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第13話 王都に戻れば、もう噂になっていた

 レフィア村から王都へ戻る馬車の中、五人はしばらく誰も大きな声を出せなかった。


 昨日までなら、ももかが最初に「ねえ聞いて聞いて」と何かしら喋り出し、るながそれに乗って、えれながツッコミ、みうが補足して、ジェシカが最後に一言刺す――そんな流れが自然に回っていたはずだ。


 でも、今日は違う。


 村の空気がまだ身体のどこかに残っている。


 張りつめた静けさ。子どもたちの固い顔。大人同士のぶつかる声。そこから少しだけ戻ってきた笑い。


 全部が混ざって、胸の内側でまだ落ち着いていない。


 馬車の窓から見える空は、夕暮れが終わって群青へ変わり始めていた。田畑の輪郭は薄くなり、遠くの林は黒い塊のように見える。車輪のきしむ音だけが、一定のリズムで続いていた。


「……なんか」

 最初に口を開いたのは、意外にもももかだった。

「楽しかった、って言っていいのか迷う」


 その一言に、全員の視線が少しだけ彼女へ向く。


「わかる」

 るながすぐ答える。

「楽しかっただけでは絶対ない」

「うん」

 みうも頷いた。

「でも、最後の広場は、ちょっと嬉しかった」

「それも、わかる」

 えれなが低く言う。

「軽く言いたくないけど、手応えはあった」

「手応え」

 ももかがその言葉を繰り返す。

「うん、たしかにそれ」

「最初から全部なんとかなる感じじゃなかった」

 ジェシカが窓の外を見たまま言う。

「むしろ全然ならない」

「やめて、現実」

 ももかが顔をしかめる。

「でも本当じゃん」

 るなが言う。

「水も足りないし、食べ物も足りないし、人の余裕も足りない」

「そう」

 ジェシカは短く返した。

「だから、今日の“ちょっと息つけた”は軽くない」

「……うん」


 るなは膝の上に置いた板切れを見る。


 リナが最後に渡してくれた、五人の絵だ。線はぎこちないし、髪の色なんて当然再現できていないし、体のバランスもおかしい。なのに、誰が誰か妙に分かる。ももかの盛れた感じも、みうのふわっと感も、ジェシカのすかした雰囲気も、えれなのきっちり感も、るなの「なんか前にいる感じ」も全部ざっくり入っていた。


「……宝物じゃん、これ」

 みうがしみじみ言う。

「でしょ」

 るなが少しだけ胸を張る。

「私が持ってるけど」

「まだ言う」

 ももかがむくれる。

「うちも欲しかった」

「また描いてもらえば」

 えれなが言う。

「また行く前提?」

 ももかが目を丸くする。

「行くでしょ、たぶん」

 えれなは現実的だった。

「王様たちが今日の話を聞いて、“はい一回で終わりです”にはならない」

「それは……そうかも」

 みうが小さく息を吐く。

「でも、リナたちどうなったかな」

「たぶん今頃、話し合い始まってる」

 ジェシカが言う。

「うまくいくかな」

 ももかの問いに、少しだけ沈黙が落ちた。


 るなはそこで、正直に言うしかないと思った。


「わかんない」

「うん」

 えれなが頷く。

「わからない。今日のあれで全部まるく収まるほど簡単じゃない」

「でも」

 みうが続ける。

「少なくとも、最悪の流れは一回止まった」

「そうだね」

 るなが返す。

「そこは、信じたい」


 馬車の前方から、ガルドの低い声が聞こえた。


「まもなく王都だ」


 その一言で、五人の空気が少しだけ切り替わる。


 村から城へ戻る。


 広場の土の匂いから、石造りの王都へ。


 そして、報告が待っている。


「……また王様胃痛かな」

 ももかがぽつりと言う。

「たぶん」

 るなが即答する。

「今度は市場の件に加えて村までだから」

「ガルドさんがどう報告するかにもよる」

 えれなが言う。

「たぶん、事実だけ言うでしょ」

「それが一番怖い」

 ももかが真顔になる。

「“異界の娘たち、村で小さな祭りを開催”とか言われたら終わる」

「終わりではない」

 前からガルドの声。

「聞こえてんじゃん!」

「聞こえる位置で喋るな」

「いや聞こえるでしょ、馬車だし」

「なら喋るな」

「横暴」


 久々のいつものテンポに、少しだけ笑いが戻る。


 その笑いを乗せたまま、馬車は王都の城門をくぐった。


     ◆


 王都へ戻って最初にるなたちが感じたのは、「視線が増えてる」だった。


 城門を抜け、王城へ向かう途中の大通り。行き交う人の数はレフィア村よりずっと多い。商人、運び手、兵士、子どもを連れた女、杖をついた老人。王都の空気は相変わらず重い。市場の時と同じで、明るいとはとても言えない。けれど、その中に今日は一つ、はっきり違うものがあった。


