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がんばらんば〜Another〜  作者: 尋木大樹


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8.洙田音色 ⑦

 音色(ねいろ)は自分の言葉に説得力をつけるため、オーボエ以外の楽器のこともこれまで以上に勉強した。実力も知識も得れば得るほど、周りは逆らえなくなる。芸術の世界とはそういう場所だ。それでも、中学生でしかも女子が多数のこの部活において、正論を言う彼に反発する者は多い。しかし、人間関係で悩んだり落ち込むようなタイプではない。そんなことよりも良い音楽を目指した。そうすることで、実際に輝かしい成績も得ることができた。この学校がコンクールの全国大会で金賞を獲得したのは、約二十年振りのことだった。








「こんなにお金がかかるなんて、知らなかった!」


 全国大会後、そう言ってカノジョの姫空(ひめあ)は退部した。

 二年生になる前に自然消滅したふたりの関係は、思い返せば音色が部活優先であまり構ってやれなかったことにも原因はあった。彼女の家が裕福でないことも知っていた彼は少しだけ反省したものの、別れたことに関しては未練など全くない。

 音色は現在、部活に面白さを感じている。ひとりならコンクールは余裕だ。それが初心者ばかりの集団になると難しくなる。審査で求められるポイントも異なる。自分だけが上手くても意味がなく、集団で至高の音を目指すことにとてもやりがいがあった。

 カノジョと別れてからも部員たちへのスパルタ指導を一年生ながら続けた結果、彼が泣かせた者は二桁を突破。全体のレベルは確かに上がり、一年の集大成である演奏会も大成功だ。この定期演奏会へ久しぶりに訪れたここの顧問だった男は、再び悪魔のような生徒が現れてしまったことを知り顔色を悪くしながら帰った。

 この部活の現顧問である女性教師はこの悪魔の必要性を理解しつつも、周りの部員のために隔離することを決めた。その方法として取ったのは、彼をアンサンブルコンテストとソロコンテストに出場させるというものだ。アンサンブルで同じチームになる部員は犠牲となってしまうが、これなら被害を減らすことはできる。しかし、彼女はソロコンテストに部員を出した経験がなく、そこはオーボエの講師に丸投げした。そして当たり前のように一位を取って帰ってきた彼を、彼女は作り笑顔で迎えた。本音は「もう戻ってきちゃったかぁ」である。顧問は何度も優しく教えるように音色を叱っては、自分の知識の乏しさを指摘されて落ち込む三年間を過ごした。ゆえに、彼が卒業した時は盛大に喜んだ。








 高校生となった音色は、吹奏楽の強豪である道内の私立高校に入学した。

 同級生でコントラバスを担当する雪深(ゆきみ)は、綺麗系の顔立ちをした彼の新しいカノジョだ。高校生になったらカレシを作ると決めていた彼女にとって、音色の見た目はどストライクだった。

 

「音色君、美味しい?」

「……うん」


 昼休みは雪深が作ったお弁当を一緒に食べる。ふたりはクラスが異なるが、毎日離れた教室から彼女はやってきてくれた。少食の音色が量を減らしてほしいと頼んでも、愛が重めの彼女はいつも作りすぎてしまう。そして、その味は微妙だった。


「いっぱい食べてね!」

「……うん」


 部活の朝練があっても、早起きしてお弁当を用意してくれる雪深の気持ちはありがたい。しかし、音色にとってこの時間は少し辛い。「作る時間を楽器の練習に充てればいいのに」という本音は、彼女を傷つけるとわかっているため言えない。好きだったわけでもないのに、音楽のために利用している立場だ。できるだけ彼は要望に応えた。








 休日に雪深の希望で、ふたりはライブハウスへとデートに出かけた。

 アマチュアのバンドが次々に登場し、会場にいる観客たちはテンション高く盛りがっている。雪深もその中のひとりだ。コントラバスを担当する彼女は、部活でエレキベースも扱う。これはその勉強でもあった。各バンドが個性を出して魂をぶつけてくる空間を、彼女はノリノリで楽しむ。ふと隣のカレシを見てみると、彼はしゃがみ込んで左手で頭を押さえていた。


