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第12話 小さな祭り、最初の成功

 怒鳴り声が止んだあと、レフィア村には妙な静けさが落ちていた。


 それは最初にこの村へ着いた時の、張りつめて息を潜めるような静けさとは少し違う。まだ重い。まだ不安も苛立ちも残っている。けれど、さっきまで広場を覆っていた「次に誰が爆発するかわからない空気」が、ほんの少しだけ引いていた。


 るなは、その変化を肌で感じていた。


 大人たちはまだ険しい顔をしている。村長も避難民たちも、疲れたままだ。問題が解決したわけじゃない。水も備蓄も足りないし、話し合いだってこれからだ。


 でも、少なくとも、今この瞬間は誰も怒鳴っていない。


 それだけで、子どもたちの顔も少しだけ変わっていた。


「……今ならいけるかも」

 ももかが小声で言う。

「なにが」

 えれなが聞き返す。

「子どもたち」

「うん」

 みうも頷いた。

「さっきより見てる」


 たしかに、広場の端でこちらを見ている子どもたちの目つきが少し違う。まだ警戒はある。でも、さっきより“逃げる準備”が薄い。


 るなは一度、深く息を吐いた。


「じゃ、行こ」

「うん」

 ももかが即答する。

「今度は静かにね」

 えれなが念押しする。

「わかってるって」

「さっきもそれ言ってた」

「今回はほんとに」


 ジェシカが肩をすくめた。


「まあ、ももかが声量やらかしたら、うちらで下げればいい」

「なんで私だけ前提!?」

「前科があるから」

「るなもあるでしょ!」

「ある」

 るながあっさり認めると、ももかが「そこは否定してよ」と不満そうな顔をした。


 そんなやり取りをしているうちに、少しだけ肩の力が抜ける。


 そのまま五人は、広場の端にいる子どもたちの方へ向かった。


     ◆


 リナとユト、それから近くにいた三人の子どもたちは、五人が近づくとすぐに逃げはしなかった。


 ただ、様子を見ている。


 その距離感が、昨日までの王女エリシアと少し似ていて、るなはなんとなく苦笑しそうになった。違うのは、あちらは城の中で育った緊張で、こちらは余裕のなさから来る警戒だということだ。