 見られている。


「……ねえ」

 みうが小さく言う。

「なんか、見る人増えてない?」

「増えてる」

 ジェシカが即答する。

「しかも“あれがそうか”の目」

「え、なに」

 ももかがきょろきょろする。

「うちら、もう噂になってる?」

「なってるんじゃない?」

 るなが肩をすくめる。

「市場であんだけやったし」

「“あんだけ”で済ませるの?」

 えれなが呆れる。


 道の端で果物を売っていた女店主が、るなたちを見てひそひそ何か言っている。その隣の男もこちらを見る。兵士が一人、気づいたように顔を上げる。


 王都の人々はあからさまに指をさしたりはしない。けれど視線の向け方で分かる。珍しいものを見る目ではない。「聞いていたものを実際に見た」という目だ。


「やだ、なんか有名人感」

 ももかが半分浮かれ、半分引いている声を出す。

「やだじゃなくて、普通に目立ってるだけでしょ」

 えれなが言う。

「でも、昨日より露骨」

「市場の件、城の外にも漏れたのかも」

 みうが言う。

「あと兵士さんたち」

 るなが思い出す。

「カイルたちが詰所で話したら、そっちから広がっててもおかしくない」

「“顔死んでるって言われた”が?」

 ももかが言う。

「最悪の広まり方」

「やめて」

 えれなが本気で顔をしかめる。


 そこへ、通りの向こうから聞き覚えのある声がした。


「おい」

 振り向くと、そこにいたのはカイルだった。


 今日も警備任務中らしく槍を持っている。だが昨日より少しだけ顔がましだ。隈はまだあるが、目にわずかな光が戻っている。


「あ」

 るなが反応する。

「カイル」

「普通に呼ぶな」

 えれながすぐ小声で言う。

「だって名前聞いたし」

「そうだけど」


 カイルは周囲の目を少し気にしたように近づいてきて、低い声で言った。


「お前ら、もう城下で噂だぞ」

「やっぱり!?」

 ももかが前のめりになる。

「何て?」

「“王城から来た派手な娘たちが市場をかき回した”」

「かき回した」

 るなが繰り返す。

「間違ってはない?」

 ジェシカが冷静に言う。

「いやでも、もうちょい言い方」

 みうが困ったように言う。

「兵たちの間では“疲れた顔に文句つけてきた娘たち”でもある」

 カイルが続ける。

「だから最悪の広まり方って言ったじゃん!」

 ももかがるなを見る。

「うわ、ほんとに」

「でも」

 カイルは口元を少しだけ上げた。

「笑ったって話も一緒に回ってる」

「え」

 るなが目を丸くする。

「笑った?」

「兵がだよ。お前らと話して、少し顔が戻ったってな」

「……」


 その言葉に、るなは少しだけ胸の奥が熱くなった。


 あの時、その場限りの変化かもしれないと思った。


 でも、ちゃんと残っていたのだ。


「だから、変な噂だけじゃない」

 カイルは肩をすくめる。

「“あの連中、なんかわからんが空気変えるぞ”ってな」

「うわ」

 ももかが半笑いになる。

「それ褒められてる?」

「半分くらい」

「最近“半分くらい”多いね」

 みうが言う。


 そこへ、別方向から女の子の声がした。


「ねえ、おかあさん、あれ?」

 小さな子が、母親の手を引いてこちらを見ている。

「市場の……」

「しっ」

 母親はたしなめたが、その顔に嫌悪はない。むしろ、どこか戸惑い混じりの興味だ。


 市場の件が、思っていた以上に広がっている。


 そしてそれはただ「騒がしい異界人がいた」というだけではなく、何かしら小さな変化として受け取られてもいるらしい。


 カイルが最後に言う。


「団長と王への報告、頑張れよ」

「うわ、他人事」

 るなが言う。

「他人事だからな」

 カイルは笑う。

「あと、南区じゃパン屋のおっさんが今日は少し声張ってたぞ」

「ほんと?」

「ほんとだ。布屋のおばさんも赤布前に出してた」

「……」


 るなたちは一瞬、言葉を失った。


 たった一日のことだ。全部元に戻っていてもおかしくないと思っていた。なのに、続いていた。


 小さくても、変化は一回きりで終わっていなかった。


「じゃあな」

 カイルはそれだけ言って持ち場へ戻っていった。


 五人はその背中を見送りながら、しばらく黙る。


「……じわる」

 ももかがぽつりと言う。

「うん」

 るなが頷く。

「なんか、じわっとくる」

「ちゃんと残ってたんだね」

 みうが静かに言う。

「市場の空気」

「ちょっとだけ、だけど」

 えれなも認める。

「でも、それって十分大きい」

「王都、もしかして思ったより“変わりたがってる”のかも」

 ジェシカが言った。


 その一言が、るなの胸に残った。


 暗くて、重くて、沈んでる。


 でも、だからこそ少しの変化にみんな敏いのかもしれない。


     ◆


 王城へ戻ると、今度は城の中ですら空気が昨日と少し違っていた。


 廊下を歩く侍女や侍従が、明らかにこちらを意識している。目が合うとすぐ逸らす者もいれば、逆に「見てはいけないものを見てしまった」みたいに硬直する者もいる。


「うわ、城の中でもだ」

 ももかが小声で言う。

「広がるの早」

「こういうのって早いからね……」

 みうが少し肩をすくめる。

「しかも話が盛られる」

 えれなが冷静に言う。

「市場改善が“異界の娘たちが商人を従えた”くらいになっててもおかしくない」

「それもう反乱」

 るなが真顔で返す。


 案内された控えの間には、昨日より明らかに人が多かった。


 宰相リヒャルトの他に、年配の貴族が二人、文官が数人、神官らしき男までいる。情報を聞きたがっている顔、あるいは警戒している顔。好意的とは言い難いが、無関心ではいられなくなったことだけは分かる。


 るなが小さく息を吐いた。


「……来たね」

「来たねじゃない」

 えれなが言う。

「これ完全に、“なんか問題ある連中”を見る数だよ」

「いやでも問題は起こしてるし」

「るな、自覚あるの最悪」


 その時、向こうの扉が開いた。


 王レオンハルト、王妃セレフィーナ、そして王女エリシアが入ってくる。王女がまた同席していることに、るなは少しだけ安心した。エリシアもこちらを見るなり、ほんの少しだけ表情を和らげる。


