推しを救うために
……やってしまった。
牢屋に入れられ少し冷静になり、自分のしでかした事を思い返す。
王太子を殴り牢屋に入れられるなど、我が家始まって以来の醜聞であろう。
国王陛下の言う通り、田舎貴族だが我が家は由緒正しき家柄ではある。
「こっちだって、前世の記憶を急に思い出すとは思わなんだ」
このゲームは前世で姉がやっていて、俺はそれを隣で見ていた。
ヒロインはなんかぶりっ子だし被害妄想が激しく好きになれなかった。
そんな中、作中に出てくる女の子がかっこいいと……そして、いつしか推しキャラに。
こんな女性がいたら素敵だと思い……アラサーまで彼女なしだった気がする。
これ以上は色々としんどいので、ひとまず思い出さないようにしよう。
「ともかく、後悔はしていない」
セレナ-カサンドラ、それはとある乙女ゲームに登場する悪役令嬢だ。
真面目一辺倒で生きてきたからか融通が利かないが、優しく責任感がある女性。
しかし基本的に表情がなく、正論を言うので誤解されやすい。
それもあり、最終的にはあのように婚約破棄されしまう。
「……待て……確かストーリーではこの後に……しまった」
婚約破棄イベントの次は、お家騒動があったはず。
家が潰された上に、ろくでもない家に後妻として売られる。
「まずい……くそっ、我ながら短絡的すぎたな」
流石に無断で牢屋を出ることは出来ないので、俺は沙汰を待つことにした。
そんなにすぐにはイベント進行しないはずだが……いざとなれば最後の手を使おう。
……どれくらい経った?
ふと目を開けて壁を確認すると、そこには爪で引っ掻いた跡がある。
俺が捕まって牢屋に入れられ、日付感覚を忘れないようにやっていた跡だ。
「今日で十日……そろそろ限界か」
身体自体には何も問題はない。
戦場では飲まず食わずな上に、敵がひきりなしに襲ってくることもある。
それに比べたらきちんと寝れて敵も来なく、しかも飯まであるなど贅沢だ。
「ただ、そろそろイベントが進行していそうだ」
すると、コツコツと足音が聞こえてくる。
その男は、俺のよく知ってる男だった。
「久しぶりだな、アイク」
「ああ、キュアンも元気そうだな」
「ははっ! 牢屋にいる奴に心配されるとは! ったく、相変わらず変な奴だ」
「それはお互い様だろう。わざわざ、牢屋にいる友人を見に来るとは」
こいつはティルナグ侯爵家次男坊で、俺と同い年の17歳の男だ。
幼き頃、王都に住んでいた時の知り合いだ。
知り合いも多くちゃらんぽらんだが、何故か面白みのない俺を友達だと言っている。
「それは言えてるな……んで、 何をした?」
「知ってて言うな……王太子をぶん殴った」
「ぶひゃひゃ! ひー! アホがいるぜ!」
「下品な笑い方をするな、仮にも侯爵家の者だろう」
「おいおい、一貴族の分際で王太子を殴った奴に言われたくないぜ」
ど正論に、流石に俺も黙るしかない。
しかし、後悔はしていない。
あいつが遊んでいる間にも、彼女は寝る間も惜しんで国の視察や勉強に励んでいたのだ。
それを、あの男……未だに腹立たしい。
「むっ……」
「まあ、お前らしいよ。んで、とりあえず陛下に頼んで早めに解放しに来た」
「なに? ……すまん、助かる」
「お前が素直に礼を言うとは……まあ、貸しにしとくぜ。まあ、そもそもお前をどうこうするなんざ陛下にだって出来やしないさ」
「ふむ、そうだろうか……」
「おいおい、自分の立場を自覚しろって。王都にいる平和ボケした貴族はともかく、きちんとした貴族はお前の大事さを理解してるさ。なっ、英雄アイク殿?」
「その呼び名はよせ。俺は英雄などと言われる大層な人間じゃない」
俺はただの、辺境伯家のバーサーカーだ。
確かに、一部の人にはそう呼ばれているのは知っている。
ただそれは、単に俺の治める領地が敵国に一番近いからだ。
そこからやってくる者達を撃退しているうちに、そう呼ばれるようになったらしい。
