放り込まれながら、まず仲間を見て、次に周囲を見る。その呼吸が、不思議と整っている。
王は短く息を吐いた。
「……よかろう。説明しよう」
広間に再びざわめきが走る。王自ら歩み寄るとは誰も思わなかったのだろう。だが王にも意地がある。ここで権威を振りかざして押さえつければ、かえって何も進まないと直感した。
ゆっくりと石段を降り、魔法陣のすぐ手前まで近づく。
少女たちは少しだけ身を固くしたが、逃げはしなかった。
「この地はアストレア王国。おぬしたちは異界召喚の儀により、そなたたちの世界からこの地へ呼ばれた」
「……異界、召喚」
黒髪の少女が繰り返す。
「つまり、異世界ってこと?」
「うっわ、ほんとに言うんだ、その単語」
「待って、じゃあゲームとか漫画のアレ?」
「全然うれしくないんだけど今」
ピンクの少女が半泣きになり、色白の少女が眉を寄せる。褐色肌の少女は周囲の武装した騎士や神官を見て、ますます現実味を得たのだろう、小さく「マジか」と呟いた。
王は続けた。
「この世界は今、魔族による侵攻で荒廃している。多くの地が奪われ、民は苦しみ、国は疲弊した。古き伝承に残る“異界の英雄”に望みを託し、余はそなたたちを招いた」
「英雄……?」
色白の少女がぽかんとする。
「ウチらが?」
「いや無理くない?」
「待って、こっち戦えないんだけど」
「るな、あんた体育だけ強いけど剣とか無理でしょ」
「えれなだって無理じゃん!」
「そういう問題じゃない!」
またしても五人の会話が弾ける。だがその中で、真ん中の少女――おそらく“るな”と呼ばれた少女だけは、王の言葉の一部に引っかかっているようだった。
「……その、魔族ってやつに、結構やられてる感じ?」
王は、まっすぐにその瞳を見た。
「結構、では足りぬ」
それだけ言えば十分だった。
大聖堂から聞こえるのは、燭台の火が揺れる音だけになる。
王は静かに言葉を継いだ。
「街は活気を失い、村は飢え、兵は戦い疲れ、民は明日を信じられぬ。余は王でありながら、それを変えきれぬままここまで来た」
その声には、誇りよりも疲労があった。
見栄や飾りではない。長く押し殺してきた本音の重みだ。
少女たちもそれを感じたのだろう。先ほどまで騒いでいた空気が、ほんの少しだけ静まる。ピンクの少女が口をつぐみ、黒髪の少女が目を伏せ、色白の少女は不安げに友人の袖をつまむ。褐色肌の少女は腕を組み直し、るなは王から目を逸らさなかった。
そのとき。
「あなたのお名前を、まず伺ってもよろしいかしら」
柔らかな声が、空気をほどいた。
王妃セレフィーナだった。
彼女は石段から一歩前へ出ると、王の隣ではなく少し斜めに立った。王の威圧を和らげる位置だ。実に王妃らしい立ち方だった。
少女たちはいっせいにそちらを見る。
王妃は微笑んだ。
「急に見知らぬ場所へ来てしまったのですもの。怖くて当然です。けれど、名を知れば、少しは話もしやすくなるでしょう?」
真ん中の少女が、ぱちぱちと目を瞬かせたあと、少しだけ肩の力を抜いた。
「あ、えっと……天城るな」
「姫野ももかです……いや、ですっていうか、はい」
「黒崎えれな」
「白雪みう、です」
「一ノ瀬ジェシカ」
順番に名が告げられる。
王妃は、一人ひとりの顔をきちんと見て、頷いた。
「るなさん、ももかさん、えれなさん、みうさん、ジェシカさん。ようこそ、アストレアへ」
王都が何年も失っていたものが、その一言の中にあった。
歓迎。
それは、この国で久しく聞かれなかった響きだった。
王は、隣に立つ王妃を見た。彼女は相変わらず静かに微笑んでいるだけだ。だが、その視線にははっきりとした興味が宿っていた。未知の異界人だからではない。この五人が運んできた空気に、すでに何かを感じ取っているのだ。
王女エリシアもまた、緊張した表情のまま、じっと五人を見つめていた。とくに、みうの髪飾りや、ももかの指先に施された飾りを、まるで宝物を見るような目で。
それを見ていたのは、王だけではなかった。