 全員が席についたあと、王は五人を見る。


「戻ったか」

「はい」

 るなが返す。

「レフィア村の視察、終わりました」

「……終わった、で済むものでもあるまい」

 王の声には重さがあった。

「聞かせよ」


 その一言で、部屋の空気がまた張る。


 るなはリナにもらった板切れを抱えたまま、一瞬だけ迷った。どこから話すべきか。


 だが、先に口を開いたのはえれなだった。


「村は、王都より状況が深刻でした」

 落ち着いた声。

「物資不足そのものより、“誰に回すか”の不信が広がっていて、人の間に線が引かれ始めています」

「うむ」

 王が頷く。

「水の分配と備蓄をめぐって、村人と避難民の間で口論が起きていました」

 ガルドが補足する。

「我々が到着した後も」

 年配の貴族が眉をひそめた。


「つまり、秩序が崩れ始めていると?」

「崩れかけ、ですね」

 ジェシカが静かに言う。

「完全にはまだ」

「“まだ”か」

 リヒャルトが低く繰り返す。


 みうが、少しだけ身を乗り出した。


「でも」

 その声に、みんながそちらを見る。

「子どもたちが、すごく静かで」

「子ども?」

 王妃がやわらかく反応する。

「はい。大人がぴりぴりしてるのを見て、騒がないようにしてる感じでした」

「……」

「リナっていう女の子と、ユトくんっていう子がいて」

 みうは少し迷いながらも続けた。

「最初、全然笑わなかったんです」

「……」

「でも、地面に絵を描いたり、少し話したりしたら、ちょっとだけ笑ってくれて」

「それだけでなく」

 ガルドが低く言う。

「村内の大人たちも、その様子を見て態度を和らげた」

「どういうことだ」

 神官風の男が怪訝そうに問う。


 るながそこで口を挟む。


「大人が怒鳴り合ってるの、子どもが全部見てたんです」

 部屋の中が少し静まる。

「で、ももかが“子どもたちめっちゃ見てるから”って言って」

「そこ、私?」

 ももかが小さく自分を指さす。

「いや、大事なとこだったから」

 るなが答えた。

「その一言で、大人たちがちょっと止まった」

「……」

「たぶん、余裕なさすぎて、子どもの前でやってる自覚すら薄くなってたんだと思う」

「なるほど」

 王妃が静かに言った。


 王は腕を組んで考え込む。


「それで、村で“祭り”をしたと聞いたが」

「ちっちゃいやつです!」

 ももかが即座に言う。

「祭りっていうか、ほんとにちっちゃい息抜きっていうか」

「その説明はわかりにくい」

 えれなが言う。

「飾りつけと、子どもたちの絵を広場に出して、少しだけ歌と、ちょっとした乾燥果実を分けた程度です」

「物資の浪費にはならぬよう、範囲はかなり絞った」

 ガルドが付け足す。

「村長了承の上で」

「村長が?」

 リヒャルトが怪訝そうな顔をする。

「はい」

 えれなが頷く。

「話し合いに入る前に、一度場の空気を切り替えた方がいいと判断しました」

「空気、空気と……」

 年配の貴族が少し苛立ったように言う。

「そんな曖昧なもので村が立て直せると?」


 その言い方に、ももかがむっとした顔をする。るなも内心むかっときたが、先に答えたのはジェシカだった。


「立て直るなんて言ってない」

 静かな声だったが、部屋が少し冷える。

「ただ、壊れる流れは一回止まった」

「……」

「今の村に必要だったのは、答えそのものじゃなくて、答えを話せる空気」

 ジェシカは貴族ではなく王を見る。

「それがないと、何決めても次でまた揉める」


 王はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「続けよ」


