第16話 この世界、ウチらがちょっと変えてくから
夕方の王城は、昼とも夜とも違う顔をしていた。
高い窓から差し込む光はもう橙を越えて薄い群青へ沈みかけていて、廊下の燭台には早めの火が灯されている。侍女たちは昼よりさらに静かに歩き、遠くで衛兵の交代の声が一度だけ響いて、すぐにまた静けさが戻る。
けれど、るなたち五人の中には、その静けさより少しだけ高い熱が残っていた。
王の前で、本音を言った。
勝手に召喚されたことへの怒りも、帰りたい気持ちも、見てしまったものを放っておけない気持ちも、全部ごまかさずに。
そして王は、それを最後まで聞いた。
まだ全部わかり合ったわけじゃない。信頼しきったわけでもない。けれど少なくとも、言葉を交わした。建前だけじゃなく、自分たちの気持ちを乗せた会話ができた。
そのことが、るなの胸の中でじんわりと効いていた。
「……なんか、変な感じ」
自室へ戻る途中、るながぽつりと言う。
「何が」
ももかが聞き返す。
「スッキリしてるのに、重い」
「わかる」
えれながすぐに頷く。
「王様とちゃんと話せたから変にモヤモヤは減ったけど、そのぶん現実が濃くなった感じ」
「それ」
みうも小さく言う。
「こわさもあるけど、誤魔化せなくなった感じ」
「うん」
ジェシカが短く返した。
「腹決めたぶん、逃げられない感じも増した」
ももかが「うわー」と天井を見上げる。
「それ、言い方やだ」
「でも本当じゃない?」
るなが笑う。
「まあ、そうだけど」
ももかは口を尖らせる。
「でもさあ、あの王様が“聞く”タイプだとは思ってなかった」
「わかる」
みうが頷く。
「もっと、命令だけする人かもって少し思ってた」
「私も」
えれなが言う。
「実際、国王としてはそういうところもあるんだろうけど……」
「でも、今日のあれはちゃんと人として聞いてた」
ジェシカが淡々とまとめる。
「うん」
るなは少しだけ笑った。
「あと、王妃さまと王女さまの影響もでかい」
「それはそう」
ももかが力強く頷く。
「王妃さまがいるとだいぶ違う」
「王女さまも、だいぶ変わったよね」
みうが嬉しそうに言う。
「今日の昼とか、ちゃんと自分の言葉で言えてた」
「それな」
るなが言う。
「髪ちょっと変えただけなのに、あそこまで違うのすごい」
「いや、髪だけじゃなくて気持ちの問題でしょ」
えれなが言う。
「でも、きっかけは髪だった」
「えれな、素直じゃん」
「事実を言っただけ」
「はいはい」
そんな会話をしながら部屋へ戻った五人だったが、その日の夜は長くならなかった。
疲れていたのだ。
身体よりも、たぶん頭と心が。
市場。兵士。レフィア村。子どもたち。王女の一歩。王との会話。
短い間に詰め込まれたものが多すぎた。
それでも、眠る前に五人は自然と同じ部屋へ集まっていた。もともと異世界へ来る前からそうだった。何か大きなことがあった日ほど、一人で寝るよりなんとなく顔を見ていたくなる。
長椅子にだらっと座るももか。床にクッションを持ち込むみう。椅子に足を組んだえれな。窓辺に寄りかかるジェシカ。そして、テーブルに頬杖をつくるるな。
なんとなく静かで、でも気まずくない沈黙が部屋にある。
先にそれを破ったのは、みうだった。
「ねえ」
「ん?」
るなが顔を上げる。
「この世界、ちょっと変わるかな」
その問いは、独り言みたいに軽く見えて、実はとても重かった。
るなは少しだけ考える。
「一気には無理」
「うん」
みうは頷く。
「でも」
るなは続けた。
「ちょっとなら、変わると思う」
「根拠は」
えれなが聞く。
「見たから」
るなが答える。
「市場の人の顔も、兵士さんの顔も、リナたちも、王女さまも、ちょっとずつ変わった」
「……」
「全部大きい変化じゃないよ」
るなは言う。
「でも、ゼロじゃない」
「それは、そう」
えれなも認めた。
ももかがクッションを抱えたまま言う。
「うち、前まで“世界を救う”とか聞いてもピンとこなかった」
「今もピンとは来てないけど」
ジェシカが言う。
「うん、来てない」
ももかは素直に頷いた。
「でも、“笑わなくなった子が笑うようになる”とか、“ずっと疲れてる人がちょっと笑う”とか、そういうの積み重なったら、結果として救ってるのかもって思った」
「……」
「魔王倒すとか、でかい話はまだわかんない。でも、“この空気やだな”を少し変えることなら、うちらにもできるかもしれない」
ジェシカが静かに言う。
「派手じゃないけどね」
「それでいいんじゃない?」
みうが返す。
「派手じゃなくても、あったかい方がいい」
「みう、その言い方ずるい」
るなが笑う。
「でも好き」
えれなが腕を組みながら、少しだけ視線を落とした。
「正直、私はまだ全部信用してるわけじゃない」
全員が彼女を見る。
「王も、この国も、この先の流れも」
「うん」
るなが頷く。
「でも」
えれなは続ける。
「少なくとも、私たちが関わった場所で何かが少し動いたのは事実」
「うん」
