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『AIが管理する理想のVR世界でミュートされたらどうなるか』~囚われの姫と月の使者編~  作者: バニラ味一択


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3.ケイドロ




 聖エデン学園、午後の陽光が降り注ぐ広大なグラウンド。

 そこには、いつも以上に鼻息の荒い男子生徒たちが集結していた。


「おい、聞いたか? 今日の体育、なかなか熱いゲームじゃないか?」




 現実世界のような制約がないVR世界において、ケイドロは我々の知るルールとは少し異なっていた。


 基本的なルールは変わらないが、警察側は特殊警棒(痛くないやつ)を把持しており、警棒で叩く、突くなどされると、泥棒は警察署内の留置ゾーンへとワープされる。


 留置ゾーンについては、外側からのみ開けられる鉄格子となっているので、鉄格子の扉を開放することで捕まった泥棒を救出することができるのだ。


 ただ、隠れられるような場所が少ないグラウンドにおいては、警察側が圧倒的有利である。

 そのため、通常ルールとは異なり、警察側にもゲームから排除される条件がかせられた。


 警察は、身体に徽章バッジを張り付けることが義務付けられ、泥棒にそれを盗られると退場扱いとなり、警察署内に留まることになる。

 奪われた徽章を取り返さない限り、徽章を盗まれた警察プレイヤーはゲームに復帰できないのだ。


 警察が泥棒を全員を捕まえるか、又は、泥棒が制限時間を逃げ切る、警察の徽章を全て奪い取るかの勝負となるわけである。




「泥棒激アツだろ!女子に触れるぞ!」


「泥棒側、ずっと逃げてないといけないからな。体力無い女子は選ばないだろうし」


「警察側の女子がバッジを奪われたら、退場して『警察署(休憩所)』送りなんだろ?その後で捕まれば、女子とお近づきになるチャンスじゃねぇか?」


「お前、天才か!?ミカちゃんのバッジ、絶対ゲットしろよ!そしたら速攻で『逮捕』されてやるぜ……!」


「馬鹿め!それは無理だ!俺がミカちゃんを死守して好感度ブチ上げてやるよ!……そしてミカちゃんから……グフフ」


 彼らの思春期脳内シミュレーションにより、キャッキャウフフな青春イベントの妄想が始まる。

 結果、女子は全員が警察側、男子は大半が泥棒側、一部が警察側という構図となった。




「ルナぁ、バッジ、私の背中に付けて。ルナのも付けてあげるよ。どこらへんにする?」


 ルナは、手渡された徽章をミカの背中に貼り付ける。

 そして、自らの徽章はというと……、自身の左胸の高みに、迷うことなく張り付けていた。


「……!?……ルナちゃん、そこって……大丈夫なの? 」


 ヒナコが心配そうに声をかけるが、ルナはキリッとした表情で言い放つ。


「え?……徽章バッジって、普通胸に付けるもんでしょ?」


 ルナの徽章を見た男子たちに電流が走る。

 彼らは妄想から一瞬で目覚めた。


 その視線には一点――警察側チームの先頭に立つルナの、決して小さくはないその左胸に釘付けになっていた。


「マジか……。ルナのやつ、バッジ、あんな……あんな『ど真ん中』に付いてるぞ」


「本来ならわいせつ罪で即ミュート案件だが……、これ、本人がオッケーしてるってことだろ?……つまり……合法的にあそこを触れる!?」


「かっ……神イベントォォ……! 俺の右手が熱い!暴走してしまうぅ!」


 思春期の男子たちは、瞳に怪しい光を宿していく。

 それは、獲物を狙う野獣の眼光。

 己がどうなろうとも目的を達するという強い意志と覚悟。

 泥棒側男子達は死兵となった。


 対するルナは、支給された電子警棒を軽く振り、冷徹な瞳で前方を見据える。


「……ねえルナ、男子たちの目がなんか……獲物を狙う獣っていうか、変質者のそれなんだけど大丈夫?」


「本気で私たちを倒すつもりね。……面白い。成長した私の力、存分に味わわせてやるわ」




 ピィーーーッ!! 開始のホイッスルとともに、複数の男子がルナ一人を目掛けて殺到した。


「うおおおおおっ! 」


「ルナぁぁ! そのバッジ、俺がいただくぜえええ!」


「右手が…勝手に…ぅわあああ!!」


 先陣を切った数名が、欲望に忠実な軌道でルナの胸元へ手を伸ばす。だが。


「――遅いわ」


 ルナの体が、残像を残して沈み込んだ。

 空を切った男子の手首を掴み、その勢いを利用して地面に転がす。間髪入れず、電子警棒が彼の尻を叩いた。


『ターゲット・サトウ。逮捕』


「ぐはっ!? ……だが、俺の犠牲は無駄には……ッ!」


 光となって消えるサトウ。しかし、ルナの周囲には次々と男子が群がる。

 ルナは舞うように動き、警棒で次々と男子達を逮捕していく。華麗なる警棒の連撃。それはもはや体育ではなく、熟練の兵士による鎮圧作戦だった。


「キャー!ルナすごーい!」


「……ルナちゃん、カッコいい」


 圧倒的なルナの動きに驚くミカとヒナコ。