「まあ、お前ならそういうだろうな。さて、とにかく俺が解放人としてきたってわけだ。俺の家も口添えしたんだ、感謝しろよ?」
「ああ、感謝する。死ぬことに恐怖はないが、セレナ様が自分の責任だと思ってしまうからな」
「ったく、気にするところがそこだもんな。と言うか、なんでセレナ様を庇ったんだか」
「そ、それはだな……」
「ははーん、あの朴念仁のお前がねぇ……とりあえず、俺についてこい」
鍵を開けてくれたキュアンの指示に従って、地下牢から階段を上っていく。
そして、そのまま国王陛下の私室の前に案内される。
そこでキュアンは一歩下がり、俺に部屋を開けるように仕向けた。
俺は近衛に睨まれつつも、その扉を開けて中に入る。
「よく来た、アイク-アスカロンよ」
「改めまして……ご無沙汰しております、ユアン陛下」
「ふむ、貴殿が王都に来るのは数年ぶりか」
「はっ、継承の儀以来かと存じます」
目の前にいたのはデュランダル王国国王、ユアン-デュランダル陛下。
賢王として名高く、我が父上の盟友でもある。
「さて、呼んだのは此度の騒ぎについてだ」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「うむ、理由は聞き及んでいる。うちの愚息が馬鹿をやらかしたことも……全く、いつまでも王太子の自覚がなくて困る。こちらこそ、お主には迷惑をかけてしまった」
「いえ、私は大丈夫です。ですが……セレナ様が心配です。今は、どうしているのですか?
「セレナ嬢なら、自分の屋敷に帰っている。ただ、彼女には非はないが家は取り潰されることになるかもしれない。私としては何とかしてやりたいところではあるが……」
となると、まだ身売り前ということだ。
だったら、まだ間に合うはずだ。
その前に俺の処遇を確認せねばなるまい。
「それについてもお話がありますが、私の処遇は如何なものに?」
「ミストル家はこれまでの功績も大きいし、お主が殴らなければ私が殴っていた。ゆえに今回は、牢屋に十日間にて不問とする。建前だけで、記録にも残らないから心配はいらん」
「寛大な処置に感謝いたします」
ほっ、どうやら家名に傷をつけずに済みそうだ。
後悔はないとは言え、先祖代々積み上げてきた名誉を汚すのは本意ではない。
「うむ、これからも我が国の守護者としてよろしく頼む。では、下がるが良い」
「その前に少しお話があるのですが、よろしいでしょうか?」
「うむ、申せ」
「セレナ様の件ですが……私が口を出してもよろしいでしょうか?」
「ほう? ……具体的に述べよ」
さて、ここからが問題だ。
俺の裁量で出来ることを総動員して彼女を救わなくては。
今ほど、爵位を持ち倹約家で良かったと思わなかったことはない。
「騒ぎを大きくした責任があるので、家を立て直す代金を立て替えてもよろしいでしょうか?」
「なに? ……律儀なお主らしい。いや、これも血なのかのう」
「陛下?」
「いや、気にするでない。しかし、そこまでする義理があるのか?」
「あのような素敵な女性が身売りするなど騎士として捨て置けません」
ストーリー通りなら、金だけは持ってるもう一つの公爵家に輿入れする。
しかし還暦近いおじさんで、性根が腐っていることで有名だ。
そこで彼女は奴隷のような扱いを受け……最後には悲惨な結末に。
「……ははっ! 流石は建国より続く騎士の家の者じゃな!」
「では?」
「うむ、既に言い寄ってきてる奴はいるがワシの方でどうにかしておこう。その後のことは、お主に任せる。足りなければ、ワシの私財も出そう」
「感謝いたします」
「なに、こちらとしても助かる。では、急いで手続きを済ませるとしよう」
危ないところだった……既にオズワルド公爵家が動いていたか。
ただ、うちもかなりのお金を用意する必要がある。
……父上はともかく、家計を預かる妹は怒るかもしれん。
まあ、俺が馬車馬のように働けばいいだけか。
それで推しである彼女を破滅から救えるなら安いものだろう。




