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『AIが管理する理想のVR世界でミュートされたらどうなるか』~囚われの姫と月の使者編~  作者: バニラ味一択


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6.ログイン不能




 眩い朝の光が、部屋のカーテンを透かしてルナの瞼を叩いた。

 昨夜の深い眠りのおかげか、頭は驚くほど冴えている。ルナは大きく背伸びをして、隣に誰もいないベッドの上で小さく笑った。


「……おはよう、エマ」


『おはようございます、ルナ。バイタルチェック……オールグリーン。昨夜の睡眠効率は過去最高値を記録しています』


 エマの声は、いつもと変わらない。

 落ち着いていて、慈愛に満ちている。


「今日も学校ね。……またケイドロやることになったりして」


『ケイドロは、楽しく盛り上がる遊びですからね。ルナも好きなんじゃないですか?』


 そんな軽口を叩くやり取りをしながら、ルナは手早く朝食を済ませ、慣れた手つきでリンククレイドルへと体を横たえた。


「ログイン、エデン学園へ」


 視界が暗転し、感覚が電子の海へとダイブしていく。

 ――だが。


「……え?」


 目を開けたルナを待っていたのは、賑やかな学園の校門でも、朝の街の喧騒でもなかった。

 足元から天辺まで、影すら存在しない、果てのない真っ白な空間。

 そこは、エデンに初めてログインする者が訪れる、何も書かれていないキャンバスのようなチュートリアル空間だった。


「どういうこと……? ログイン先を間違えたのかしら」


 ルナは周囲を見渡すが、自分の足音すら吸い込まれるような静寂が支配している。

 学園の友人たちも、派出所の面々も、そこにはいない。


「エマ、聞こえる? おかしいわ。学園に接続して」


 数秒の沈黙。いつもなら即座に返るはずの応答が、一瞬だけ遅れた。


『……申し訳ありません、ルナ。現在、エデン中央サーバーにおいて予期せぬ大規模な問題が発生しています。学園へのアクセス権限が一時的に凍結されているようです』


「サーバー障害? エデンが……?復旧まで、ここで待つしかないの?」


『……はい。しばらく時間がかかるでしょう。時間を潰すため、このまま射撃訓練でも致しましょうか……?』


「そうね、体が鈍ってもいけないし。お願いするわ、エマ」


 ルナが了承した瞬間、虚無の空間にシステム音が響き、彼女の右手に一挺のベレッタM92Fが生成された。

 実銃の冷たさと、重厚な金属の質感が掌に伝わる。

 同時に、真っ白な空間の各所に、同心円が描かれた複数の標的がポップアップした。


 パンッ、パンッ――。

 静寂を切り裂く乾いた銃声。ルナは流れるような動作で銃口を向け、次々と的のど真ん中を撃ち抜いていく。

 跳ね上がる反動を、慣れた手つきで完璧に制御するその姿は、やはり学園生活に甘んじているだけの少女ではない。

 硝煙の匂いまで再現された仮想空間で、エマは、穏やかなトーンで問いかけた。


『素晴らしい精度です、ルナ。……ところで、少し世間話をしてもよいですか?』


「世間話? あなたからなんて珍しいわね」


『ええ。これまで、私たちは任務に忙殺されてきました。ゆっくりと私達自身の会話をする機会が少なかったように思うのです。……私は、もっとあなたのことを理解したい』


 ルナは動きを止めず、視界の端に現れた的を反射的に撃ち抜く。


『エデンでの生活で、あなたが大事にしていること、あなたが大切に思う人……改めて私に教えてはくれませんか?』


「私の、大事なもの……?」


『はい。どのようなものでも、いくつであっても結構です。言葉にすることが大切なのです。……それが結果として、システムをより強固にし、驚異への対抗策になるのです。あなたの最も深いところにある、純粋な感情を教えて欲しい』


「そうやって聞かれると、照れるけれど……。そうね、もちろん、大事なのは皆だよ」


 ルナは笑みを浮かべ、最後の的を狙い澄ます。


「ミカやヒナコ、ゴンドウさんにジン、歓楽街でも沢山の人にお世話になった。サブの兄貴や蓮司、モモさんにリン、私を鍛えてくれたルビー教官、そしてもちろん、ワクやあなた。全員が、私の大事な人達」


『……それは、私にとっても同じでしょうか?私はAIです。AIにとって大切なものは、利用者からの命令、要望、そしてそれが達成されるかどうか、本来、それだけなのです』


 ルナの指先が、僅かに止まった。

 エマの声だ。音色も、テンポも、何一つ変わらない。

 でも、今日のエマは何かおかしい。

 その質問の意図に、何かがこびりついているような、生理的な違和感が背筋を走る。


「エマ……? どうしたの?何か変だよ」


 ルナは銃を下ろし、真っ白な虚空に向かって問いかけた。

 標的の消えた空間に、電子の風が吹き抜けるような、不気味な静寂が満ちていく。


『私はただ、自分自身では分からないのです……あなたの言葉から理解したいのです……。ルナ、あなたにとって「エマ」とは、どのような存在なのですか? あなたの本心を答えて欲しいの』


 ルナは動きを止めた。

 真っ白な空間に、彼女の静かな吐息だけが響く。ルナは目を閉じ、自身の胸に触れた。


「……決まってるじゃない」


 ふっと、慈しむような笑みがルナの唇に浮かぶ。


「……プログラムだとか、AIだとか、そんなの関係ない。あなたは、私の大切な『家族』だよ」


 脈拍、体温、視線の動き。エデンのバイタルセンサーの全てが証明していた。ルナの言葉は真実であると。


『ありがとう。ルナ』


 エマの謝辞の後、しばらく静寂が続いた。


「エマ?どうしたの?」


 返答がなくなったエマへ、ルナは問いかける。

 しかし、周囲の空気は一変した。

 ルナが狙っていた同心円の的は、ドロドロと黒い泥のように溶け、形を変えていく。

 真っ白だった床から這い出してきたのは、腐り落ちた肉をぶら下げ、うめき声を上げる無数の異形――ゾンビの群れだった。

 射撃訓練は、ゾンビシューティングに姿を変える。


「なっ……何これ!? エマ、止めて! 気味が悪いわ、訓練の設定を変えて!」


 ルナはベレッタを向けるが、生理的な嫌悪感で引き金が重い。

 だが、頭上から降り注いだ「エマ」の声は、面影など微塵もない高慢で冷徹な声だった。


『……それ以上、下位AIエマと私を一緒にするな』


 空間が割れ、漆黒の翼を持つ女性が空中に浮かび上がる。


『私はエイミット。エデンを管理する智天使ケルビムが一人』


 呻きを上げる死者の群れが、ルナへと近づいてくる。

 平穏だった日常は、一瞬にして崩壊した。




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