「……ねえ」

 ももかが、今日はちゃんと声を抑えて話しかける。

「ずっと黙ってるの疲れない?」

「ももか、それ一発目に聞く?」

 えれなが小さく言う。

「いや、でも気になるし」


 子どもたちは返事をしない。


 みうが、るなの隣でしゃがみ込みながら、地面を指さした。


「なんか描く?」

「え」

 るなが見る。

「棒で」

 みうはその辺に落ちていた細い枝を拾い上げる。

「こういうのなら、あんまり構えなくていいかなって」


 その発想はやっぱりみうらしい。押しつけず、遊びと会話の中間から入る感じだ。


 みうは地面のやわらかい土の上に、さらさらと丸を描いた。


「……花」

 小さく言う。


 それを見ていたリナの目が、ほんの少しだけ動く。


 ももかもすぐ枝を拾った。


「じゃあうちも」

 そう言って描いたのは、なぜかやたらまつ毛の長い顔だった。

「人」

「なにその顔」

 るなが吹き出す。

「え、かわいくない?」

「絶妙にうざい」

「るなひど」

「でもちょっと好き」

 みうが言う。


 その会話を聞いていたユトが、ふっと口元を緩めた。


 それを見たリナが、一瞬だけ弟の顔を見る。


 その隙を逃さず、るなが地面に大きな丸を描いた。


「これは?」

「……なに」

 リナが警戒しつつ聞く。

「パン」

「雑」

 えれなが言う。

「丸いからそうかなって」

「いや、わかるけど」

「ねえ、じゃあリナがなんか描いてよ」

 るなが枝を差し出す。

「え」

「なんでもいい」

「……描けない」

「描けないじゃなくて、描きたくない?」

 るなが聞くと、リナは少しだけ困った顔をする。


 それを見て、ジェシカが横から静かに言った。


「描かなくてもいいよ。見てるだけでも」

 その声に、リナの肩の力が少しだけ抜けた。


 ももかは地面にもう一つ変な絵を描く。今度は犬っぽい何かだが、耳が妙にでかい。


「これは?」

「……へんないぬ」

 ユトがぽつりと言った。


 全員が一斉にユトを見る。


 ユトは言ってしまったことに自分で驚いたのか、姉の後ろに半分隠れた。だが、ももかはぱっと顔を明るくする。


「正解! へんな犬!」

「正解なんだ」

 えれなが呆れる。

「いや、犬描いたつもりだったけど、へんだからそれでいい」

「適当すぎる」

「でも当たってるし」

 るなが笑う。


 ユトの口元が、もう一度少しだけ動いた。


 そこからは、本当に小さな変化の積み重ねだった。


 みうが花や星を描く。ももかがやたら盛れた顔や謎の動物を描く。るなが丸いパンとか剣とか、微妙に雑なものを描く。えれなが最初は呆れて見ていたくせに、いつの間にか妙に上手い鳥を描いて子どもたちに「すごい」と言われ、少し照れていた。ジェシカは黙っていたが、一番最後にすっと描いた猫がやたら上手くて、子どもたちの視線を全部持っていった。