るながふと王女に気づき、小さく手を振った。
「……あ、姫っぽい人、めっちゃ見てる」
王女がびくっと肩を揺らす。
「る、るな!」
「だって見てるし」
「今それ言う!?」
ももかとえれなが即座に反応する。みうは困ったように笑い、ジェシカは「距離近いなあ」と呟いた。
だが、王女エリシアは戸惑いながらも、ほんのわずかに目元を和らげた。
その変化は、父である王には見逃せないほど小さく、それでいて確かなものだった。
王は眉間を押さえたくなる衝動をこらえた。
召喚は成功した。
しかし、来たのは想像していた英雄ではない。
明るく、うるさく、遠慮がなく、常識も礼節もどこか危うい五人の少女たち。
それなのに、大聖堂の空気は、彼女たちが現れた時から奇妙に変わっていた。
ざわめき。戸惑い。混乱。苛立ち。驚き。
そして、その下にわずかに混じる、説明しがたい熱。
冷えきっていた場に、突然火花が散ったような感覚だった。
王はそれを良いものだとはまだ思えない。
思えないが――無視もできない。
「……今宵はここまでとする」
王が告げると、広間の空気が再び引き締まった。
「るな、ももか、えれな、みう、ジェシカ。そなたたちは客として王城に迎え入れる。今は混乱していよう。詳しい話は、体勢を整えてから改めて行う」
「え、城?」
「泊まれんの?」
「そこ気にするとこ?」
「いや大事でしょ、寝床」
「……とりあえず、拘束とかじゃないなら助かる」
最後の一言を言ったのはジェシカだった。王はその少女を見た。彼女は気だるげな顔のまま、それでも仲間たちの位置と騎士たちの距離をずっと測っていたのだろう。警戒心は解いていない。
「拘束はせぬ」
王は答えた。
「だが、自由に城外へ出ることも許可できぬ。それは理解せよ」
えれなが小さくうなずく。るなはやや不満そうにしながらも、みうとももかが半ば放心しているのを見て、ひとまず引き下がることにしたらしい。ジェシカは「妥当」とだけ呟いた。
騎士たちが近づいてくる。
一瞬、五人の身体が強張る。だが王妃がすぐに言った。
「怖がらなくていいのよ。案内役です」
その声に、みうが少しほっとしたように息をつく。ももかはまだ「異世界城ってマジ?」と小声で繰り返している。るなは広間をもう一度見回し、えれなはその視線を追い、ジェシカは最後に王を見た。
王もまた、彼女たちを見る。
この五人が本当に希望となるのか。
正直に言えば、分からない。
分からないどころか、不安しかない。
古代の召喚に国の命運を賭け、現れたのが、あまりにも想定外すぎたのだ。重臣たちは反発するだろう。騎士たちも納得しない。神殿の一部はこれを失敗と断じたがるはずだ。何より、本人たちが勇者でも戦士でもない。巻き込まれた異界の娘にすぎない。
なのに。
この広間のどこかに、久しく感じなかったざわめきが残っている。
死にきれず沈んでいた池に、小石が投げ込まれたような波紋。
王は、その正体をまだ認めたくなかった。
だが。
王妃が楽しげに目を細めているのを見て。
王女が名残惜しそうに彼女たちの背を見つめているのを見て。
そして、五人の少女たちが去り際までがやがやと話しながら、それでも決して誰一人として一人にならないのを見て。
王は、胸の内でひどく重たい予感を抱いた。
この者たちは、必ず城をかき回す。
王宮の空気も、王妃も、王女も、兵も、街も。
何もかもを。
そしておそらく、自分の頭痛の種にもなる。
王は誰にも聞こえぬ声で、ひとり呟いた。
「……なんだ、これは」
それは困惑であり、疲労であり、そしてほんのかすかな――
希望の欠片でもあった。
地下大聖堂の燭火が、遅れて小さく揺れた。
勇者召喚のはずだった。
だがこの夜、アストレア王国に現れたのは、剣の英雄ではなく。
明るくて、うるさくて、前向きで、訳の分からない五人のギャルだった。
そしてその出会いが、暗く沈んだ世界の空気を、まだ誰にも見えないところから変え始めていた。