「それに、王様もちゃんと“使い捨ての駒”みたいに扱ってるわけじゃない」
「それは今日わかったね」
みうが言う。
「だから」
えれなは少しだけ息を吐く。
「今のところは、関わる価値はあると思ってる」
「えれなにしては前向き」
ももかが言う。
「誰にでも言われる」
「でもうれしい」
るなが笑った。
ジェシカは窓の外を見たまま、ぽつりと呟く。
「“この世界、ちょっと変えてく”くらいでいいんだと思う」
「……」
「最初から“救う”とか“全部背負う”とか言うと、しんどい」
「たしかに」
るなが言う。
「うちらそんなタイプじゃないし」
「うん」
「でも、“ちょっと変える”なら」
ジェシカはそこで振り返る。
「やれるかもしれない」
その言葉に、部屋の空気が少しだけ締まった。
大げさな誓いじゃない。
運命に抗う宣言でもない。
でも、そのくらいの言葉の方が、今の自分たちにはちょうどよかった。
るなは立ち上がった。
「じゃあ、それでいこ」
「それって?」
ももかが聞く。
「この世界」
るなは一人ずつ顔を見る。
「ウチらがちょっと変えてく」
「ちょっと、なんだ」
えれなが言う。
「うん」
るなは笑う。
「だっていきなり全部とか無理だし」
「それはそう」
みうが笑う。
「でも、“ちょっと”が集まったら結構大きいかも」
「それ」
ももかがすぐ乗る。
「市場の時も、村の時も、最初はちょっとだったし」
「で、いつの間にか広がってた」
えれなが続ける。
「王女まで巻き込んでたしね」
「巻き込んだっていうか、勝手に入ってきてくれた感じもある」
るなが言う。
「でも、ああいうの増えたらいいな」
「増えるでしょ」
ジェシカがさらりと言う。
「うちらが動く限り」
「それ、ちょっとかっこいい」
ももかが感心する。
「事実」
「ジェシ最近ずっと名言みたいなの出す」
「最近、じゃない」
「はいはい」
みうがそこでそっと言った。
「じゃあ、次の街も、次の村も」
「うん」
「ちょっとずつ」
「うん」
「明るくできたらいいね」
「する」
るなが即答する。
「できる範囲で」
「無理はしない」
えれなが言う。
「でも見て見ぬふりはしない」
ジェシカが続ける。
「困ってる人いたら、行く」
ももかが言う。
「そして髪と空気と顔色を見る」
みうが真顔で付け足した。
一瞬、全員が黙る。
「最後だけみうの専門」
るなが吹き出す。
「でも大事だから」
みうも笑う。
「顔色はほんと大事だよ」
「わかる」
るなは頷いた。
「兵士さんたちもそうだったし」
「王様も」
ももかが言った瞬間、全員が少しだけ固まって、それから同時に笑った。
「いや、わかるけど」
えれなが笑いながら言う。
「それ本人に言わないでよ」
「言わないよ!」
「るなは言いそう」
ジェシカが言う。
「ちょっと待って、私前提なの!?」
「前提」
「そこは全員で共有認識なんだ」
「うん」
笑いが広がる。
レフィア村のあとに感じていた重さは消えていない。王との会話で感じた責任も、これから先への不安も、そのままだ。
でも、その重さを抱えたままでも、こうして笑える。
そのこと自体が、自分たちらしさなのかもしれなかった。
窓の外では、王城の庭に夜が降り始めている。
遠くで衛兵の交代の声がまた一度だけ響いた。どこかの塔で鐘が鳴り、王都の夜が静かに始まる。
この城の外には、まだ暗い街がある。
重たい空気の市場がある。
笑うことを忘れかけた村がある。
そしてきっと、まだ見ていない場所にも、同じような疲れや停滞や絶望がある。
でも、るなはもう、最初の日のような「なんだこれ」の混乱だけではなかった。
怖い。帰りたい気持ちも消えていない。どうなるかなんて分からない。
それでも、自分たちはここで見たものを、少しずつ変えていけるかもしれない。
その実感が、ようやく自分の中に根を下ろし始めていた。
「……よし」
るなが最後に言う。
「第一章、終了って感じ」
「なに急にメタいこと言ってんの」
えれなが即座に突っ込む。
「いやなんとなく」
「でも、気持ちはわかる」
みうが笑う。
「ここまでで、やっと始まりって感じある」
「それな」
ももかが頷く。
「王都だけじゃなくて、これからいろんなとこ行くんでしょ?」
「たぶんね」
るなが言う。
「なら」
ジェシカが窓から離れた。
「次も、ちょっとずつでいい」
「うん」
るなが頷く。
「この世界、ウチらがちょっと変えてくから」
その言葉は、誰かへ向けた宣言というより、五人で共有する合図のようだった。
大きすぎる使命なんてまだ背負えない。
でも、目の前の空気をひとつ変えることならできるかもしれない。
笑わなくなった子をひとり笑わせること。
沈んだ市場にひとつ声を戻すこと。
王女が“好き”と言えるようになること。
そういう小さなことの積み重ねが、たぶん世界を立て直す最初の一歩になる。
夜の王城の一室で、五人のギャルは笑いながら、でもちゃんと前を向いていた。
第一章の終わりは、そんなふうに静かで、でも確かな熱を持って閉じていく。