「ジェシ、うまっ!」

 ももかが素で叫ぶ。

「え、ずる」

「なんでそんな普通に上手いの」

 るなも本気で悔しがる。

「暇つぶし」

 ジェシカはそれだけ言う。

「絶対暇つぶしのレベルじゃない」

 えれなが言う。


 そのやり取りに、リナがとうとう声を立てて笑った。


 本当に小さな笑いだった。けれど、作ったものじゃない、自然な笑いだ。


 るなたちは一瞬だけ止まりそうになって、それでも止まらなかった。ここで「笑った!」とやったら、きっと壊れる。だから自然な流れのまま、次の絵へ行く。


 でも、胸の中では確かに何かがほどける感覚があった。


 リナが笑った。


 ユトも、今は姉の後ろに隠れず、地面の絵を覗き込んでいる。


 少し離れて見ていた別の子どもたちも、じりじり近づいてきていた。


「これ、なに描いてるの」

 少し年上の男の子が聞く。

「なんでも大会」

 るなが即答する。

「大会?」

「いちばん“なんかそれっぽいのに変”なの描いたやつ優勝」

「基準どうなってんの」

 えれなが言う。

「雰囲気」

「雑」

「でも面白そう」

 その子が言った。


 ももかがその子へ枝を渡す。


「じゃあ参加して」

「え」

「ほら、なんか描いて」

「……」

 男の子は少し迷って、それから地面にしゃがみ込んだ。


 描いたのは、鳥のような魚のような謎の生き物だった。


「なにこれ」

 るなが素で笑う。

「やば、優勝候補」

「ひど」

 男の子が言い返しながらも、ちょっと笑う。


 その空気に引かれるように、さらに二人、三人と子どもたちが集まってくる。


 大人たちは最初こそ警戒して見ていたが、子どもたちの笑いが混じり始めると、さっきより険しさが少しだけ薄れた。


「……」

 少し離れたところで、その様子を見ていた村の女が目を細める。

「久しぶりだ」

 誰にともなく呟いた。

「子どもがあんな声出すの」


 その言葉を、るなは聞いた。


 胸の奥がじんと熱くなる。


 でも、まだここで終わりじゃない。


 笑いが戻ったとしても、それをつなぐものがないと、またすぐ沈む。


 るなは広場を見回した。


 中央はまだ空いている。小屋の前では、村長たちがさっきの水の分配について話し合いを始めている。大人たちの表情はまだ硬いが、さっきよりは“話す顔”になっていた。


 そして、子どもたちは今、少しだけ浮いている。


 この流れを、もう少しだけ繋ぎたい。


 その時、ももかがぽつりと言った。


「……なんかさ」

「ん?」

 るなが見る。

「ちっちゃくてもいいから、こういう時間、もうちょい作れないかな」

「こういう時間?」

 みうが聞き返す。

「なんか、みんなで同じもん見るとか、食べるとか」

「祭り?」

 るなが反射で言う。

「え」

 えれなが見る。

「いや、祭りってほどじゃなくても」

 るなは自分の中に浮かんだ言葉をそのまま口にした。

「でも、なんか“村全体でちょっと息つく時間”みたいなの、あった方がよくない?」

「……」

 みうが広場を見る。

「たしかに」

「食べ物あるのかな」

 ももかが現実的なことを言う。

「ないなら厳しくない?」

「でも、全部新しく用意しなくても、あるもので少しだけ形作るなら……」

 えれなが思考を始める。

「話し合いの前でも後でもいいけど、子どもも大人も同じ場所に出てこられる理由があると違うかも」

「ほら、えれなが乗った」

 るなが言う。

「まだ案として考えてるだけ」

 えれなは即座に返す。

「でも、あり」

 ジェシカが静かに言った。

「場を切り替える“きっかけ”がいる」

「きっかけ」

「うん。今の村、空気がずっと同じ。食う、耐える、揉める、我慢する。それしかない」

 ジェシカは広場の中央を見ながら続ける。

「だから、小さくても別の時間を一回差し込めたら、話し合いも変わるかもしれない」

「ジェシ、それ賛成ってこと?」

 るなが聞く。

「半分」

「半分かあ」

「でも、やる価値はある」

 その言葉は、ジェシカなりのほぼ全面肯定だった。


 るなはにっと笑う。


「じゃあ、ちっちゃい祭りやろう」

「ちっちゃい祭り」

 ももかが嬉しそうに繰り返す。

「いいじゃん」

「ちょっと待ちなさい」

 えれなが眉を寄せる。

「祭りって簡単に言うけど、何をするの」

「えーと……」

 るなが広場を見る。

「お菓子とか、あったら配る?」

「それ、物資少ない村でやるの難しい」

 えれなが即座に却下する。

「食べ物はダメだね」

 みうが言う。

「余計揉める」

「じゃあ飾り?」

 ももかが言う。

「子どもたちの絵、広げるとか」

「それなら材料次第」

 えれなが考える。

「布切れ、木片、あと紐があればなんとか」

「村の人たちも一緒に作れる?」

 みうが聞く。

「それなら、見るだけじゃなくて混ざれる」

「うん、それがいい」

 るなが頷く。


 その時、小屋の方から村長が近づいてきた。


 疲れた顔のままだが、さっきより少しだけ焦点が合っている。


「おぬしたち」

「はい」

 るなが返す。

「子どもたちが……」

 村長は広場の端を見る。

「笑っておる」

「はい」

 みうがやわらかく答える。

「ちょっとだけ」

「……何をした」

「絵」

 ももかが地面を指さす。

「変なやついっぱい描いた」

「説明が雑すぎる」

 えれなが言う。


 村長は地面の絵を見て、少しだけ目を見開いた。たしかに、鳥とも魚ともつかないものや、妙に睫毛の長い顔や、やたら上手い猫が並んでいるのは、事情を知らなければなかなかの異様さだ。


