表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/26

《騎士学校》 2

 騎士学校の講堂は、いつも少し寒かった。石造りの天井は高く、冬でなくとも冷気が籠もる。百人を超える見習い騎士たちが木製の机に並び、羽根ペンを構えて前を向いていた。ジルベールもその一人だった。背筋を伸ばし、教壇に立つ老騎士の言葉を書き留める。


「魔女以外の使う大魔法とは、必ず準備を要するものだ」


教官の声は淡々としており、感情の起伏がない。それがかえって真実味を帯びていた。


「魔女による大規模魔法は、儀式、触媒、時間、それら全ての必要がない。逆に魔女以外が使う大魔法は、そのいずれもを欠くことはない。そしていずれも痕跡は残る。魔力の歪み、土地の汚染、術式の残滓。ゆえに、発見できぬという事態は想定しなくてよい」


 見習いたちは一斉に書き留める。ジルベールも同じだった。騎士団が積み上げてきた歴史と経験が、そのまま教科書になっている。ヴァレリアンは隣で静かに頷いていた。彼はこうした座学を好んだ。秩序立った知識は、世界が理解できるという錯覚を与えてくれる。

 ただ一人、フランチェスカだけが筆を取っていなかった。机に肘をつき、顎に手を添え、窓の外を眺めている。そこから見えるのは訓練場と、空と、遠くの城壁だけだ。


「質問はあるか」


 教官の言葉に、しばし沈黙が落ちる。誰もが同じことを思っていたが、口に出す勇気がない。やがて、後列の見習いが恐る恐る手を挙げた。


「もし……痕跡が、見つからなかった場合は?」


 教官の動きが、ほんの一瞬止まった。


「そのような事例は存在しない」


 即答だった。切り捨てるような声音。


「記録にない以上、想定する必要はない。以上だ」


 講義はそこで終わった。見習いたちは安堵と困惑を抱えたまま立ち上がる。ジルベールは、なぜか胸の奥に小さな引っかかりを覚えた。論理は完璧だった。だが、完璧すぎるがゆえに、現実を拒んでいるようにも思えた。

 講堂を出る途中、ヴァレリアンが小声で言う。


「良い講義だったな」

「……ああ」


 教官の言葉は正しい。だからこそ、想定外という逸脱が恐ろしい。魔族の軍勢の件を知って言うジルベールはそう思ったが、口には出さなかった。

 











 午後は実地訓練だった。広い訓練場に見習いたちが集められ、教官が配置を指示する。


「二人一組で模擬戦を行う。前衛と後衛を交代し、連携を学べ」


 次々に名前が呼ばれる中で、ひとつだけ異質な指示が落ちた。


「フランチェスカ・ラ・クルエラルは単独行動」


 ざわめきが走る。ジルベールは思わず彼女を見る。フランチェスカは気にも留めず、ゆっくりと前に出た。


「教官、なぜ彼女だけが特別なのでしょう」


 誰かが勇気を振り絞って言った。教官は即座に首を振る。否定の言葉はなく、それはただ彼女が特別なのだという事実だけを皆に伝えた。


「見習い諸君が学ぶべきは、魔法を付け流す技ではない。連携し、防御不可能な攻撃にもいかに秩序を崩さないかという姿勢だ」


 訓練が始まる。模擬剣が打ち合わされ、魔法想定の合図が飛ぶ。ジルベールは必死だった。連携を意識し、相手の動きを読み、教科書通りに動く。それでも、様々な魔法で想定される隊列の崩れにつけ込まれ、何度も木剣を打ち込まれる。

 魔法想定の合図が鳴るたび、訓練場の空気は一段重くなる。教官が掲げる旗の色によって、想定される魔法の種類が切り替わる。赤は火、青は水、黄は風、黒は不明――いわゆる「魔女想定」だ。

 赤旗が上がると、後衛役の見習いが声を張り上げる。「火炎来るぞ!」 前衛が盾を構え、隊列を詰める。教科書通りだ。だが次の瞬間、教官の鋭い号令が飛ぶ。「想定火球、直撃!」

 盾を構えたはずの前衛が、わざと一拍遅れてよろめく。火炎の衝撃を受けた想定だ。その隙間から、別の見習いが踏み込んでくる。


「陣形を保て!」


 声は出るが、身体が追いつかない。崩れた隊列に木剣が打ち込まれ、ジルベールは脇腹に鈍い衝撃を受けた。息が詰まる。

 青旗。今度は水だ。後衛が距離を取るが、「想定津波、視界不良!」という宣告と同時に、周囲の見習いたちが一斉に動きを乱す。足場が不安定になった想定で、前衛が膝をつき、後衛が孤立する。

 ジルベールは必死に頭を回す。水は流れを奪う。視界と足場、両方を失えば連携は瓦解する。分かってはいるのに、身体がその通りに動かない。


「遅い!」


 教官の叱声と共に、背後から木剣が振り下ろされる。防御は間に合わず、肩口に衝撃が走った。

 黄旗が上がる頃には、隊列はすでに疲労で歪んでいた。風魔法想定は直接の打撃ではない。押し流され、位置をずらされる。前衛と後衛の距離が引き剥がされ、声が届かなくなる。


「連携を保てと言っている!」


 教官の声が響く。だが、それが一番難しい。魔法は剣と違って形がない。どこから来るか分からず、どこまで影響するかも不明だ。

 黒旗が掲げられた瞬間、訓練場に緊張が走る。


「不明魔法想定。効果、未解析」


 それだけ告げられ、具体的な指示はない。見習いたちは顔を見合わせ、次の瞬間にはそれぞれが勝手に動き始める。守ろうとする者、距離を取ろうとする者、声を上げる者。秩序は一気に崩れた。

 その混乱の中で、ジルベールはまた打ち込まれる。膝が笑い、呼吸が荒くなる。教科書に書かれている対処法は、前提条件が揃って初めて機能するものばかりだった。未知、混乱、恐怖。そのどれか一つでも混じれば、紙の上の理想は簡単に崩れる。

 ふと視線を上げると、訓練場の端でフランチェスカが一人立っていた。誰とも組まず、誰にも囲まれず、ただ静かに立っている。

 黒旗が彼女に向けられる。「不明魔法想定、対象フランチェスカ・ラ・クルエラル」

 彼女は一歩、横にずれただけだった。それだけで、教官役の見習いの木剣は空を切る。続けて別方向からの攻撃。だが、彼女は常に半歩だけ先にそこを離れている。防御もしない。打ち消しもしない。最初から、当たる位置にいない。


 凄まじい体術だった。正規騎士たちの剣が当たる様子は無く、反対に彼女の木剣だけが騎士達の首元を撫でる。

 ジルベールは、木剣を握りしめながら思う。自分たちは魔法にどう対処するかを学ばされている。だが彼女は受けている訓練は、魔法が振るわれる前提そのものを否定している。

 教官の号令で訓練は終了した。見習いたちはその場に座り込み、荒い息を整える。


「いいか」


 教官は全員を見渡して言った。


「魔法とは、斬れるものではない。防げぬものも多い。だからこそ、秩序を失うな。隊列を信じろ」


 その言葉の横で、フランチェスカはすでに剣を収め、興味なさそうに空を見上げていた。

 ジルベールは、その姿から目を離せなかった。

 魔法に抗うための訓練を受けながら、魔法の前提にすら立っていない存在が、同じ訓練場にいる。いったい彼女は何者なのだろうと、何度目になるのかも分からない問いが浮かんだ。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