「え!? 大丈夫!? 頭痛いの?」

「……外出ていい?」

「わ、私も!」


 具合の悪そうなカレシをひとりにできるわけがなく、雪深はすぐさま音色の背中に手を添えながら会場を後にした。








「熱はなさそうだね」

「……ごめん」

「ううん! 気にしないで!」


 近くのベンチで休んだ音色は完全ではないが復活した。


「音色君、いつも部活のことで忙しいし疲れてたんだね」

「それもあるけど……」

「ん?」

「……あまりにもさっきの演奏が酷くて、耐えられなかった」

「……へ?」

「あんなの、よく平気で聴いてられるよな」

「……えっと…………え?」

「ん?」

「……音色君、『音楽ならどんなジャンルも好き』って、そういう話じゃなかったっけ?」

「そうは言ってない。『ジャンル関係なく音楽に触れていくことで、より良い音楽が目指せる』っていう話ならした」

「……ああいうのは、ダメ?」

「ロックとかは、自分で演奏はしないけど別に嫌いじゃない。そういうことじゃなくて、今日のは音楽として最低だった。音程はめちゃくちゃで、リズムも揃ってない。強弱もなくて全体のバランスも全然考えてなかった。あれは自分勝手な音楽だ。聴いてる方も、演奏にノっている自分に酔ってる感じじゃん。見た目のパフォーマンスよりも前に、もっと磨くことがたくさんあるだろ?」

「……」


 雪深は自分と音色の音楽の考え方の違いを理解した。彼は正論を言っている。同じ吹奏楽部員として、彼が正しいのは充分わかる。しかし、上手いか下手かなど考えずに楽しめる場所も必要だ。音楽に詳しくなくても人々が熱狂できるあの空間を否定され、彼女はモヤモヤした感情が湧いてくる。よって、これからライブハウスへはほかの者を誘うことを決めた。








 音色が高校生になって一年が経とうとした時に、突然海外にいるはずのマエストロとルミ子が部活中に現れた。

 メールや電話をよくしており、最近ではオンラインで顔を見て話す。だから直接会ったのは久しぶりだが、全くそんな気はしなかった。


「ジジイ、何しに来たの?」

「……東京にいる古い友人に会いに行ってたんだ。ついでだから、向こうへ帰る前にお前の顔を見ることにした」

「ふーん」


 世界的な指揮者とその妻の登場に、部員もこの部の男性顧問も大パニックである。音色は自分の家族について話していなかったことを思い出した。

 せっかくだからとマエストロに指導を頼む顧問。すぐに仕事へ戻らねばならない彼は、ほんの少しの時間だけ要求に応えることを了承した。見てもらうのは基礎合奏だ。

 部員たちの音を聴く彼は、手で指示を出して音に厚みを出させる。声に出さなくてもひとりひとりの良い部分を引き出すマエストロに、顧問は感動で涙を流した。ルミ子は高校生を泣かせないように、気になる点があっても黙っておく。上手くなりたいと本気で頼まれないと、基本的に彼女がスパルタ指導をすることはない。


「うん。吹奏楽の響きも悪くないね。……みんなは、今幸せかな? ……わかんない? そうだね。そうだよね。……私はね、君たちが羨ましいと思うよ。なぜって、私が君たちくらいの時はこんな環境ではなかったから。指揮者になる前はチェロのプロだったって知ってるかな? 宮沢賢治に憧れてたんだよ。『セロ弾きのゴーシュ』って読んだことあるかな? 宮沢賢治もね、実はチェロを弾いてたんだ。私はああいう人になりたかった。それで楽器だけでも真似ようと思って、弾ける先生を探した。こんな行動力がないと楽器なんてできなかったね。それで、努力してプロになった。海外で武者修行してた時に出会った指揮者がクソ野郎で、相性も最悪だったんだ。『そんなに文句言うならお前が振ってみろ!』なんて言われてね、本当に指揮者になっちゃいました。……何が言いたいのかっていうと、私はとても恵まれていたってこと。さて、みんなはどうかな? プロになりたくて吹奏楽を始めた? たぶん、ほとんどの子がそうじゃないよね。コンクールで上を目指すため? 音楽が好きだから? 友達に誘われたから? なんとなく? 理由はそれぞれだと思う。将来仕事にするわけでもないのに時間も労力もたくさんかけるなんて、不思議な文化だよね。でも、気軽に始められて、仲間がいて、辛いこともあるけど成長ができる。ここで得たものは、絶対無駄じゃないよ。……私の友人は、日本で多くの吹奏楽部員を育ててきた。彼の想いを、どうか君たちにも継いでいってもらいたい。そして、日本の音楽が世界でもっと輝ける日を、私は海外で楽しみに待っている。……あぁ、もう時間だ。……じゃ、音色。頼んだよ」


 マエストロは音色の頭を撫でると、ルミ子を連れて部室を出ていった。

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