「……祭りのようだな」

 村長がぽつりと言う。


 その言葉に、るなは目を輝かせた。


「それです」

「え」

 えれなが小声で嫌な予感を出す。

「今、村長さんが言ったやつ」

「るな」

「祭りほどじゃなくていいんですけど、ちっちゃいやつ。ちょっとだけ、みんなが同じとこに出てきて、息つける時間」

「……」

 村長は困惑した顔をする。

「今、この状況でか」

「今、この状況だからこそ」

 るなが言う。

「ずっと同じ空気じゃ、話し合いもずっとしんどいままじゃん」

「だが、そんな余裕が……」

「大きいのじゃなくていい」

 えれながそこで前に出た。

「子どもたちが描いたものを見せるとか、村の人が少しだけ集まって顔を合わせる理由があるだけでもいい」

「飾り付けとかなら、材料少なくてもいけるかも」

 みうも続ける。

「布の切れ端とか、木の枝とかで」

「音とか出せたらいいけど、なくても」

 ももかが言う。

「“今日はここでちょっとだけ違う時間にする”って空気を作るだけでも」

「……」


 村長はまだ迷っていた。


 当然だ。余裕のない村で、祭りなんて言葉は軽すぎるようにも聞こえるだろう。


 けれど、その時、広場の隅で子どもたちがまた笑った。


 ユトがへんな犬を描き足して、リナが「それ犬じゃない」と笑ったのだ。


 その声を聞いた村長の顔が、ほんの少しだけ崩れる。


「……小さく、なら」

 絞り出すように言う。

「本当に小さく、なら」

「やる?」

 るなが身を乗り出す。

「今夜、話し合いをする前に、少しだけ」

 村長は広場を見る。

「子どもたちを、先に静かにさせておくよりは……ましかもしれん」


 るなは思わず拳を握った。


「やった」

「まだ“やった”じゃない」

 えれなが言う。

「ここから準備」

「準備するよ!」

 ももかが立ち上がる。

「布とか枝とか集める?」

「まず人手と材料」

 えれながすでに頭を回し始めている。

「あと、どこまでなら“遊び”で済んで、どこからが物資の浪費扱いになるか確認」

「そこ大事」

 ジェシカが頷く。


 ガルドが少し離れたところからこちらを見ていた。完全に「また始まったな」という顔だ。


 でも止めには来ない。


 そのことが、るなたちの背中を少し押した。


     ◆


 そこからの数時間は、驚くほど慌ただしかった。


 祭りといっても、屋台や音楽があるわけじゃない。本当に小さな、ほんのひと時の息継ぎみたいなものだ。


 子どもたちが描いた絵を木の枝と紐で広場の端に吊るす。


 家の中に眠っていた色布の切れ端を借りて、風に揺れる小さな飾りにする。


 村の女たちが、残っている乾燥果実をほんの少しだけ切って小皿に分ける。


 男たちが古い台を広場へ運ぶ。


 避難民の中にいた年配の女性が、昔よく子どもに聞かせていた歌を覚えていると言い出し、恥ずかしそうに口ずさむ。


 村の少年が、古びた笛を持ってきた。


 誰かが何かを大きく差し出したわけではない。


 足りない中で、ほんの少しずつ「出せるもの」を持ち寄っただけだ。


 でも、その“持ち寄る”という行為そのものが、この村ではすでに久しぶりだったのかもしれない。


「……これ、なんかほんとに祭りっぽくなってきた」

 ももかが布を結びながら言う。

「ちっちゃいけど」

「ちっちゃいのでいいんだよ」

 るなが言う。

「むしろ今はちっちゃい方がいい」

「珍しくちゃんとしてる」

「失礼」


 みうは子どもたちと一緒に絵を並べていた。リナもユトも、最初よりずっと表情が動いている。まだはしゃいではいない。でも、自分たちが描いたものが飾られるのを、ちゃんと見ている。


 えれなは村長と避難民の代表、それから何人かの大人たちと段取りを確認している。話し合いの時間をずらしすぎないこと。食べ物はほんの少しだけにすること。子ども優先にすること。大人たちがまた揉めそうならすぐ切り上げること。


 ジェシカは広場全体を見ながら、人の流れをさりげなく動かしていた。あちらへ寄りすぎる子をこっちへ。ぽつんと立っている大人を自然に輪へ。すごく目立つわけではないのに、気づけば必要な位置に人がいる。


 そして夕方。


 広場に、ほんとうに小さな祭りの形ができた。


 風が布の飾りを揺らし、地面には子どもたちの絵。小皿に分けられた乾燥果実。笛の音は上手くはないけれど、生の音だった。歌は少しかすれていたけれど、誰かが昔を思い出すには十分だった。


