帰ってきた日常
翌日の朝、俺は庭に出て剣を振るう。
鍛錬は積み重ねだと父上には教わってきた。
流石に単騎で移動中に鍛錬はできないので、最近は疎かになっていた。
「ここらで気を引き締めていかないと……あいつらを当てにしてはいけない」
久々に王都に行ったが、相変わらず奴等には危機感が足りない。
いっそのこと、魔物や敵兵士達を素通りさせてやろうかと思ったが……。
「それで被害を被るのは民や勤勉な兵士達だ。あいつらは、それを盾にして逃げるだろう」
かといって、奴等を排除するのは難しい。
あんなのでも国の中枢にいる者達だ、いなくなったら国が混乱に陥るだろう。
「それでは本末転倒というやつだ……ふぅ、どうしたもんだか」
すると、屋敷の中からサーラが庭に出てくる。
寝起きなのか、うつらうつらとしている。
金髪でサラサラの髪に小さく華奢な体、死んだ母さんにますます似てきたな。
俺と並ぶと、兄妹には見えないともっぱらの噂だ。
「兄さん……おはよう」
「おはよう、サーラ。食堂に行かなくていいのか?」
「うん、ここで見てる……だめ? 集中を乱しちゃう?」
「いや、構わない。それくらいで乱れるようならまだまだってことだ」
俺はサーラに構わず、剣を振り下ろす。
普段はこんなことはしない妹だが、やはり心配をかけたということだろう。
今後はもっと冷静に考えて……善処しよう。
◇
鍛錬を終えたらシャワーを浴び、一つしかない食堂に入る。
そこには、屋敷で働く者達が食事や給餌をしていた。
領主であろうが、朝だけはそこで皆と共に食事を取るのが決まりだ。
「ア、アイク様! おはようございます!」
「ああ、おはよう」
「へ、返事返ってきたぞ」
「い、いいなー」
何やら返事をしたら、物陰でヒソヒソとされる。
やはり威圧感があるのだろう。
以前の俺は気にしてなかったが、今後は気をつけた方がいいだろうか。
するとサーラが、専用の席で先に食事をしていた。
「兄さん、おはよう」
「いや、さっき会っただろう?」
「……なんの話? 私は、たったいま兄さんに会った」
「……まあいい」
サーラの朝が弱いのは知っている。
おそらく寝起きのまま、寝ぼけて俺のところにきたのだろう。
俺も席に着き、野菜と肉たっぷりのスープと固めのパンを食す。
「やはり、こっちの飯のが美味いな」
「それは当たり前。牢屋のご飯より不味かったらだめ」
「そういう意味ではない。王都のは、味が濃いし見た目も派手で好かん」
「ん、そういう意味。でも、見た目や値段を重視する王都では仕方のないこと」
「その分を、少しでも民や辺境に分け与えれば……せんなきことを言ったな」
食事中にする話ではないので、大人しく食事を進める。
パンをスープに浸して、素材の旨味を吸ったパンを頬張る。
すると、口いっぱいに旨味の波が押し寄せた。
「うむ、こういうのがいい」
「ん、それには同意」
そして、俺とサーラ……二人だけの家族の食事が終わる。
母は妹が六歳の時に病で亡くなり、父は二年前から寝たきりだ。
それからは二人で、この領地を治めている。
オイゲンがいなかったら、とてもじゃないが無理だった。
「ご馳走様」
「ご馳走様でした。兄さんの予定は?」
「まずは父上に挨拶と、今日は外に出て街でも見てみる。それも、領主としての仕事だろう」
「なら、私もついていく」
「じゃあ、まずは二人で挨拶に行くか」
食事を終えたら、二階にある父上の寝室に向かう。
部屋に入ると護衛とメイドが下がり、俺達三人だけとなる。
そこにはベッドに横たわった父上……アルヴィス辺境伯がいた。
「………」
「父上、ただいま戻りました。挨拶が遅れて申し訳ありません」
「お父さん、兄さん無事に帰ってきたよ。もう、心配したんだから」
「すまなかったな。父上、辺境伯家当主として改めて恥じない男になります。なので、どうか安心してください」
「私も手伝うから安心して」
答えはないが、たまにこうして報告するのが日常だ。
父上は三年前の戦いで大怪我を負い、それ以来ほとんど寝たきりの状態だ。
たまに目が覚めて、食事をとったらすぐに寝てしまうので起きてる時に会うのはレアだ。
「さて、では街に出るとしよう」
「ん、オルトスも待ってる」
「そうだな、外を散歩をさせてやらんと」
オルトスがいる場所に行くと、芝生の上を堂々と闊歩する姿を発見する。
オルトスは小屋に入れることなく、範囲内ではあるがうちの庭で放し飼いになっていた。
サーラが近づくと、嬉しそうに鼻を擦り付ける。
「ブルルッ」
「くすぐったい。ほら、散歩いこ」
「ブルルッ!」
「態度が違うのだが?」
「ブルッ」
すると、鼻で笑われた気がした。
相変わらず、相棒は女の子に弱いらしい。
そのまま手綱を引いて歩いていると、何やら違和感を覚える。
直感が働き、手綱をサーラに預けて急いで門の外に出る。
すると、向こうから兵士が走ってきた。
「何があった?」
「アイク様……兵士が助力を求めて……何やら町の外で襲われたとか。これを見せれば、わかってくれると」
その手には鷹の紋章があり、それはカサンドラ家の紋章だ。
それを見た瞬間、俺のやる事は決まった。
「オルトス!」
「ブルルッ!」
すぐに横付けしてきたオルトスに跨る。
あとを追って、サーラもやってきた。
「兄さん!」
「サーラ! お前は街の者に安全だと伝えろ——バーサーカーが参ると」
「ん、わかった……気をつけて」
「安心しろ、俺は誰にも負けん」
何故、カサンドラ家の者が来たのかはわからない。
ただ今はオルトスを走らせ、助けを求める元に向かうのだった。