 るなは、膝の上の板切れを見た。


「で、最後にこれもらいました」

 そう言って差し出す。


 全員の視線が板へ集まる。


 部屋の空気が、一瞬だけ変わった。


「……なんだ、これは」

 王が低く言う。

「うちらの絵」

 るなが答える。

「村の女の子が描いてくれた」

「え」

 王女エリシアが小さく声を漏らす。

「見てもよろしいですか」

「もちろん」

 るなが渡すと、エリシアは大事そうに受け取った。


 王女は絵を見て、少しの間言葉をなくす。そして、ほんの少しだけ笑った。


「……へんです」

「でしょ」

 ももかが言う。

「でも、かわいい」

 エリシアが続ける。


 その言葉に、みうが小さく頷いた。


「うん。かわいいです」

「その子、最初全然笑わなかったんです」

 るなが静かに言う。

「でも、最後はこれ持ってきてくれた」

「……」

「だから、全部どうにかなったわけじゃない。でも、何も変わってないわけでもないと思う」


 王は娘の手の中の板切れを見る。


 そこには拙い線で描かれた五人の姿。子どもの目から見た世界だ。乱暴で、不格好で、でもたしかに温度がある。


 王妃がその絵を覗き込み、穏やかに微笑んだ。


「素敵ね」

「お母さま」

 エリシアが少しだけ嬉しそうに言う。

「ええ、本当に。少なくとも、その子には確かに何かが残ったのでしょう」


 その言葉に、部屋の空気がまた少し変わる。


 年配の貴族はまだ納得しきれていない顔だが、完全には否定できないらしい。文官たちは、板切れの絵を見ながら何かを考え込んでいる。神官も言葉を選びかねて黙っていた。


 王がゆっくりと息を吐く。


「……王都へ戻る前より、噂が広がっている」

「やっぱり」

 ももかが小さく言う。

「市場の件、兵の件、そして今の件も、いずれ広まるだろう」

 王は視線を上げる。

「おぬしたちを歓迎する者もいれば、面白がる者もいる。だが当然、反発する者も出る」

「反発」

 えれなが繰り返す。


 リヒャルトがそこで口を開いた。


「既に一部の貴族の間では、“異界の娘たちに不用意に権限を与えすぎている”という声が上がっております」

「権限なんて与えられてないですけど」

 るなが言う。

「勝手に動いただけだし」

「それが問題なのです」

 リヒャルトが冷たく返す。

「勝手に動き、勝手に人心を動かし、勝手に名が広まる。保守的な者からすれば、脅威にも見える」

「うわ、めんど」

 ももかが本音を漏らす。

「ももか」

「だってそうじゃん!」


 王はそのやりとりを制さず、低く言った。


「当然だ」

 全員が王を見る。

「この城もこの国も、長く停滞している。停滞に慣れた者は、変化を嫌う」

「……」

「たとえそれが良い変化であっても、だ」


 その言葉に、るなは少しだけ納得してしまった。


 市場もそうだった。村もそうだった。苦しいのに、その苦しさの形に慣れてしまって、変えるのが怖くなる。城の中もたぶん同じなのだ。


 王妃がそこで静かに言う。


「けれど、変わり始めたものもございます」

 王妃は王女を見る。

「たとえば、エリシアが今日は最初からこの報告を聞きたいと申しました」

 エリシアが少し驚く。

「お母さま」

「事実でしょう」

 王妃は微笑む。

「昨日までなら、きっと黙ってお聞きになっていた」

「……はい」

 王女は小さく認めた。

「でも今日は、聞きたいと思いました」

「よろしい」

 王が娘を見る。

「お前自身がそう言えるようになったのなら」


 王女エリシアは、絵の板切れを抱えながら五人を見た。