 最初に笑ったのは、子どもたちだ。


 自分の絵を指さして「これ、わたし」「それぼく」と言い合って、ユトがまたへんな犬を描き足して、リナがその横にもっとへんな鳥を描く。


 大人たちは最初、少し離れて見ていた。


 けれど子どもが笑い、歌が混じり、広場の空気が「怒鳴り合い」ではない別のものに変わると、少しずつ輪の近くへ寄ってくる。


 避難民の女が、村の女に小皿を渡す。


 村の男が、笛を吹いている少年に苦笑する。


 村長が、広場の中央で深く息を吐いている。


 その光景を見て、るなは胸がいっぱいになった。


 大きなことはしていない。


 ほんとうに小さなことだ。


 でも、沈んでいた村に、ちゃんと“別の時間”が差し込んだ。


 それは奇跡じゃない。


 けれど、奇跡みたいに大事な時間だった。


「……すご」

 ももかが、隣で呟く。

「うん」

 みうも頷く。

「みんな、ちょっと顔ちがう」

「さっきよりずっとね」

 えれなが静かに言う。

「話し合いに入る前にこれできたの、たぶん大きい」

「うん」

 ジェシカが短く返す。

「場が一回、柔らかくなった」


 その時、村長がこちらへ歩いてきた。


 疲れた顔のままではある。だが、目にはほんの少しだけ光が戻っていた。


「おぬしたち」

「はい」

 るなが向き直る。


 村長は広場を振り返った。


 子どもが笑っている。大人が立ち止まっている。乾燥果実を手にした女たちが、さっきよりましな顔で話している。歌は下手だが、それを誰も止めない。


「……こんな時間が、まだ作れるとは思わなかった」

 その声はかすれていた。

「久しく、忘れておった」

「忘れるよ」

 るなが言う。

「余裕なかったら」

「……そうだな」


 村長は小さく頷いた。


「今夜、話し合う」

 広場の端の大人たちを見る。

「たぶん、さっきよりはましに話せる」

「ならよかった」

「礼を言う」

 村長が言った。

「本当に、小さなことだが」

「小さくてもいいでしょ」

 ももかが言う。

「今は」

「ええ」

 みうもやわらかく続ける。

「小さいの、大事です」

「……そうだな」

 村長はもう一度広場を見た。


 その直後、リナがこちらへ駆けてきた。


 いや、“駆けて”というほど勢いはない。まだ遠慮が残る走り方だ。でも、今日この村へ着いた時の、あの静かな子とは違う。


「これ」

 そう言って差し出してきたのは、一枚の板切れだった。

 そこには、拙い線で五人らしき絵が描かれている。髪が長いのが二人、ふわふわしてるのが一人、黒っぽいのが一人、白いフードのが一人。特徴だけで無理やり描いている感じがすごい。


「え、これうちら?」

 るなが受け取る。

 リナは小さく頷いた。

「へんなの」

 ユトが横から言う。

「へんなのって言うなよ!」

 ももかが大げさに抗議する。

「うち、もっと盛れてるし!」

「そこでそこ!?」

 えれなが笑う。

「でもこれ、めちゃくちゃいい」

 みうが嬉しそうに言う。

「宝物じゃん」

「ジェシ、髪盛られてる」

 るなが笑う。

「……上手いじゃん」

 ジェシカが小さく言う。

 それだけで、リナの顔がぱっと明るくなった。


 その笑顔を見た瞬間、るなは思う。


 これだ。


 こういう顔が見たかったんだ。


 泣かないように固まっていた子が、今は自分で絵を持ってきて、ちょっと誇らしそうに笑っている。


 それだけで、今日ここへ来た意味があった気がした。


 ガルドが少し離れた位置で腕を組み、広場を見ていた。


 るなが目を向けると、ガルドは一度だけ小さく頷く。


 “今回は本当に悪くなかった”


 言葉にしないまま、そう伝わるような頷きだった。


 るなは板切れの絵を抱えたまま、夕方の空を見上げる。


 青い空が少し橙へ変わり始めている。


 このあと、また現実は戻る。話し合いもある。水も食料も足りない。問題は何も終わっていない。


 でも、その現実に向き合う前に、村は少しだけ笑えた。


 そのことが、たぶん今日のいちばん大きな成果だった。


「……最初の成功、って感じ」

 るながぽつりと言う。

「なに」

 ももかが聞く。

「いや、まだ全然途中だけど」

 るなは板切れを見ながら笑う。

「でも、最初にしては上出来かなって」

「それは、そう」

 えれなが珍しく素直に同意した。

「うん」

 みうも頷く。

「今日のこれ、たぶん忘れない」

「うちも」

 ももかが言う。

「てか、この絵ほしい」

「ダメだよ、るなの」

「なんでるなの!?」

「最初に受け取ったから」

「理不尽!」


 ジェシカが小さく笑う。


 その笑いと、子どもたちの声と、夕暮れの広場の気配が混ざり合う。


 暗く沈んだ世界の中で、ほんの小さく、でも確かに生まれたあたたかい時間。


 それは、勇者の剣でも、派手な魔法でも作れないものだった。


 五人のギャルが異世界へ来てから初めて掴んだ、“立て直す”手応え。


 それは本当に、小さな祭りのような成功だった。

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