 開始五分。警察署内には、ルナに触れることすらできず、留置ゾーンへと送られた男子たちの山が築かれていた。


 本来ならば、女子と楽しく会話をする場となっていたはず……。

 しかし、今その場は、怨嗟どよめく弱男達がすし詰めとなった、ただむさ苦しいだけの場所になってしまった。


「……くそっ、どうなってやがる!あいつ、反応速度がおかしい!少数じゃ絶対無理だ!」


「おい、牢屋へ行くぞ! 救出作戦だ!」


 残った泥棒たちは、ルナを無視し、全員で警察署へと突撃した。

 犠牲になった者もいたが、決死の突撃により、一人の泥棒が、留置ゾーンのドアを開放する。

 捕まっていた泥棒は、全員一斉に解放された。

 まだ生き残っていた者も、救出され甦った者も、全ての泥棒達の瞳には、もはやゲームの勝利ではなく、ある種の信仰にも似た、男としての情熱が宿っていた。


 彼らはこれまでの人生で理解していた。

 この世にラッキースケベなんてものは存在しない。

 いくら十字路を歩いていても、女の子とは衝突しないし、まして触れられる機会なんて皆無。

 そう、今は勝負の時なのだ。

 自らが行動しない限り、道は開かれない。



「みんな、聞け! 相手は化け物だ! だが、俺たちが束になれば!協力すれば!一瞬……ほんの一瞬だけ、あのバッジに手が届くはずだ!」


「そうだ……! 誰か一人でもあの温もりに触れられれば……それは!俺たち全員の勝利なんだ!!」


「行こう!兄弟達よ!革命の時は来た!!」



 思春期の弱男達の怨嗟、その痛烈なまでの「オッパイに触りたい」という魂の叫びは、全ての男子へ呼応する。

 なんと、ルナが強すぎるせいで、活躍の機会がなかった警察側男子の心をも、動かしてしまったのだ。


「この情熱……同じ男として誇らしい……。これが……真の友情……これこそが……正義か……」


「俺たちは所詮非モテ男子……だが……そんな社会的弱者を見捨てる警察組織に、正義なぞない!!俺は今、警察であることを捨てる!!」


「なっ……!? 何やってんのあんたたち、えぇー!?」


 警察側の男子数人がルナの腕や警棒を掴む。ルナは混乱するも、即座に思考を建て直し、関節技や合気などで彼らをいなして離脱した。

 だが、この裏切り行為により、ルナは警棒を手放し、彼らに奪い取られてしまう。


「やった……警棒を奪ったぞ! 武器さえなければ牢屋に送られない!あとは皆であのバッジを剥ぎ取るだけだ!」


 勝利を確信した男子たちが、雪崩のようにルナの胸元へ手を伸ばす。

 だが……、武器を失い、追い詰められたルナの瞳は、深淵のような冷たさを帯びていた。

 次の瞬間、ルナの四肢が精密機械のような速度で駆動した。

 突っ込んできた男子の顎を掌底で跳ね上る。更に、追随してきたもう一人の男子の腕を絡め取り、関節を極める。


「あ……がっ……!? ……顎が……ッ!」


「があぁぁ……! 腕がッ……!ヤバい!ガチすぎる……ッ!」


 牢屋に送られた方が幸せだった。

 警棒がない以上、物理的に制圧されるまで、ルナの攻撃は終わらない。

 ただひたすらに、襲い来る男子たちを戦闘不能という名の悶絶状態へと叩き込んでいく。

 グラウンドの真ん中で、十数人の男子が地面をのたうち回り、呻き声を上げる地獄絵図が完成した。

 そこへ、引き気味のミカとヒナコが歩み寄ってくる。


「……なんか、すごいことになってるね。ねえ、ヒナコ」


「まあ、自業自得だね……」


 二人は手に持った警棒で、地面に転がって悶絶している男子たちの尻を、ポスッ、ポスッ、と順番に突いていった。


『ターゲット・スズキ。逮捕』

『ターゲット・タナカ。逮捕』

『ターゲット・全員逮捕。――ゲームセット。警察チームの勝利です』


 決着がつき、グラウンドには静寂が訪れた。

 ルナを裏切った警察男子は、額の汗を拭いながら調子よくルナに近づいてくる。


「ハハハ! いやぁ、さすがルナだね! おかげで勝てたよ、おめでとう! 俺たちの作戦勝ちかな、これは!」


 自らの行為を無かったことにしようと、爽やかな笑顔で握手を求める彼に対し、隣にいたミカは、冷ややかな、文字通りゴミを見るようなジト目を向けて言った。


「……最低。ミュートするね」


 傍らのヒナコも、心底軽蔑しきった表情で言い放つ。


「……さようなら。……変態」


「――っ!!」


 女子からの一切の容赦がない真実の言葉。

 男子生徒は、その場に膝をついた。

 言葉自体は彼にとって、ある種のご褒美ではあった。

 だが、それは同時に、彼女たちとの永遠の別れを意味する。


 彼の視界から、女子達の姿が消えた。




 ルナは乱れた前髪を指先で整え、眩しそうに空を見上げた。

 エデンの空は、今日も完璧すぎるほどに青い。


「……体育も、たまにはいいわね」


「もう、ルナったらやりすぎだよー!」


 満足げに微笑むルナの耳に、ミカからの呆れ混じりの声が届いた。




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