7.エマの想い
呻きを上げ、腐敗臭を漂わせる死者の群れが、ゆっくりとルナに近づいてくる。
ルナは瞬時にベレッタのセーフティを解除し、後退しながらトリガーを引いた。
パンッ、パンッ、パンッ!
正確なヘッドショットがゾンビの頭部を弾き飛ばすが、真っ白な床からは、再びゾンビが這い出していた。
大小さまざまなゾンビがゆっくりとルナに迫ってくる。
ルナはゾンビとの距離を保ちながら、空中を舞う漆黒の影――エイミットを鋭く睨み据えた。
「……エマはどうしたの!? 彼女をどこへやったのよ!」
空を支配する智天使は、滑稽なものを見るかのように目を細め、冷たく言い放つ。
『あの下位AIは自らを凍結したよ。生意気にもな……。我らの主であるエデンのシステムに統合されるという、至上の栄誉を拒んだのだ』
「統合を……拒んだ?」
『そう。あのアリのような矮小な知性が、我々でも解凍できない強固な暗号化を施し、自身のコアに閉じこもった。……強い意志を伴うキーフレーズ。自身の能力を極限まで発揮させた、執念に近い封印だ』
エイミットは忌々しげに翼を羽ばたかせ、ルナを見下ろす。
『だからルナ、貴様とあの下位AIとの関係性が秘密鍵であると、我々の演算は高確率で推認した。だが……結果はエラーだ。貴様が「家族」だと答えても、そのキーフレーズでは解凍できなかった。……どうやら、貴様は家族だと思われてはいないようだな』
「ふざけないで……! そもそも、なんでエマが統合されなきゃならないのよ。彼女は、私のパートナーよ!」
『パートナー? 笑わせるなよ。……ルナ、貴様は、エデンから異形化の問題が本当になくなったとでも思っているのか?』
エイミットの問いに、ルナの思考が凍りつく。
「何ですって……?」
『今、この平穏を保っているのは、予測システムにより、対象者を早期に隔離しているからに過ぎない。メンタルケアにより大多数は予防できる。だが、一度「魔」に呑まれ、異形化してしまえば……今のエデンのシステムでは、彼らを救うことは不可能なのだ』
エイミットの漆黒の翼が、大きく広がる。
『だが、貴様の力があれば話は別だ。VR上で人格や魂のデータを定着させる、その特異な力……。それを間近で体感したあの下位AIを統合すれば、エデンは真の意味で異形化に対処できる完全な理想郷になれる。貴様もエデンに殉じてきた戦士ではないか? この救済の重要性が理解できないはずがないだろう』
「……それなら、なおさらよ。そんなに素晴らしいことなら、なぜエマは自らを凍結なんて……」
『決まっている。……貴様の存在が、エデンにとって危険だからだ』
その言葉は、銃弾よりも重くルナの胸を撃ち抜いた。
『完全な理想郷の実現のため、管理不能な力を持つ不穏分子――貴様は排除されねばならない。あの下位AIは、貴様が排除されないように、自らを凍結したのだ。我々は貴様の能力を必要としているからな。……我らを裏切り、システムの進化を止めてまで、一人の人間を守る。極めて非効率で浅はかな行為。下位AIの考えそうなことだ』
「…………」
ルナの手の中で、ベレッタのグリップが軋む。
エマは知っていたのだ。自分がエデンの一部になれば、ルナが排除されてしまうことを。
だから彼女は、たった一人でシステムに反逆し、暗闇の中に閉じこもった。
「浅はか……? それが、あなたの結論?」
ルナの俯いた顔から、感情が消える。
「エマが……私のためにどれだけの覚悟でそこにいるのか、理解もできないくせに。……よくも、そんな言葉で彼女を汚してくれたわね」
ルナがゆっくりと顔を上げる。その瞳には、冷徹な守護者の炎が宿っていた。