「皆さまが来てから、城の中でも話題が増えました」

「話題」

 みうが少し不思議そうに言う。

「良いことですか」

「戸惑っている方も多いです」

 エリシアは正直に言う。

「でも……以前より、皆が“何かが変わるかもしれない”と考えている気がします」

「……」

「それは、怖いことでもありますが、悪いことだけではないと思います」


 その言葉に、るなは少しだけ息を呑んだ。


 王女自身が、昨日までよりずっと自分の考えを言葉にしている。


 それを見て、王妃が満足そうに目を細める。


 王はその様子を見て、また一つ長く息を吐いた。


「……本当に」

 低い独り言のようだった。

「来てから数日で、いったいどこまでかき回せば気が済むのだ」


 それは怒っているのに近い声音のはずなのに、不思議と完全な否定には聞こえなかった。


 るなは少しだけ笑ってしまう。


「いや、うちらもそこまで予定してたわけじゃ」

「予定していた方がまだ対策できる」

 王が即座に返す。

「え、ひど」

「ひどくはない」

「でも正論」

 えれながぼそっと言う。


 部屋の中に、少しだけ笑いに近いものが広がる。


 それが完全な和やかさではないのはわかっている。反発はこれからもっと増えるだろう。宮廷の中にも、貴族の中にも、明確にこちらをよく思わない人間が出てくる。


 でも、それと同時に、確かに変わり始めているものもある。


 兵士。商人。村人。子ども。王女。


 そしてたぶん、王自身も。


 王は最後に言った。


「本日の報告は以上とする。おぬしたちは休め」

「はい」

 るなが返事をする。

「ただし」

 王が続ける。

「今後、おぬしたちがどこへ出るにせよ、城内外の目はこれまで以上に厳しくなると思え」

「……」

「面白半分で見られることもあろう。脅威として見られることもあろう。利用価値を量る者も出る」

「うわー……」

 ももかが本気で嫌そうな声を出す。

「やだ、それ」

「避けられぬ」

 王はきっぱり言う。

「だが、そうなった以上、余も見て見ぬふりはせん」

 その一言が、るなには少しだけ意外だった。


 王妃ではなく、王自身がそう言う。


「保守派の声は無視できぬ。しかし、おぬしたちが実際に動かしたものもまた無視できぬ」

「……はい」

 えれながしっかり返す。


 部屋を出る時、エリシアがそっと板切れを返してきた。


「大切になさってください」

「うん」

 るなが受け取る。

「大事にする」

「また、見せてください」

「何を?」

「皆さまが、変えたものを」

 その言葉に、るなは少しだけ笑った。

「うん。たぶんまた増える」

「たぶん、じゃなくて絶対増えるでしょ」

 ももかが横から言う。

「そこ、今は黙ってなさい」

 えれなが小声で止める。

「でもほんとじゃん」

「ほんとでも!」


 そのやりとりに、エリシアがまた少しだけ笑う。


 その笑顔を見て、るなは思う。


 王都に戻れば、もう噂になっていた。


 良い噂も、悪い噂も、半端な噂も。


 でも、それはたぶん、何も動いていない時には起こらないことだ。


 変わり始めたからこそ、ざわつく。


 ざわつくからこそ、次の波も来る。


 るなは板切れを胸に抱えながら、静かな王城の廊下を歩いた。


 暗く沈んだ世界は、まだ全然明るくなんかなっていない。


 けれど、動いたものがたしかにある。


 その実感が、小さく、でも確かに次の一歩を呼んでいた。

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